第220話:安心感
いよいよ南4局。親番は恵。ドラは西。
「親番無くなったね。どうする?」
「サシウマだ。ようはお前より上ならいいんだろ」
挑発気味に尋ねる由香だが、和弥は決して焦りはしない。
8巡目。
「リーチ」
『リーチデス』という女性の電子音が鳴り響く。さすがに3人とも和弥の捨て牌の現物を合わせてきた。
ゆっくりと手を伸ばす和弥。
「ツモ。安目だが一発と赤で3,000・6,000だな」
最後の最後に由香を捲った。
小百合の無意識のうちにギュッと握り締めていた手が、いつの間にか汗でぐっしょりと濡れていた。
(見てるこちらの方が疲れるわ……)
大きく安堵の息を吐く。見ているだけの小百合ですらこうなのだ。卓に座っている対局者たち───特に恐怖心という見えない恐怖に飲み込まれた感のある由香は、別の意味でグッタリしてしまった。
そのあと仏頂面で、和弥に封筒を渡す。
(流石に南野さんも、精神が疲労困憊みたいね…)
それにしても、あの親ッパネが流れたところで自分だったら心が折れてしまう。
「あーあ、負けちゃった」
寂しく笑う由香。全員帰りの身支度を始めた。
「それにしても、本当にブレないね」
帰り間際に恵が問いかけてくる。
「赤と裏ドラがあろうと無かろうと、俺の打ち方に変わりはねぇよ」
「そうだとしても、中々切り替えられないものだよ。実際に座っていたら、そう思い込もうとしても土台無理だもん」
「あンたが知ってる連中と俺を一緒にするな」
由香が先にフロアを出て麗美と恵がカウンターにて場代を清算する姿を見ながら、和弥も立ちあがった。
「……改めて凄いわね、竜ヶ崎くん…」
「まあ、クソ配牌じゃないだけ助かったな」
「でも、和了られたらって怖さは感じないの?」
一緒にエレベーターに入った小百合が問いかける。
「単純な判断だよ、俺が打つ時の」
「単純な判断?」
「必要か不要か。損か得か。これだけだ、俺の判断材料は」
これが彼の答え───
(確かに、その考えこそ麻雀の大前提だわ。でもそこまで割り切れるのものなの…?)
「まあ、いい…小百合が好きなように考えろ。『俺はこう打ってる』ってだけだ」
まだ2人っきりで小百合と呼ぶには慣れてないらしい。
疑問の解答を一言で纏めるなら、即ち“日和らない”ということであろう。
ここで勝負をせずとも、現状のトップは維持できると判断したら無理せず退き、押す時は徹底して押す。一見理にかなった正しい思考に思えるが、実はその考えを維持出来るかはの第一歩に繋がってしまったりもするのだ。
ギリギリのところで相手の当たり牌を回避し続け、和了りを求めるような打ち方をしていれば、徐々に感性が研ぎ澄まされていく。逆に勝負から降りてひたすら逃げ続けていれば、結局はジリ貧になりマイナスをくってしまう。
(そういえば竜ヶ崎くんって、振り込んでも平然としてるわ…)
トップ目であるなら点棒を獲得するためにギリギリの勝負をせずとも、逃げ切りさえすれば勝利を掴める───たしかにこの思考から生まれる安心感は、恐怖心よりも厄介な感情と呼べるのかもしれない。
別の連載がちょっと忙しくなったので、しばらく休みます。
手が空いたらまた戻ります。




