第三十二話
「好き?好きって言った?今」
佐藤さんは、喫茶店を出てホテルに戻るまでの道、何度も聞いてくるので、私は何度でも返事をする。
「本当に……?」
「はい。好きです」
私は佐藤さんの驚いた目をじっと見つめる。佐藤さんも驚くと目が多いくなるんだぁなとか、ちょっと挙動不審なところがおかしくて、笑いそうになるのをこらえていた。
「そっか」
何度目かのやりとりの末、納得してくれたようで少しほっとした。
「ねえ、今とてもぎゅっとしたいんだけどさ、してもいいかな?」
「ぎゅって?握手ですか?」
決して冗談で言ったわけではない。でも、佐藤さんはそんな私を変な顔をすることはなく、私に近づいてくる。
「ははっ、違うよ」
私の体が佐藤さんの体に包まれた。ダウンジャケットを着ていることもあり、まるで大きな布団にくるまれたような感覚だった。ちょっと苦しくて顔を上にあげてみた。目をつむる佐藤さんの顔がいつもより近かった。しかし、私の顔あたりでなにかが生きている音と振動がした。佐藤さんの鼓動が私の心臓よりもとても早くて、そのことに私は驚いた。私よりも大きな鼓動が全身に響く。つられて私の鼓動も早くなっているのではないだろうか。
「嬉しいよ、君から好きって言ってもらえる日がくるとは」
佐藤さんは、大きく息を吐いてから、大きく息を吸っている。深呼吸をしながら抱きしめられている。
「佐藤さん、私の告白、迷惑ではなかったですか?」
「何を言っているんだ!迷惑だなんて思わないよ。むしろ、すごく嬉しいよ。君が精一杯考えてくれたことが」
体が離れ、再び頭を撫でられる。
「さて、それじゃあ、君は例の先輩にはなんて伝えるんだい?」
佐藤さんの先程までの喜んだような顔から、真剣な顔に変わる。
「え、高木先輩ですか?」
私はなぜいま高木先輩の名前がでてくるのかと思ったが、確認するように名前を出した。
「そうだよ、その高木先輩ってやつ」
佐藤さんの声が低くなっていた。声色が少し怒っているようだった。
「あの、佐藤さん、高木先輩は、私にとって先輩として尊敬している人であって、恋愛として好きということはありません。だから、先輩には、好きな人ができましたって伝えます」
『高木先輩を恋愛として好きということはありません』
このフレーズ、昔、渡辺先輩にも同じようなことを言ったなぁと思い返していた。ただ、その時は、好きな人もできるのかわからなかったし、実際恋愛をしたいとか願望もなかったので、すごく大きな違いを感じていた。
「そうか」
先程の佐藤さんとは違い、一言だけつぶやき、ホテルに着くまでは無言で歩いた。手はつないだままだった。雪はしんしんと私達と景色に降り積もっていく。
ホテルの部屋の前で、佐藤さんに「おやすみなさい、また明日」と言った後、ドアを閉めたが、すぐにノックする音が聞こえた。開けたら、真剣な顔をした佐藤さんがいた。
「急なんだけどさ、明日、俺の家に来てもらってもいいかな?」




