第85話:勝負どころ
一瞬だけだが渋い表情を浮かべた大会スタッフと係員に、美里は不可解な違和感を覚えた。
普通の雀荘なら三味線行為とも取られなけないノーテンリーチだが、何せ対局中は無表情な和弥。「間違えたんです」と言われたらそれまでだし、注意する事も出来ない。
(あの係員、一体何を見て驚いたの………?)
美里の心の中に、不安のさざ波が生じる。しかし里美は、すぐにそれをかき消すように気を取り直た。
(落ち着くのよ。今リードしてるのは私。大切なのはここで動じない事)
南2局。親は上家。ドラは七筒。しかし………。
「ツモ」
まだ4巡目だというのに、美里はパタリと手牌を倒す。
「ピンツモ・ドラドラ・赤。2,000・4,000」
先ほどの揺さぶりも動じず、満貫をツモ和了りする
「ま、まだ4巡目よっ!?」
下家は字牌整理すら終わっていない状態である。それもあってか思わず立ち上がり叫んでしまったが、今和了ったのは美里という事実だけである。
「悪いわね。でもこういう事があるのが麻雀だから」
上家から4,000点を、和弥と下家から2,000点を受け取った美里は、当然のように収納口に牌を落とした。
「まだ4巡目なのに。その三面待ちでダマテンかよ」
「何とでも言いなさい。この局は和了って親を迎えるのが最優先のテーマなんだから。ここで満貫なら言うことはないわ。あなたこそ、私より自分の心配をしたらどう?
これで14,300点差じゃないかな?」
だが、和弥も、そして控室の小百合達も。満貫を和了ったとはいえ、4巡目の三面張でリーチをかけなかった美里が不思議で仕方なかった。
(ツモるか裏が乗れば、ハネ満か倍満まである手じゃない………。上手くすれば下家を飛ばすことだって出来たはずよ?)
チラリと美里の表情を見る小百合。
(間違いないわ………。余裕のあるフリをしているけど、鳳さんは今竜ヶ崎くんに、物凄いプレッシャーを感じているわ)
南3局。親はその美里。ドラは南。
(配牌は悪くない………。上家がダブ南を持ってないのを祈るのみね。この局で勝負をつけるっ!)
美里は公九牌から整理していく。
しかし5巡目。
「リーチ」
今度は和弥が、一筒を切ってリーチしてきた。
「!?」
(この坊やにだけは打ち込めない………。今端から一筒切ったよね? 孤立牌を切ってのリーチ?)
間の悪い事に、美里がツモったのはドラの南である。
(我慢我慢。“あの人”も言っていた。『押さば押せ、退かば退け。麻雀は中途半端が一番ダメだ』って)
諦めて現物を切る美里。
8巡目。
「ツモ。ここにいたよ」
パタリとツモ牌を置く和弥。
「メンタンピン・ツモ・三色。裏はないが3,000・6,000」
「な、何よアイツあれ………信じられない。ピンヅモ和了ってるじゃんっ!?」
和弥のフリテンリーチに、控室のモニターで大声で叫ぶ今日子。
(14,000点以上離されてるんだぞ。ここでピンヅモのみなんて和了っても、この女にナメられるだけだろ)
不敵に笑う和弥に、美里から余裕の笑みが完全に消えた。
「諦め悪いね、あなた」
「当たり前だろ、まだ勝負が終わってねぇのに。諦める必要なんてどこにある」
点棒を回収し、点棒入れにしまう和弥。
(本当に、あの人そっくりだね………)
6,000点を和弥に支払いながら、美里はある人物の事を思い出していた。
月・水・金曜日に更新していきます。
「面白い」「続きを読みたい!」と思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします。
していただいたら作者のモチベーションも上がります!