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第二十話

「ココア、おいしいです。ありがとうございます」


 彼女は濡れた髪とぶかぶかのTシャツを着て、ソファーに座っている。


「伊藤さんって、雷苦手なんだね、ちょっと意外だった」


 カップに口をつけていた彼女はココアを飲みながら、固まっていた。


「意外ですか……雨は好きなんですけど、雷のあの大きな音がちょっと苦手で」


「そうなんだ。俺も雷は苦手、何年か前に落雷で停電してパソコン一度壊されたことがあるしね」


「えっ、それは災難でしたね。停電もちょっと怖いですよね」


 ちょっとホッとしたような顔をしていたので、少しは緊張がほぐれたのかなと思いたい。空気が和らぐ気がした。


「佐藤さん、いつもありがとうございます」


「急にどうしたの?」


「同じ会社ですが、部署も違うし、たまたまかもしれないけど、猫さんとのやりとりも誰にも言わないでくださってるし、優しいなぁと思って。佐藤さんと話していると、とても心地いいです。だから、ありがとうございます」


 改めてお礼を言われたが、気恥ずかしかった。でも初めて聞いた、俺といると心地いいと感じてくれていることに、俺は年甲斐もなく飛び跳ねそうなくらい嬉しくなってしまった。


「そっか、心地いいのなら良かったよ。俺も伊藤さんと話すの楽しいよ。なんでかわからないけれど。そうだ、そういえば、聞きたいことがあるんだけど」


「なんですか?」


 俺は小さく息を吐いて、彼女の目を見た。


「先日、俺の看病をしてくれたとき、とても慣れていた気がして。彼氏とかでもいるのかい?いや、いたらいたで、今日うちに無理やり連れてきてしまって大丈夫だったかとかいろいろ考えてしまって……」


「え、彼氏ですか?いませんよ。私、弟がいるんですけれど、しょっちゅう風邪とかひいていたから、看病には慣れているんです。それに佐藤さんが風邪をひいてしまったのって、私のせいかもしれないと思って」


 伊藤さんは自分のせいで俺が風邪をひいたんだと思っていたんだな。


「あの皆既月食のこと?違うよ、それは君のせいじゃ」


 ない、と言いかけて、実際はそれが風邪のひきはじめだったかもしれない。普段は無理をしない性格なのだが、あの日は伊藤さんとの約束を守りたかったから、柄にもなく汗がでるほど走ったんだ。


「でも、俺が風邪をひかなかったら、今の君はここにいなかったし。不謹慎かもしれないけれど、俺としては風邪をひいてよかったのかもしれないな」


 本当に不謹慎だ。このご時世に風邪なんてひいた日には流行り病だと噂さてもしかたない。


「そうなんですか?」


 彼女のことを知るにはいろんな角度からのアプローチが必要だと思った。どこか鈍感な彼女のことを気にしているのは俺だけかもしれないけれど、俺の知らない彼女はたくさんある。それを知りたい。


「そろそろ服、乾いたかな……ちょっと待ってて」


「あ!私が確認してきます!って、わっ」


「あぶない!」


 伊藤さんは、俺が立ち上がるのと同時に立ち上がり、先に浴室に行こうとしたが、足がテーブルの足にぶつかり、転びそうになった。そのまま床に倒れそうになる彼女の手をぐいっと掴んで引き寄せた。


「大丈夫かい?」


 とっさに体を支えたが、角度が悪かったせいか、一緒になって倒れ込んでしまった。彼女はなんというか、羽のように軽かった。


「あああ、佐藤さん!すみません、大丈夫ですか?」


 いつもは冷静な伊藤さんが、この状況に頭がついていかないのか、テンパっているようだった。よく見ると顔も赤い気がする。俺の中のなにか心をくすぐられる衝動に襲われた。かわいい。こんな顔もするんだな。


「俺は大丈夫だけど、この格好だと、俺が襲われているようなシチュエーションだな」


「わー!すみません!すみません!」


 すぐさま俺から離れ、謝っている。俺は伊藤さんの頭をぽんとなでた。


「大丈夫だよ。ちょっと待ってて、すぐ戻るから」


 と、洗濯機のところに向かった。俺のにやけた顔を見られずにすんでよかった。


「よし、乾いてるな」


 タオルと伊藤さんのスーツが乾いているのを確認した。下着も入っていたが、薄目をあけて、優しく取り出す。スーツは簡単にたたみ、下着は極力触らないようにつまむように上下のスーツの間に挟んだ。深呼吸をして、彼女の元に届けた。


「ほら、着替えてきな」


「はい。ありがとうございます」


 大人しく彼女は俺から服を受け取り、すくっと立ち上がって浴室の方向へ向かった。少しは彼女と近づけただろうか?


「佐藤さん」


「あ、着替えた?Tシャツはまた洗濯機に入れておいてくれればいいから」


「はい。あの」


 なにか言いたそうにしているが、言葉が詰まっているようだ。彼女の言葉をじっと待つ。まさか告白?このタイミングで?いや、それはないだろう。でも……


「あの、今度、もしよかったらですが、ケーキ食べに行きませんか?」


 俺は自分の妄想力に関心しながらも、実際に起こりうることなんてたかが知れていると客観的に感じることがあった。


「ケーキ?」


「私、ガトーショコラが好きで、美味しいガトーショコラが売っているお店があるんです。イートインもできるところなので、もしよければなのですが……」


 俺は顔に出さないようにしていたが、喜んでいた。彼女が俺を誘ってくれる日が来るなんて。


「いいよ。君のおすすめのガトーショコラ、ぜひ一緒に食べに行きたい」


「ありがとうございます」


 ようやく明るい顔になった伊藤さんをぎゅっと抱きしめたくなったが、ぐっとこらえた。そして俺は告白をした。


「伊藤さん、俺と付き合わないか?」

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