第227話:魔窟へ
今日の紅帝楼も人は少なく、稼働していたのは一卓のみであった。
和弥はカウンターの元で椅子に座って、つまらなさそうに新聞を流し見ていた男───の隣に座る。
(これならマンションで花澤麗美からの返事待ちの方がまだマシだったな)
暇つぶしに、と訪れた紅帝楼だが、ここまで客がいない日は珍しい。店員たちも暇そうである。
「いらっしゃい和弥くん。今日は見ての通りだよ」
眼鏡を直しながら秀夫がカウンター奥から出てきた。
和弥も出直そうか迷ったその時である。
「お兄ちゃんが竜ヶ崎和弥かい?」
新聞を読んでいた男が、突然和弥に話しかけてきた。
「───ああ、そうですが。なにかご用で?」
「ウチのお嬢…麗美さんからの預かりものを渡しに来たんだ」
ここまででピンときた。男は花澤組の構成員なのだろう。
「…花澤…さんが?」
男は和弥に封筒を差し出した。
「確かに渡したぜ。それじゃあ俺はこれで失礼させてもらうぜ」
和弥は受け取った封筒をしばらく怪訝そうに見つめていたが、封筒を開いて中身を確認してみる。
中には黒いキャッシュカードのようなカードが入っていた。
「なるほど。一見さんお断り、打つにはこのカードがいるって訳か」
「おいおい和弥くん。花澤組の裏賭場で打つのかい?」
かつて新一も打ったという花澤組の裏賭場。
そこに和弥も行こうというのだ。秀夫としては複雑な気分である。
「その店、場所はどこなんだ? 神威町とは聞いてはいたが」
同封されていた地図を見る。
「そうだった。神威町の『ルーチェ』だ。んじゃ秀夫さん、今日はこれで」
和弥はぺこりと頭を下げると、踵を返して紅帝楼をあとにした。
タネ銭をとるため、一度マンションに戻ることにする。
◇◇◇
「最初は1,000万ありゃいいだろ…」
リュックに現金100万の束を10入れ、日が落ちてから雑居ビルの一番下にあるルーチェにいざ到着。最初は躊躇したが、黙っていてどうにかなるものではない。
諦めて帰る訳もなく、左手に例のカードを握り、ルーチェの玄関口と思われる両開きの重厚な扉を開いた。
場違いとも思える和弥の登場に、店内の客の視線が一斉に和弥に突き刺さる。
「あ、あの……お客様!」
こういう反応は予想の内だ。和弥は近寄ってきた店員に、左手のカードを翳す。
「これが用事できたんだ。何か文句あるかい?」
「わ、分かりました…こちらへ…」
カードの意味は店員も分かっているのだろう。
そのあとは無言で和弥を店の奥のエレベーターの前に案内した。
エレベーターは4階まで上がる。
(なるほど…このビルそのものが花澤組の所有物っぽいな)
「こちらです」
考えていても仕方ないので、深呼吸してからドアを開けた。
「ウィスキーソーダ、お待たせしました」
店員がコーナーにウィスキーソーダを置く。
(……アルコール飲みながらでも勝てる自信があるのか)
半ば呆れる和弥である。その時であった。
「やあ! 来てくれたんだね!!」
人を食ったとしか思えないこの態度。和弥が横を向くと、いた───
花澤麗美である。