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第十一話

 目覚まし時計が鳴り響く朝、私の目覚めはあまりよくなかった。


「んー、もう朝か」


 私は布団からもぞもぞでて支度をする。


 高木先輩、雰囲気はかわってなかったな。顔を洗って歯を磨きながらそんなことを考えていた。とても久しぶりだったせいか、心はほわほわとしていた。恋愛感情ではなく、普通に接してくれる先輩にとても好感をもっていた。年齢を重ねて、いろんな人に出会うが、先輩のような雰囲気の人はそんなに出会わなかった。


「告白か……」


 人は何かしら考えて行動する。下心だったり、利用価値があったり、利害関係が生じるものだと思っている。深くつきあうことは避けてしまう。私の性格上、付き合いが面倒になってしまうからだ。


「いってきます」


 部屋のドアをしめる前に、小さくつぶやく。先ほどの気持ちは部屋に置いて、仕事へ向かう。


「伊藤さん、おはよう」


「佐藤さん、おはようございます」


 駅から職場まで歩く途中で、名前を呼ばれ私は振り返った。声の主は同じ会社の佐藤さんだった。私は返事をしてそのまま会社への道を歩き始めた。佐藤さんは私のとなりを歩く。


「今日はなんだか眠そうだね」


 顔をのぞきこんでくる佐藤さんに私は真顔で答える。確かに寝不足ではあったかもしれないが、化粧のりは悪くなかったはずだ。


「そうですか?」


「なんかあった?」


 佐藤さんは、他人の顔と雰囲気を察知するのがとても上手だ。そして、それが嫌な感じではなく、周りを和ませる言い方をする。佐藤さんが周囲からもよく思われているのは遠目から見ても一目瞭然だった。私の能面の表情にも少しの変化に気づくことができる珍しいタイプの人なのかもしれない。私はよく何を考えているのかわからないと言われるタイプだ。しかし佐藤さんはよく気が付くタイプの人。そんな人が私を好きだと告白してきたのが、つい先日のことだ。全く意味がわからなかった。


「特になにもありませんが、昨日、学生時代の先輩に再会したんです」


 私は佐藤さんに隠す必要もない話をする。


「へぇ、そうなんだ。女の先輩?それとも男?」


 意外にもくいついてきたので、そのまま会話を続ける。


「両方です」


「へえ、それはよかったね」


「はい。二人とも私の先輩にあたる人なのですが、雰囲気は変わっていなくて。あ、お互い年はとったとおもうので、体型とかいろいろ変わっているところもありましたが。あの頃よりは大人になったかなって思いましたね」


「そりゃそうだ」


 佐藤さんは私の頭にぽんと手をおいた。すでに会社の中なので、すぐに頭から手がはなれていたが、なんとなく頭に残っているような感じがした。


「いつまでも、子供だとおもっていたら大間違いだね」


 先ほどのトーンから急に低い声になり、私の顔を見ながらにっこりしていた。まるで飼い主が子猫をしつけるような、そんな目をしていたので、


「佐藤さん、もうすぐ仕事ですけど」


「はいはい。あ、伊藤さん、今夜あけといてね。飯食いにいこう」


 私の意見を聞かずに職場のフロアへ行ってしまった。佐藤さんは強引だけど、嫌な感じがしない。女の人のあつかいに慣れているのだろうか。そして、私は佐藤さんの告白の返事をしなければならない。


「お疲れさまでした」


 同じフロアの人たちが、帰り支度をして帰っていく。私はもう少しだけ仕事を整理してから帰ろうと思い、一度トイレに席を立った。廊下で佐藤さんが同僚と話をしていたので、何も言わず通り過ぎようとした。そしたら、佐藤さんが声をかけてきた。


「伊藤さん、仕事終わった?」


「お疲れさまです。すみません。まだ、あと少しあります」


「わかった。終わったら飯、忘れてないよね?」


「終わる時間が読めないので、もしよければ先に行ってご飯を食べていてください。終わり次第向かいます」


「それじゃあ、一緒に飯にならないだろ」


 笑いながらいう佐藤さんの横にいた同僚が、私との会話を聞きながら少し微妙な顔をした。


「おまえ、伊藤さんと仲よかったんだな……」


「そうだけど?」


 佐藤さんは私の方を見ながらにこにこしていた。


「すみません。三十分以内に整理してきます」


「はーい」


 私は急いでデスクに戻り、残りの仕事を片付けることにした。


「すみません。おまたせしました」


 佐藤さんは、スマホのゲームに夢中で、こちらを見ずにお疲れ様と言ってきた。少し待っていると、ゲームが終わったのか、スマホをカバンにしまった。


「じゃあ、いこうか」


 軽い足取りでエレベーターに向かった。私はその後を追うように歩く。


「ご飯、なにか食べたいものとかある?適当でいい?」


「いいえ、佐藤さんにおまかせします」


「おっけー」


 私は佐藤さんの面倒見の良さに関心していた。高木先輩とはまた違うタイプの男の人だが、優しいところは似ている。高木先輩は今、何しているんだろう。


「伊藤さん、聞いてた?」


「え、すみません。聞いていませんでした」


「そうか、今キミは僕のとなりにいながら別のことを考えていたわけだ」


「すみませんでした。ちょっとぼーっとしていました」


「別に怒っていないから大丈夫だよ。それより腹減ったな」


「佐藤さん、あの、前にも聞いたのですが、なぜ私に構うんですか?」


「えー、またその話?」


 佐藤さんはさっきまで怒っていなかったのに、今度は声のトーンが低くなった。


「伊藤さんって、鈍感すぎる」


 佐藤さんは、大きなため息をついてから、少し早口で説明しだした。


「はっきり言うけど、俺は君が相手の気持ちに鈍いというか、自分のことですらよくわからないところとか、他にも言いたいことはいろいろあるんだけど、マイナスだけじゃないことを知っている。だからかまうんだけど。理由になってない?」


 佐藤さんは最後、私の耳元近くで言ってきた。慣れている人だなぁという感想しかなかった。これで恋に落ちる女性が少なからずいたはずだろうと。


「佐藤さん、変わっていますね」


 私は変わらぬトーンで返事をした。


「それ、よく言われるかも」


 佐藤さんは営業スマイルのような微笑みで返してきた。

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