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第二話

「おーい」

 信号待ちをしていたところ、後ろから誰かが叫んでいる男性の声がした。自分ではないだろうと思って信号が青になったので、すぐさまチャリを漕ぎ出そうとした所、

「ちょっと!待てよ!黒いチャリのお前だよ!伊藤!」

 私は黒いチャリを乗っていた。え、私か?後ろを振り返る前に、叫んでいた男性は自転車に乗ったまま、私が乗っている自転車の前まできて止まった。よく見ると、汐野だった。

「はぁ、はぁ、お前さ、チャリこぐのはやくね?」

 汐野は息を切らせたまま話しかけてきた。

「別に早くないけど。どうかしたの?」

 ささくれた心のまま返事をしたが、彼は気にしていないようだった。

「ちょっとさ、つきあってくれない?」

「え?なんで?」

 汐野とも話したことはなかった。だからなぜ私に声をかけたのか疑問しかなかった。しかし、すぐさまはっとした。もしかしたら、昨日ゆりが大和に告白したことが関係しているのかもしれない。今、汐野の誘いを断ったら、学校でゆりが告白したことをおもしろおかしくばらまかれる可能性だってないわけではない。

「別に。ちょっと相談があってさ。聞いてほしいんだけど」

「わかった」

 私は短く返事をした。

「じゃあ、ついてきて」

 汐野は私を通り過ぎ、交差点の信号が変わるのと同時に自転車を漕ぎ出した。冷たい風だが、天気は良かった。前を走る汐野についていく。自転車だから話もすることなく。隣の街まできていた。

「ついたぞ」

 自転車のブレーキ音と一緒に汐野が後ろをふりむいた。ついたところは川沿いの土手だった。テレビやドラマで見たことはあったが、地元にないので行くこともなかった。

「こっち、ちょっと座れる場所あるから」

「わかった」

 川は夕日にてらされキラキラしており、ささくれいてた心が少しだけやわらかくなったかもしれない。自転車を転がしながら、止められそうな場所まで押して歩き、汐野の話を聞くことにした。

「悪かったな。いきなりこんなとこ連れてきて」

「大丈夫。で、何?」

「あー、えーと、うまく話せるかわからないんだけどさ、ごめん!俺、伊藤の友達が大和に告白しているの聞いちゃったんだ」

 謝るときに、顔の前で手を合わせる仕草は、テンプレなのかと思うくらい、汐野はきれいに手を合わせていた。

「あー、そうなんだ。別に。謝らなくていいよ」

「俺、物理の先生に提出物渡して、あいつとゲーセン行く予定だったんだけど、あいつ今日は無理って言って帰っちゃったから、あとでLINEで聞いたら伊藤の友達に告られて断ったって」

「あー」

「俺、告白とかしたことないから、伊藤の友達が大和に告ってたのすげーと思ったんだ」

「で?相談ってなに?」

「俺さ、彼女と友達になりたいんだけど」

「え」

「だから、伊藤の友達と友達に……」

「ゆりのこと?」

「そう」

 彼の耳がじわじわ赤くなるのが見ていて不思議だった。相談ってこれ?私の友達、あなたの友達に告白して断られているんですけど。

「そうなんだ」

 ゆりにどう言えばいいのか。告白した相手の友人がゆりに好意をもっていたとは。しばらく沈黙が流れる。日も暮れ始めてきた。お互いの顔がどんどん見えなくなっていく。

「別にいいけど、ゆりが汐野のことを気に入るかはわからないよ。汐野は大和の友達だし」

「確かに、あいつはちょっとへそまがりだからさ。なんかいろんな女の子を寄せ付けちゃうんだよな。ああみえて、いいところもあるんだけど」

 汐野は大和のことを言われてちょっと悩んでいたが、決意は変わらなかったようだ。

「それでもいい。紹介してくれ!」

「わかった。ゆりに連絡してみるね」

「いいのか?サンキュー!」

 私は短く了承の言葉を口にした。帰宅してからゆりにLINEしてみた。とりあえず、汐野が友達になりたいらしいってストレートな内容をおくる。ゆりからすぐに返信がきた。明日は学校に行くとだけ返ってきた。

 次の日の朝、通学途中にゆりの後ろ姿を見つけた。

「おはよう」

「あ、伊藤ちゃん、おはよ」

「昨日はLINEごめんね。その顔、だいぶ復活したみたいだね」

「うん、ありがとう。そんなことよりさ、汐野が私と友達になりたいって……ふふふ」

 ゆりは思っていたより落ち込んでいなかった。むしろ、なにか嫌な予感がした。汐野がゆりに好意をよせていることを知ったことにニヤニヤしているようだった。

「ゆり、あなたの心境の変化、ジェット機のようにはやいのね。もう別の恋はじまっちゃってんじゃん。すごいわ」

「伊藤ちゃん、これが、恋する女子なのよ!青春じゃない?」

「わからん」

 大和への想いやあの涙はなんだったのか……私はそれでも一生懸命今を生きているゆりを応援しようと思った。

「おはよう」

 ゆりと話しながら歩いていた後ろから、汐野が声をかけてきた。

「お、おはよ」

 ゆりは、ちょっとかわいらしい声で返事をしていた。本当に恋する女子のちからはすごい。

「おう」

「汐野くん、伊藤ちゃんから聞いた。私で良ければ、お友達になりましょう。これからよろしくね」

 ゆりは汐野に手をだす。

「ああ、よろしく」

 汐野もゆりの手をにぎる。これで友だちになったのか。

「ゆり……さすがだわ」

 教室の中でも、汐野とゆりは一気に距離を縮めていった。一体どういう神経をしているんだろうか?テレビの話や勉強の何気ない話しをしている。大和は少し不機嫌そうな顔で二人をみている気がした。汐野はそれをわかっていないようで、気にすることなくゆりと話している。遠目に見ている私でもゆりは楽しそうだ。私はお昼のチャイムがなったと同時に教室を出て、購買にお昼ごはんを買いに出た。

「おい、ちょっと」

 後ろから声をかけられた。振り返ると、大和が一人で立っていた。

「お前、汐野に何か言ったのか?」

 不機嫌な顔。以前だったらそんな顔を私に向けたことはなかった気がする。敵意まるだしの顔と声。

「別に、何も言ってないけど」

 私は表情を変えることなく、返す。何も言っていないのは確かだ。言われたのはこっちのほうだから。

「汐野に変なことするなよな」

 訳がわからず、かたまってしまった。大和は私を睨みつけムスッとしたまま一方的に言って教室に戻って行ってしまった。どういうことだろう。変なことってなんだ?下を向いてとぼとぼ購買に行き、パンを買って教室に戻ろうとしたがやめた。

 今日はこのまま授業を受ける気分ではなかった。とりあえず屋上につながる階段をのぼった。教室から離れているし、授業中は誰もいないことを知っていた。

「あーあ」

 授業がはじまるチャイムが鳴り終わり、誰もいない階段に座り込み、ちょっと大きめの声を出してしまった。自分の発生音は自分の耳に入ってくる音とはだいぶ違うらしいが、重くどろどろっとした声だということは認識できた。

「はー、どーしよっかな」

 今度はため息。本当、自分が嫌になる。

「面倒くさいなぁ、本当に」

「誰だよ。この世の終わりのような声だしているやつは」

 私しかいないと思っていた屋上から声がした。しまった。人がいたのか。

「すみません」

 私は小さな声で謝罪をして立ち去ろうとした。

「お前、ちょっと待て」

 姿が見えないが、雰囲気で察したのか少し太い声で呼び止められてしまった。こりゃかつあげかしら。本当についてない。お金小銭くらいしか持ってないけど、ちょっと渡せば許してくれるかなとポケットからはみ出た財布をごそごそしていた。

「人がせっかく昼寝していたのに、夢見悪くてどうしようかと思ったわ」

 あくびをしながら屋上のそのまた上にある所から降りてきたのは一つ上の学年の先輩のようだった。上履きの色が違うので、ひと目で先輩だとわかったが、顔もしらない人だった。

「先輩、すみませんでした。次からは気をつけます」

「別にあやまらなくてもいい。人生いろいろあるもんだ。俺だって授業サボってここにいるくらいだからな」

 笑いながら話すこの先輩は思っていたより怖くなかった。私もそんなに怯えた声や顔をしていないことがわかると、先輩は気さくに話しかけてきた。

「先輩、私の独り言聞こえていましたか?」

「あ?別に全部聞こえていたわけじゃない。でも誰かの話し声がしたから目がさめただけだ。よくわからないが、相手がわるかったみたいだな」

「そうみたいですね」

「まあ。いろいろあるけど気にするなよ。あと一ヶ月もしたらクラスも変わるんだし」

「そうですね。少しの間我慢してみます。先輩、アドバイスありがとうございます」

「お前さ、名前は?」

 先輩はなぜ私の名前を聞こうと思ったのか。また話ができたら嬉しいけど、またがあるかはわからない。

「伊藤です」

 先輩の顔をみて名前を伝えた。

「伊藤か、俺は高木」

「高木先輩、ありがとうございます。」

「おう、お前ちょっと変わってるけど、気にすんなよ」

「わかりました。失礼します」

 私は高木先輩に丁寧にお礼を言った。思っていたより自分でもスッキリとした気持ちだ。教室に戻るとゆりと汐野は楽しそうに話をしていた。大和は不機嫌そうだったが、見てみぬふりをした。

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