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第十五話

 映画は有名なアクション映画の続編だったが、正直頭に入ってこなかった。理由は一つ、伊藤さんのことを考えていたからだ。見た目や雰囲気が違うだけで別人のようだった。おしゃれに鈍感ではないほうだと思っていたのだが、全くの見当違いだった。彼女の爪が、マニキュアで薄く塗られていることに気がついたときは、心臓がはねた。派手な色ではなく、彼女の白い肌にあう淡いピンク色のネイルで、いつも猫を触っているとりわけ特徴のない指先と違う気がして、いろんな感情が渦巻いていた。


「佐藤さん、映画、面白かったですね」


「ああ、そうだな」


 劇場内の席を立つ人たちでざわざわしている中、彼女が俺に小声で話しかけてきた。気づけばスクリーンのスタッフロールは終わろうとしていた。


「佐藤さん、なんだかぼんやりしながら見ていませんでしたか?もしかしてお疲れでしたか?」


「いや、そんなことないよ。この映画、楽しみにしていたんだから」


「それならいいのですが」

 

 座席から立ち上がり、まずはお互いお手洗いに行くことにした。一旦落ち着こう。俺は手をいつもよりしっかり洗って、ハンカチでふきながら男子トイレからでてきたら、伊藤さんは知らない男性に話しかけられていた。


「すみません、人と待ち合わせているので」


 近くまでいくと、伊藤さんのしっかりとした声が聞こえてきた。


「お待たせ、行こう」


 俺は男の背後からちょっと圧のかかった声色を出した。振り返った男は少し若い格好をしていた。これはナンパってやつか?伊藤さんは知らない男に一礼して俺のところへひょこひょこ歩いてきた。男は何も言わずにスマホを見て立ち去っていった。


「伊藤さん、さっきの人に何か言われたのか?」


「えーと、一人で映画を見にきたのかとか、このあと暇しているかとか」


「へえ」


 少し不機嫌な状態でこのまま会話するのは良くない。俺はこの近くにチェーン店のカフェがあることを思い出し、大通りの歩道を歩いていった。


「それで、映画、どうだった?」


 まず、アイスコーヒーを2つ頼み、開いている席に向かい合わせに座った。俺は先程よりも落ち着いて話そうと心がけてみた。


「アクションシーンとかとても迫力があって、音楽もすごく良かったです」


「そうだな。ただ、ラストがああなるとは思わなかったな、前はちょっと謎の終わり方をしていたからさ。」


 俺はコーヒーを飲みながらパンフレットをパラパラめくる。


「佐藤さん、前作もみたことあるんですか?」


「そうそう、もう何年前になるかな」


 休日のカフェやまちなかは、若いカップルや友達グループで賑やいでいる。おしゃれなボサノバ音楽がほどよく聞こえる雰囲気のよいカフェ。俺は窓の向こうの景色を少し眺めていた。


「佐藤さん、やっぱりちょっと疲れていませんか?明日も仕事ですしゆっくり休まれたほうが……」


 伊藤さんは先程からやけに心配そうに聞いてくる。


「そんなことないけど、伊藤さんからみたらそう見えるの?本当に大丈夫だよ。今日は伊藤さんに驚きっぱなしってだけ」


「私?」


「そうだよ。仕事と、あの路地裏の伊藤さんしか知らなかったから、プライベートとかだいぶ違う雰囲気で驚いているのが正直なところ」


「やっぱり似合っていませんか」


「え?」


「今日のコーディネート、友達にやってもらったんですよ」


 彼女は自分の服装を見てため息を付いていた。もしかしてこの服をきることにあまり乗り気ではなかったみたいだ。


「ずいぶんおしゃれなお友達がいるんだね」


「私はいつもどおりのスーツか、TシャツGパンでいいかと思っていたのですが、友達が絶対だめだというので、しぶしぶきがえたのですが、やっぱり変ですよね」


 ちょっとふてくされている伊藤さんに俺はちょっと吹き出してしまった。


「ふふっ、いや、友達に感謝しないとな。伊藤さん、その服似合っているしかわいいよ」


「お世辞でもうれしいです。ありがとうございます」


「お世辞じゃないよ。ただ、伊藤さんじゃないみたいで違和感しかないってだけで」


「やっぱり似合っていないんじゃないですか」


「いやいや、似合ってるよ。ごめん。俺の言い方がわるかった。お友達、伊藤さんのことよくわかって感じがする」


「そうですね。ちょっとうるさいくらいいろいろ言ってくるんですよね。今日も会社の人と買い物するって言ったら、どんな関係なのかとか聞かれたり。聞いてもいないのに俺の彼女ならこうするとか……」


 伊藤さんの話の途中で、遮ってしまったのは、俺の彼女ならなんて言葉が彼女の口から出てきたからだった。


「ちょっと待て、俺の彼女なら?……もしかして、友達って、男?」


「はい」


 聞いてない。というか聞きたくなかったやつだ。違う意味で心臓がギュッとなった。


「友達といっても、学生時代の先輩なんです」


 伊藤さんは俺が固まっているのを気にせず話し始めた。


「先輩……?」


 当たり前だ、伊藤さんにだって友達はいるはずだ。それは男も女も関係ない。関係ないと思っていたのだが。


「そんなにじっと見られると恥ずかしいのですが、やっぱり変ですか?」


「いや、だから変なんて一言も言っていない。伊藤さんはちょっと自己評価が低すぎる」


「口癖なんです。すみません」


「じゃあ、今からその口癖を直すところからはじめようか。あと、すみませんも。あと、その友達……男の先輩のこともちょっと気になるなぁ」


 俺は彼女に向かって無理やり笑った顔をしたが、内心では意味の分からぬ怒りが込み上げていた。彼女の可愛さを他のやつが知っていることに嫉妬しているのかもしれない。




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