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第一話

誰かを好きになるってどんな味がするんだろう?チョコレートみたいに甘い味?それともブラックコーヒーのようにほろ苦い味?

「今日、だれかにチョコ渡す?」

 クラスメイトのゆりが、開口一番、私の机に肘を付きながら前のめりで聞いてきた。

「おはよう。別に誰にもあげないよ」

 そっけなく返した私に、

「えー、つまんない。男子にあげなくても、友達の私にくらいちょうだいよ」

 と彼女はふてくされ顔で言ってきた。

「それ、ふつう自分で言う?」

「だって、言わなければくれないでしょ?」

「確かに。あとでコンビニで買ってくる」

「やりー」

 今日は世にいうバレンタインデーだった。教室では、気になる男子にチョコをあげるか、あげないか論争で数日前から騒いでいる。すべての女の子がイベント好きだとは思わないが、テレビやネットで見る限り、バレンタインにチョコやお菓子を大切な人にあげる、一つの風習化しているような気がする。

 私も小学生の頃は、母とチョコを作って女友達だけでなく気になる男の子にあげたり、もらったりしていたが、中学生、高校生ともなると、面倒になってあげるのをやめた。

「大和って、チョコとか好き?」

「何?チョコ?あんま甘い物すきじゃないんだよね」

「大和、小学生の頃からチョコもらってたよな」

「別に、そんなにもらってない」

「またまたー」

 クラスで目立つ存在の大和は、彼の席を取り囲む男女の集団にいじられていた。目鼻立ちがしっかりしている大和は高校入学してすぐに女の先輩から可愛がられていた。

 大和は普段クールで誰にも愛想を振りまくタイプではなかった。そのため、クラスの男子も女子も彼を仲間外れなどすることなく、話しかけていた。気を許せる相手は中学から同じだった友達くらいのようだった。

 実は言うと大和とは中学生の時からの知り合いだ。ただ、話すことはなかったので、本当に知っているだけ。向こうも私の存在は気にしていない。大和といつも一緒にいたのは、今も大和の隣にいる汐野だ。汐野は隣のクラスだが、大和に呼び出されよくこの教室にきていた。汐野と話すときの大和は、とてもリラックスしている。それに気付いているのは私だけかもしれない。遠くの席なのに目にはいってしまう彼らの様子や存在。

 私は名字が伊藤ということもあり、出席番号は前の方で席も教室の廊下側。大和は窓際の方の席だったので、ガヤガヤしているのは教室でも離れていたので、関わることは一切なかった。

 休み時間は本を読むかイヤホンで音楽を聴いたりしていた。高校に入学生して私の優先順位は、勉強でも恋愛でもなく、バイトだった。お金を稼ぐことが第一だったので、恋愛とか興味がなかった。

 ただ、私の友人のゆりは、恋愛第一主義だった。彼女はチョコレートを作って大和に渡すと入学当時から決めていたそうだ。

「伊藤ちゃんって、大和くんと同じ中学校だったんだよね?いいなぁ。大和くんにチョコを渡して、告白するんだ。昨日の夜からめっちゃ練習してた」

「ゆりは恋愛体質だね。応援はしているけど、大和は競争率高いと思うし、たぶん撃沈だと思う」

「競争率が高いほうがなんか燃えるのよね。まぁ、伊藤ちゃんにはわからないかもしれないけど」

「うん、本当理解に苦しむわ」

「でも、伊藤ちゃんはツンデレってやつ?仲良くなった子には優しいから、それを知ればなぁ」

「別にツンデレじゃないし。褒め言葉として受け取っておくわ」

 彼女はネイルや髪もおしゃれで、私から見ても綿菓子のようなふわふわした甘い匂いのする女の子だと思っていた。おしゃれに興味がない私とは正反対だった。バレンタインチョコについてアドバイスをしたが、ゆりは恋に恋する女子だったので、話半分どころか、ほぼきいていないだろうなと思いながら話していた。

そうして、バレンタイン当日の放課後、大和にチョコを渡す瞬間がきたのだ。

「大和くん、あの、これよかったら受け取ってください!」

 かわいくラッピングされたそのチョコレートは手作りのガトーショコラだ。ゆりはメイクや言動はかわいくデコれるのだが、料理がてんでだめだった。実はこのチョコレート、私も一緒につくったのだ。ラッピングも私が施した。まぁ、彼女が真剣だったので、断れなかったのが正直なところだ。マスク越しだったけど、ゆりの顔が赤くなっているのがわかった。

「あー、ごめん、俺、好きなやつがいるから」

 ゆりの火照った顔と心は一瞬で凍りついたように思えた。さっきまで笑っていた彼の顔が一気に強張るのがマスク越しでもわかった。ゆりの告白は、十秒後に教室の全開の窓から入ってきた一陣の風に吹かれてどこかへ旅立ってしまった。

「あ、そうなんだ」

「だから、受け取れないわ。友達待たせているから俺、帰るわ」

「うん。バイバイ」

 大和はスマホを見ながら教室をでた。私達なんて最初からいなかったかのように。ゆりは手に持っているチョコをにぎりしめ、近くの椅子に座って机に顔を押し当てた。部活動の終わりのチャイムが校内中に鳴り響く。誰か教室に戻ってくるかもしれないとおもい、彼女をつれては私は教室を出た。重い足取りで自転車置き場まで向かう。

「はぁ、だめだったかー。好きな人いるんだー。だれかなぁー」

 自転車を漕ぎながらマスクの中でゆりの口からでてきた言葉は、一気に溢れ出た。このガトーショコラも前日にゆりの家に泊まりに行き、夜中にこっそり作ったのだった。

「あーあ、このガトーショコラだけでも受け取ってくれたらなぁ。大和ってさ、ちょっとクールなところがかっこよくて気になってたんだよね。大和の笑顔って、あんま見ないじゃん。だから、たまに友達としゃべっていて楽しそうな顔とかみてると、あー、いいなーって。あと、結構優しいところとかあってさ、隣の席になった時、消しゴムかしてくれたんだよね。ふつう、貸してくれないじゃん。だからさ、ちょっとでも私に気があるかもとか思ったってしかたなくない?誰かを好きになるって、恋が実らないって、こんなにつらいのね」

 涙と一緒にいろんな感情がいっきに出ていたゆりの愚痴を私はだまって聞いていた。なにかに一生懸命になれる彼女が少し羨ましかった。学校からはなれた公園でふたりでガトーショコラを食べた。苦くて甘くて、美味しかった。ゆりは泣きながら食べていたけど、美味しいっていってくれた。

「おいしいよぉ。もう、伊藤ちゃんのガトーショコラしか勝たん!」

 夕日に照らされていたさゆりの涙は綺麗だった。

「ゆり、泣くか食べるかどっちかにしな」

 次の日の朝、ゆりは学校を休んでいた。目が腫れて学校に行けないと昨夜LINEが来ていた。お大事にと一言返信して、スタンプをおした。ゆりから、ポコンと寝ているうさぎのスタンプがかえってきた。

「なあ、あいつ、今日休み?」

 席につくなり、いきなり大和から声をかけられた。

「ゆりのこと?そうだけど」

 私は今まで話したこともなかった大和に一言言いたいことはあったが、それは私が言うことではないと思ってゆりの休みのことだけ伝えた。

「あっそ」

 大和はそっけなく私の目の前からあっという間に自分のグループのところへ帰っていった。友達から、何?誰?みたいに言われていたが、別にと答えていた。私はそんな大和のそっけない態度に内心いらっとしたが、顔にも声にも出すことなく、1限目の授業の用意をした。その放課後、私はまた別の人に声をかけられることになる。

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