第二十四話
季節はすっかり秋だった。10月の終わり頃、マンションの外壁工事や下水管工事が入って車の移動の連絡がポストに入っていた。近くのコインパーキングにとめて、後ほど領収書を大家さんに申請すれば、返金してもらうとのことだった。近くにコインパーキングが少なく、満車の場合はどうするのだろうかとか、いろいろ考えたが、平日は電車通勤で使わないので、工事が終わるまでコインパーキングに止めておこうと思った。領収書発行して申請するのも、億劫だがしかたがない。
「おつかれさん。今から飲まないか?」
スマホに一通のメールが届いた。会社の同僚、鈴木からの誘いメールだった。迷ったが行くことにした。
「了解。場所はどこ?」
メールが届いてから30分経過していたが、返信をしたら、数分後、再びメールが届いた。
「駅前の居酒屋で」
「了解」
短いメールのやりとりをする鈴木とは飲み仲間だ。家も近いこともあり、お互い若い頃は、仕事終わりや休日も頻繁に飲んでいた時期があり、部署は違うが気の合う友人でもあった。
「おつかれ」
「おう」
居酒屋の前で待ち合わせしていた鈴木が後ろから声をかけてきたので、振り向いて返事をした。
「寒くなったな」
「そうだな、すっかり秋だな」
日中は半袖でもいい過ごしやすい気候だが、夜になると一気に肌寒い。鈴木はラフなTシャツにカーディガン、俺も薄手のジャケットを羽織っている。
「いらっしゃいませ!」
元気の良い声が響く居酒屋の店員さんに二名で、とジェスチャーをしながら席に座る。
「生二つ、あと唐揚げと……」
鈴木がいつもどおりにビールやメニューを見せながら食べ物を注文をする。
鈴木とは年も近くて、気楽に話せる関係になるのは早かった。会社の大きな飲み会で話しかけられたのがきっかけだった。鈴木は営業部に所属していることもあり、普段から身なりがきちっとしている。清潔感は大事だ。会社ではだらしないところを想像するものは少ないだろう。
「おまたせしました。生二つです。ごゆっくりどうぞ」
「まずは、おつかれ」
「おつかれ」
俺たちは乾杯をして、ビールを飲んだ。年を重ねてきて、若い頃のように一気飲みとまではいかないが、流し込めるほどの胃でもなくなってきているのがわかる。一口口に入れて、お通しを箸でつまみを食べる。
「そういえば、お前、伊藤さんと付き合ってるの?」かまっているって噂で聞いたんだけど、本当?」
鈴木からいきなり伊藤さんの名前がでてきて、俺は食べいていた枝豆をふきそうになったし、少しむせてしまった。
「なにそれ。噂になってんの?」
「噂っていうか、同じ職場の女の子からちょっと聞いただけだけど」
鈴木はからかっているわけではなく、普通に真顔で聞いてくるので俺も普通に答えた。
「いや、かまっているのは間違ってはいない……かな」
「なにかきっかけでもあったの?」
俺は、仕事終わりの伊藤さんと出来事や、先日買い物に付き合ってもらったこと、看病してもらったことについて話した。
「そうか、それでお前、はまっちゃったんだな」
「うん、たぶんそうなのかもしれない。なんか気になるんだよな。別にこれといって美人でもなければ性格も前向きじゃない。淡々と生きているタイプの子だなぁと思っていたんだけど、猫と戯れるところとか、ふとしたときに笑う仕草がかわいかったんだよな」
「へぇ、意外」
鈴木もビールを飲み、つまみを食べながら俺の話を真剣に聞いていた。
「本当に、自分でもそうおもう」
「恋は突然に……か」
「なんだそれ、学生か」
三十路前の男たちの会話にしてはしょっぱい。学生時代の苦い記憶が蘇る。若い頃はそれなりに付き合ったりしてきたが、彼女に合わせることが苦痛になってきてしまい、結局長続きしなかった。
「そうだ、俺、来週から出張なんだ」
「どこに?」
「九州支部」
「そうか、九州か。気をつけてな」
「おう、お土産かってくるわ。彼女とのこともまた聞かせてくれ」
「彼女との関係を期待しても何もかわらないと思うぞ」
「わからんよ。確かに本質は変わらないけど、関係ってちょっとしたきっかけで変わるから。お前も彼女も」
俺たちは会計を済ませ、店の外に出た。夜風がだいぶ寒くなってきた。空を見上げる。都会では夜空の星は見えないが、月は空高くきれいに輝いていた。