第286話:小心
東3局。ドラは六筒。トップの菱崎がリーチをかける。
菱崎の手牌だ。まだ8巡目と、局面も浅い。アガリトップだが、両脇のサラリーマンも丸っきりの素人でないのも分かった。
(仮に役アリでもダマにしたからって釣れるような面子でもねぇ。だったら役無しだしリーチでいい)
「……」
麗美は脇の2人を改めて見てみた。
菱崎の上家に座っている男は、黒いスラックスにノーネクタイの白いワイシャツという格好。年齢は30代かそれくらいだと思われ、一見すると只のサラリーマンのように見えなくもないが、牌捌きを見るに、素人ではないことは明白だった。
対する下家も、紺のスラックスにワイシャツの中年の男だった。薬指側面の第一関節辺りにある立派な雀ダコが、歴戦の麻雀打ちだということを物語っている。
なるほど、流石は和弥の顔見知りだけあり、甘い打ち手は寄り付かないというワケだ。それを踏まえると、絶対と思えた菱崎のテンパイに一抹の不安を抱かざるを得ない。
(対戦相手のレベルが上がれば上がるほど、リーチという行為はリスクがリターンを上回ってしまうもの。特に正直な両面待ちなんて、まず出てこないよね)
案の定、甘い打牌を打ってくる者はいなかった。しかしそれらは現物ではない。全員、ベタオリをしたワケではなさそうだ。
「俺も張ったよ」
和弥が点棒入れを開ける。
「これでメクリ勝負だな。リーチ」
追っかけリーチをしてきた。
2人のリーチをけん制し、サラリーマンは両方ともオリている。
「ツモ! 500・1,000!! これで15,900点差だなっ!!」
アガッたのは菱崎だった。
「お前にしちゃ珍しいアガリだな」
表情も変えず和弥は500点を支払った。
「リーチの時打ったのは一萬……つまりメンホンのイーシャンテンだ。さっきまでなら涼しい顔で索子を落としていくんじゃないのか」
「……何が言いたい」
「別に」
そこまで言うと和弥は牌を収納口に落としていく。
「たいした自信だな。けどバカヅキが何度も続くと思わないほうがいいぜ」
「……ここまで2連敗してるヤツの態度とは思えないな。サシウマでも行くか?」
15,900差が菱崎の気持ちを大きくさせた。
「上等じゃねえか。あとで泣いても知らないぜ。いくらだ?」
「そっちの希望額でいい」
脇のサラリーマンを差し置いて、和弥と菱崎のサシウマ勝負が決まった。
「50万。赤裏一発祝儀なしだ」
比較的おとなしい設定に決まった。おとなしいと言っても和弥は今日は20万しかもってきてない。つまり完全な鉄砲である。
しかし、和弥はそれを理解した上で卓に残った。
(要は、勝てばいいんだ)
「いつかテメーとガチで打ってみたいとは思ってたけど、こんな形で実現するとはな」
菱崎が苦笑を浮かべながら、和弥に向かってそう言った。
その笑顔は好戦的である。
しかし、私は必要以上に親しむのは勝負の妨げになるだろうと思い、冷笑を作ってこう言った。
「こっちこそ。容赦はしねえ」
「勿論。お互い全力を持って挑もうぜ」
嫌味を返すでもなく、菱崎は好戦的な笑顔のまま言った。




