第二十三話
私は目の前にいる先輩のことが好きだ。だけど、この先輩は私ではない別の人が好きなのだ。そして、その別の好きな人についての相談を受けていた。
「なぁ、お前はどう思う?」
「私に聞かれても困るんですけど、でも、その会社の先輩って人と一緒にいるってことは、その後輩さんもその人のこといいと思っているんじゃないですか?そうじゃなければふたりきりで飲みになんて行かないと思いますけど」
私は率直な意見を言ってから、グラスを持ち、ハイボールを流し込んだ。
「そうだよなぁ、あいつ、社交辞令とかするタイプじゃないし、そういうことだよなぁ」
なんで私が好きな人の恋愛相談を受けなければならないんだろうか。目の前のだめな先輩は、仕事ではとてもかっこよく見えるのに、恋愛のことになるとなぜこんなにだめな人になってしまうのか、興味深かった。
「そんな後輩さんより、私のほうがいいと思いますけどね」
「ん?今なんか言ったか?」
「いいえ」
私の小声なんて聞き取れないくらい、先輩は酔っていた。店員に水をたのんで、タクシーを呼ぼう。これ以上酔っ払うと、面倒くさいことになる。
「先輩って、本当に後輩さんのこと好きなんですね」
「ん?ああ?伊藤のこと?なんでだろうな。学生時代に告っておけばよかったのかもな。でもその時、あいつは俺のことどう思っていたのかなんてわからないしな」
「そうですね。ただの先輩だと思っていたんじゃないですか?今も」
皮肉を言いながらも、こんなダメダメな先輩を知っているのは自分だけという独占欲に似た優越感に浸っている気持ちと、伊藤さんという人より、私のほうが先輩を幸せにできるのにという気持ちと。
「ほら、帰りますよ」
「ああ」
ちょっとふらつきながら立ち上がる先輩をちょっと支えながらカウンターから会計の出口へ向かう。
「ありがとうございました」
お店の人の声を後に、私と先輩は外に出る。もうすっかり寒くなっていた。マフラーがほしいくらい首元が冷える風が一瞬吹く。
「寒くなりましたね」
「ああ」
先程からああしか言わない先輩はきっと頭の中は伊藤さんのことを考えているのだろうか。私って、先輩にとって一体何なんだろう。都合のいい女にだけはなりたくない。だから、もし伊藤さんが目の前に現れたら、私は言ってやりたい言葉がある。
「私、先輩のことが好きなんです。だから邪魔しないでください」
強気な発言だけど、先輩と伊藤さんという後輩の関係を聞くに、伊藤さんは先輩のことをなんとも思っていないのではないかと推察できる。
「はぁ、なんでこんな人好きになっちゃったんだろ。あのお店のガトーショコラ食べたい……」
私は先輩の腕を掴んでタクシーを探す。今度、先輩に最近できたケーキのお店の一番高いガトーショコラを奢ってもらおうと決めたのだった。