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第十二話

「……」


 彼女は少し困った顔をしていた。なんだろう、単純にかわいいと思った。彼女というのは目の前にいる同じ会社の伊藤さんだ。俺は彼女にに好意を抱いている。なぜ彼女が困っているのかというと、俺が勢い余って告白してしまったからだ。すぐにごめんなさいと断られるかもしれないと思ったりもしたが、彼女は言葉を選んでいるのか、なかなか返事をしてくれなかった。もしかしたら他に好きな男がいるのかもしれない。今、彼女の一番近くにいるのは俺であると自覚している。これから彼女のことを知っていきたいし、俺のことも知ってほしい。子供っぽいと思われるかもしれないが、今の俺は彼女と一緒にいるのがとても楽しいのだ。


「返事は今すぐじゃないくていいよ。とりあえず同じ会社の同僚として、話しかけてもいいかな?」


「わかりました」


 彼女の返事は端的だった。


「私、帰りますね」


 先程まで嵐のような雷雨と大雨だったけれど、だいぶ弱まっていた。


「送ろうか?」


「いいえ、大丈夫です」


「わかった。気をつけてね」


「おじゃましました」


「おやすみ」


 伊藤さんは、とてもはっきりしている性格だと思う。いやだったらきちんと断るタイプだ。何が言いたいかというと、俺は嫌われてはいないということだ。俺はそう思うことにしている。


 そもそも、なぜ俺が彼女のことを気になり始めたかというと、ことの始まりは彼女が会社に入社してきた頃まで遡らなければならない。彼女の第一印象は地味という言葉がピッタリ当てはまる子だった。黒地のスーツにメイクもしているようなしていないようなナチュラルメイク、体型はあまり肉がついていないような細身に見えた。はっきりいって目立たない。華やかな子たちの中にいると、逆にういてしまい、ある意味、悪目立ちしてしまうような雰囲気の子だった。


「伊藤ちゃん、お昼まだ?じゃあ、一緒にいこう」


 同期の社員の女の子が誘われれば、一緒に行くし、誘いがなければ1人で食べている姿を社食で度々見かけた。それが日常で、誰も気に留めることは何一つなかった。


 彼女のことを知ることになったのはとある雨の日の出来事だった。


「ん、あれは……」


 彼女は雨の中、足早に歩いていた。急いでいるようだった。


「どこにいくんだ?」


 彼女は迷うことなく路地裏に入っていった。俺は暗がりの外灯を頼りに後をつけていた。彼女は後ろをふりかえることなく歩いていく。見失わないように、ほどよい距離で歩く。


「俺は何をやっているんだ?これではまるでストーカーみたいじゃないか」


 もしかして彼女は近道をしているのかもしれない。


「やめよう、帰ろう」


 俺は意を決して帰ることにした。そのときだった。


「おまたせ、ごめんね遅くなって。あーほら、そんなにがっつかないで」


 彼女の声、こんな口調は初めて聞いた。しゃがんでいる彼女の足元に黒い物体が動くのが見えた。


「猫?」


「わぁっ!びっくりした……すみません、大声出しちゃって」


「あ、いや、大丈夫」


 俺は、とっさに言い訳をしようとしどろもどろに話し始めた。


「あの、決して後を追っていたわけじゃないんだ。俺もこっちに用事があってね」


 雨でじめじめしている気温に乗じて俺の体温は一気にあがっていた。汗がとまらない。


「お疲れさまです。あの同じ会社の方ですよね……?お名前を存じ上げなくて申し訳ありません」


「俺は佐藤だよ」


「佐藤さん、あの経理部の佐藤さんですか?」


「そうだよ。電話で何度か話したことあるかもしれない」


「はい」


 彼女は俺がついてきたことを不審にも疑問にも思っていなかったようだ。ほっと肩をなでおろした。


「伊藤さん、傘持ってないんだよね?もしよければ自宅まで送るよ……」


「お気遣いありがとうございます。でも、ご迷惑おかけするわけにもいかないので、送っていただかなくても大丈夫です」


 すでにびしょびしょになっている彼女に傘をさす。自宅まで送るつもりでいたので、まさか断られるなんて思っていたので、ここからどうしようか言葉に悩んでいた。


「えっと、じゃあ、駅までとか」


「あの、タクシーとかひろうので本当に大丈夫です」


 彼女ははっきりとした口調で断ってくる。拒絶されているようにも聞こえた。そんなやりとりをしていたら、猫がにゃーとなきながら彼女の足元にすりよっていた。そして俺のことをじっと見つめていたが、その目が睨んでいるように見えるのは、俺が動物に好かれていないと思い込んでいるからなのか。


「猫好きなの?」


「はい、好きです」


 猫は俺よりも彼女のほうがいいとばかりにずっと彼女の足元にいた。


「ずいぶん猫に懐かれているみたいだけど、いつからここにきているの?」


「えーと、だいぶ前からですかね。ええ、それもありますけれど、一人になりたいときはいつもここにきています」


「へぇ、そうなんだ」


 彼女は先に帰っていいといっていたが、屋根があるところで、餌やらゴロゴロあそぶやら猫と彼女が戯れる姿を見ていた。猫がどこかへいってしまい、彼女は家に帰ることにしたのだろう。


「あの、佐藤さんは猫、苦手なんですか?」


「俺、動物に好かれないんだよね。だから苦手って言えば苦手かも」


 猫は伊藤さんの足元にじっと座ったままだった。伊藤さんは猫の背中をやさしくなでていて、猫は気持ちようさそうにしていた。その手があまりにきれいで、俺はなぜか伊藤さんの指先を眺めていた。


「佐藤さん、私そろそろ帰りますが、佐藤さんはどうされますか?」


「俺も帰るよ」


「駅の方面まで一緒にいくかい?タクシーもここらへんは通ってないだろ?」


「そうですね」


「伊藤さんの最寄り駅ってどこ?」


「えっと……会社から一時間くらいはなれたところです」


「結構とおくからきているんだね」


「はい」


 そこまで彼女との会話が続かず、その後は彼女が雨に濡れないように傘をさしながらお互い無言であるいていた。


「あの、ここで大丈夫です」


 ようやく駅のタクシー乗り場近くまできて、伊藤さんは俺の方を向いて告げた。


「お疲れ様、じゃあ、また会社で」


「お疲れ様でした。佐藤さん、風邪引かないように気をつけてください」


「君もね」


 少し笑った彼女の顔がめずらしくて俺は目がそらせなかったが、すぐにいつもの顔にもどってしまった。タクシーに乗っておじぎをするところまで見て、俺は駅の改札に向かう。俺はなぜ彼女が気になるのか、ただ、彼女の顔が頭から離れなかった。


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