第92話:消耗戦
9巡目。
「リーチ」
聴牌した和弥はすかさずリーチにいく。控室ではモニターで立川南麻雀部全員が食い入るように見ている。最早今日子までもが気になっている状況だ。
「さっすがこのルールだと、よほど配牌とツモに恵まれてないと最速でも8巡目とかですね……」
紗枝は溜め息混じりにそう言うと、全員が頷く。
「まあツモれれば最高だけどね。あの捨て牌じゃ、幸いタンピン系に見えるし。リーチで満貫確定だから当然かな」
偶然要素は裏ドラのみの準競技ルールで、ベスト8進出を決めた綾乃もモニター越しに和弥の七対子に感心する。
(このルール見ていると、偶然要素を排除した戦いが如何に繊細か分かるわね…)
小百合も内心、自分の事のように胃が痛かった。いつもは和弥に批判的なことしか言わない今日子も、何も口にできずにいる。
次の巡目。
「ツモ」
和弥がパタリと手牌を倒した。
「3,000・6,000」
リーチ・ツモ・七対子・ドラドラのハネ満である。
「………あれをきっちりハネ満に仕上げられるの、やっぱり和弥クンだよね。裏ドラも赤も何もないこのルールで、ハネ満は大きいよ」
由香が振り返り、不思議そうな顔でモニターを見てきた。それから、表情を綻ばせて言う。
「今度はカネを乗っけて、和弥クンと勝負したいなあ」
「ちょっと。冗談でもそんなこと言わないで南野さんっ!?」
由香の一言に、小百合が目を吊り上げた。
「別に? 冗談じゃなく本気だけど」
「……貴女っ!?」
「まあまあ。小百合ちゃんも由香ちゃんも落ち着いて。ね?」
2人を諫める綾乃の笑顔は完全に目が笑っていない。しかも口調こそ柔らかいが「これ以上騒ぐのは許さない」というドスすら感じられる。
「す、すみません……」
「うん。分かってくれればいいんだよ」
綾乃の“秘められた狂気”を感じ取った小百合は即座に謝り、この場は何とか収まる。
それにしても、由香がこの手の発言をするのは今回は初めてではない。それにここまでの怒りを覚えたのも、また初めてだ。小百合は和弥への感情が次第に大きくなっていくのを感じていた。
「でも、その……」
紗枝が不安そうにつぶやく。和弥はハネ満以降、防戦一方だからだ。それでも失点を最小で防ぎ、トップを守り続けている。
「……大したものだわ。最初は『何こいつ』って思ったもんだけど」
控室全員、一瞬耳を疑った。発言主は今日子だからだ。
「な、何よっ!?」
全員に見つめられ、赤面する今日子。
「いやあ、まさか北条からそんな台詞が出るとはな。珍しく後輩の前で『肝の据わった先輩』らしいところを見せたじゃないか」
龍子は笑いながら言う。和弥が入部してきて以来、ずっと麻雀部のエースとして支えてくれた和弥を褒められて、嬉しかったようだ。
そんな龍子を見た今日子は、少しバツの悪そうな顔をする。
「まあ……その……ね。でも伝説の雀士とやらの息子なら、これぐらいはやってもらないと!」
今日子は胸を張るが、小百合はそんな今日子をお構いなしに視線を送る。
「ツモ。500・1,000」
最後も和弥が逃げ切った。これで和弥は個人戦ベスト8も決定した。
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