第七話
「伊藤、ちょっといいか」
ある日の休み時間、汐野が声をかけてきた。ひとけのない図書室の廊下まで一定の距離を開けて歩く。
「あのさ、ゆり、俺のこと何か言ってない?」
汐野は少し申し訳無さそうな声で聞いてきた。
「いや、ゆりとケンカっていうか、ちょっとあって……」
「別に、ゆりからはちょっとケンカしたってきいたけど」
今度は私が汐野に言わなければと思った。
「ゆりはさ、汐野と大和の仲がいいのは別に気にしないタイプだと思う。でも、大和は汐野に依存しているからさ、ゆりに取られたくない思いが強くて、ゆりを無視したりしていたこと、汐野は知ってたの?」
「それは……」
汐野は、大きなため息をついた。心当たりはあるような雰囲気だった。
「あいつ、大和の家、ちょっとごたごたした時期があって、そこらへんからあいつひねくれちゃってんだよな。だからクラスで一時期もめたことあっただろ?っておぼえてないか。でも、俺は友達だと思ってるし、気にしないで接してたつもりなんだけど」
「ゆりも、最初は大和のことが好きだったのかも知れないけど、今は俺と付き合ってるし、大和のことは俺の友達ってことで、一緒にいてくれてると思っていたんだ。だから、あんな言い方されて俺もカチンときて。でもゆりが無視されてたって言われると、たしかにそうなのかもしれないな」
「そう、ゆりも反省してたけど、私は無視するほうがよくないと思う。でもそんな簡単な話じゃないのよね。なんか、いろいろうまくいかないものね」
「そうだな」
汐野と私は空を見上げた。神様は悩みなんてないのよ、といわれているくらい空は青かった。突然、汐野が話を変えた。
「なあ、お前さ、好きなやつとかいないのか?」
「なんで私の話になるのよ。別にいるわけ……ないわけでもないかも」
「あの例の先輩か?」
「高木先輩ね。話していて楽しいのは確かだけど、うーん、どうだろう。私はゆりとは違って恋愛音痴だからさ、汐野が期待するような話はできないと思う」
私はスマホをとりだす。ゆりにいまどこ?と短くLINEをした。汐野と仲直りするにはよいタイミングだと思った。
「汐、浮気してんじゃねーよ」
いきなり背後から怒ったような低い声がした。大和だった。
「大和、こいつは違うから」
「へぇ、それにしては楽しそうだったじゃん」
「お前な……いいかげんにしろよ、ゆりのことだって。俺が気に入らないなら俺に言えよ。ゆりや伊藤にあたるのはやめろ」
「なんだよ、それ……別に俺は」
「ふたりとも、もうやめたほうがいいよ。ゆりにLINEしたから、汐野、仲直りしなよ。私は帰るね。それじゃ」
「おう」
汐野は返事をしてくれたが大和には何も触れずにその場を立ち去った。やっぱり恋愛って私には難しいと感じた。