第十四話
いつもより早起きしてシャワーを浴びた。彼女はどんな服装でくるかなとかいろいろ考えたが、あの性格だと私服にこだわりなんて全くないだろうなと思いつつ、それでも淡い期待もしていた。
「うーん、まぁ、こんなもんか」
センターラインの入ったパンツに、襟付きシャツ、ジャケットを羽織って鏡の前に立つ。買い物はデパートに行く予定だったので、TシャツにGパンだとラフすぎるかと思ってこの服にした。買い物のあと、映画と飯に誘おうと計画はしているが、はたして彼女はOKするだろうか。断られるかもしれない不安のほうが大きいが、そしたら仕方ない。映画も飯も一人で適当にいけばいい。それくらいの気持ちで誘うのがちょうどいいかと思っていた。
「さてと」
少し早いが、家をでることにした。待ち合わせ場所まで1時間弱ある。早く着いて近くの喫茶店で待っているのもいいと思った。ショルダーバッグに財布とスマホ、読みかけの小説が入っている。部屋の鍵をつけたキーケースはポケットに入れ、駅へ向かった。
待ち合わせ近くの駅について時計を見たら、30分前だった。駅の構内に喫茶店があるのを知っていたので、そこで時間を潰そう。俺はジャズがかかった小洒落た喫茶店に入った。
「いらっしゃいませ」
ウェイトレスが水を持ってきたので、すかさずコーヒーを注文する。
「ブレンドのM」
「かしこまりました」
端の席に座り、スマホと読みかけの小説を取り出した。最近の俺の流行りは、短編小説だ。電車内でスマホで電子書籍で読んでいた時期もあるが、会社内でもパソコンを見ていることの方が多く、目の疲れや頭痛など不調が続き、本屋で気になる小説を購入して読んだところ、頭もスッキリするし、紙媒体の活字の方が俺の場合、情報としてちゃんと入ってくるんだなと、気がついたのは最近のことだった。
本を読んでいたら、ブブッとスマホが小さく震えた。しおりをはさみ、本を閉じ、スマホをひらく。彼女からのメールだった。
「おはようございます。少し早いけれど到着しました」
「おはよう。今、駅の中にある喫茶店にいるから、そっちに向かうよ」
彼女からのメールに返信をし、俺は喫茶店をでた。待ち合わせの場所に着いたが、伊藤さんらしき人はいなかった。すれ違ってしまったのかもしれないと再びスマホで連絡を取ろうとしていたときだった。
「佐藤さん、おはようございます」
「あ、おはよう。って、え、伊藤さん?」
背後から声がしたので、振り返ってみると、伊藤は見たことのない髪型と洋服であらわれた。トップスはブラウス生地で清楚な白にスッキリとしたパンツスタイルにローファーの靴。買い物といったのでヒールではなく歩きやすいぺたんこ靴だ。髪はサイドから編み込んでいてふわっとまとめられており、耳には大きめの揺れるイヤリング、メイクも目元がキラキラしていた。俺は正直驚いた。目の前にいるのは誰だ?本当に伊藤さんなのか?今どきの雑誌にのっているようなおしゃれな服装。体型はもともと華奢なほうだから、普通にどこにでもいるおしゃれな女の子が目の前にいる。
「どうかしましたか?」
「ああ、ちょっとびっくりして。伊藤さんの私服初めて見るから……意外なチョイスというか、かわいいなと思って」
自分で言って後悔した。もっといいコメントがあったのではないだろうか。私服がかわいいと言ってしまったら、普段はかわいくないともとれなくもないではないか。
「佐藤さん、ちょっとおじさんっぽい発言ですね……でも、ありがとうございます。褒め言葉として受け取っておきます」
伊藤さんは怒っているふうでもなくてほっとした。だがいつもの伊藤さんではない雰囲気で、俺は戸惑ってしまう。
「その髪型、自分でやったの?」
「髪型ですか?いいえ、友達が編んでくれました。私だったらぐちゃぐちゃになってしまっていると思います」
なるほど、これはその友達のチョイスなんだろうと少しだけ納得した。
「お友達、手先が器用なんだね。すごい上手。もしかして、メイクや服装も?すごくおしゃれだ。普段もこういう服とか着たらいいのに」
さっき言われたばかりなのになんとおじさん発言をしているんだ、俺は。
「おしゃれって仕事には必要じゃないと思いませんか?」
「うーん、人にもよるかもしれないけれど、そう言われれば確かにそうだけど」
俺の意見にも伊藤さんはブレないなぁと関心する。
「それより、買い物はどこへ行くんですか?」
「ああ、ちょっと服とか靴を見たかったんだ。とりあえず行こう」
駅から少し歩いてデパートに入った。紳士服や靴のコーナーを見て、ワイシャツや小物を少し購入した。だが、俺は一緒に見てくれているのが伊藤さんだということがなんだか不思議で、なんとなく誰かに見られていないかヒヤヒヤしながら買い物をした。
本当に失礼なのかもしれないが、伊藤さんは意外にも色合いやデザインなど俺が選びそうもないものを持ってきたりすすめたりしてくれた。最近はネットでいつもと似たような服をクリックして買っていたので、実際にいろんな商品の陳列やコーディネート、色や生地など見て触って買うのはなかなか刺激的だった。
「伊藤さん、ありがとう。久しぶりに楽しい買い物ができたよ」
「こちらこそ、男の人の服を選ぶとかしたことがないので、あまり参考にならなかったと思います。すみませんでした」
「謝る必要なんてないよ。助かったって言っているんだから。伊藤さん、もう少し時間があるかい?お礼に映画でもみないかと思ってるんだけど、どうかな?これなんだけどさ。無理にとはいわないけれど、たしか前にアクション映画とか好きって言っていた気がしたから」
俺はスマホの画面を見せた。先日公開されたばかりのアクション映画だ。シリーズになっており、なかなかの人気映画だった。
「この映画、私も見に行こうとおもっていたやつです。いいんですか?」