第三十三話
今日も高木先輩は抜け殻のようだった。
「先輩!聞いていますか?」
私は先輩に声をかけてみたけれど、大した期待はしていなかった。きっと今日も伊藤さんのことを考えているだろうとわかっていたからだ。
「ああ」
先輩の気の抜けた返事を今までに何度聞いたことか。
「先輩、仕事中ですよ。もう、そんなに気になるなら引き止めるなり、追いかければよかったじゃないですか」
伊藤さんは職場の先輩が東北に帰省するのについて行ってしまったようだった。両親に挨拶に行くのではと疑っているようだ。私はきっとそうなんだろうと思うけれど、実際のところわからない。
「いい加減、諦めたらどうですか?」
先輩に聞こえるか、聞こえないかの小さい声で愚痴った。
「ああ……あ、いや、今なんて言った?」
「なんでもありませんよ。仕事中、ずっと上の空だとこまります。しっかりしてください」
「ああ、すまない」
先輩は顔や態度や口調は悪いかもしれないけれど、中身は結構、純情男子だ。そして鈍感。私の気持ちに気づくことなんて一生ないんじゃないだろうか。
「なあ、お前さ、ISSって知ってるか?」
先輩がいきなりISSという聞き慣れない言葉を発したので驚いた。
「え?ISSって宇宙ステーションのことですか?」
もしかしたら私の聞き間違いかもしれないと思って、名称を変えて聞き返した。
「へぇ、お前もISSって知ってるんだな」
先輩は少し意外そうな顔をした。
「知っているもなにも、中学生の頃、理科の先生が宇宙が好きで、授業中ずっと話していましたからね。嫌でも覚えましたよ」
「そうか」
「先輩とISSについて話す日がくるとは思いませんでいた。意外です。」
「そうか?いや、あいつがさ」
あいつがという言葉で瞬時に理解した。
「また、伊藤さんですか……」
心で思っていたことをそのまま声に出してしまった。
「またって……俺、そんなに伊藤のことしゃべってるか?」
「はい。伊藤さんについて私のほうが知っているんじゃないかっていうくらい聞いています」
「はは、重症だな」
「本当ですよ。さっさと告ってふられてくださいよ」
「お前、辛辣だな」
「だって、先輩が……」
「なにか言ったか?」
「なんでもありません。早く仕事終わらせて、定時でかえりますよ」
本当に嫌になる。伊藤さんのことばかりで私は全く眼中にないのだろう。
「なぁ」
「なんですか?」
「今度、ISS、一緒に見ないか?」
先輩の声が一瞬、柔らかく聞こえた。嘘ではない。いつもとは違う声だった。
「え」
私はその場で固まって、なんて言葉を返せばよいのか、頭の中で言葉がぐるぐるまわっていた。返事をする前に、先輩が軽く笑って言った。
「とはいってもまぁ、タイミングが合わないと見られないんだがな。悪い、忘れていいぞ」




