第176話:個人戦決勝
第八章スタートです。
(ふー…)
朝から熱中症警報がスマホをにぎわす猛暑の中、ヘルメットを駅の貸しロッカーに入れた和弥は会場についた。
季節的には夏なのでしょうがないが、黙っているだけで汗が噴き出てくる。
(貴重な夏休みに、何をしてるんだろうな俺は…)
ただ一昨日の小百合、由香、今日子、紗枝の喜び方を見ると、ボランティアをした甲斐があったというものだ。勿論麗美と恵が手を抜いていたのに気づいていた綾乃と龍子の表情は、かなりの不快感を覚えているようだが。
(ま、今日は個人戦の決勝だ。また手を抜くような事はしない)
麗美が自分と同じく、「勝って嬉しい、負けて悔しいだけの麻雀」に興味がないのは和弥も感じている。とはいえ、個人戦でもあの調子で打たれたのなら流石にそれは和弥にとって「時間の無駄」でしかない。
(今日はちゃんと打ってくれよ…。命まで取られる訳じゃないだろうし)
よし、行こう。
もう一度大きく深呼吸すると、和弥は会場に入り込んだ。
◇◇◇◇◇
どうやら和弥の懸念は杞憂であった。麗美も恵も、先に会場入りしていた。
それどころかもう決勝用卓に座っている。
「よう。お早いな。勝負まであと1時間はあるだろ」
「早く座りなさいな。麻雀打つ前に少しおしゃべりと洒落こもうよ?」
眼鏡を直しながら、恵も打って変わって好戦的な態度だ。
「オー、オー。ヤル気満々だな。一昨日のダラけた女共とは思えんな」
どうやら団体戦の決勝は本当にギアをローのまま終えたようだ。麗美も恵も、明らかに周囲の空気が違う。
幸い係員は近くにはいない。
「……一つだけ聞かせてくれ。どうして一昨日は手を抜いた?」
「なに言ってるの。私の目的は最初から君だけだよ?」
「はぁ?」
トレマで初対決した時のように。麗美の目は完全にギラついたものに変わっていた。
「綾乃から『新一さんの息子さんが部に入った』って聞いて。個人戦だけをターゲットにしてたんだから」
「……モテたんだなオヤジは。息子として鼻が高いぜ」
「当たり前でしょ。私が麻雀打つキッカケは新一さんなんだし」
ギラついた目は変わらないが、麗美は心底嬉しそうだ。
「あンたにとってはそれほどなのかよ、オヤジは」
「そりゃあもう。新一さんがウチの組で代打ちしてた頃からのファンだよ」
“ウチの組”だの“代打ち”だの物騒な単語がポンポン出てくる時点で、和弥も察した。麗美は只の金持ちのお嬢様ではない、という事に。
(……こんだけの殺気放ってる女だ。どうして気が付かないかったんだろうな)
「オヤジは随分ファンが多かったんだな。家にいるときゃほとんどイビキかいて寝てる印象しかなかったが」
「あ、ウチの賭場に来たいんならいつでも歓迎するよ?」
「……まあ。気分が向いたらな」
これから勝負をする相手だ。これ以上余計な情報を与える必要はない。
「ねぇ。私への質問はないの?」
恵の眼鏡の奥の瞳が、不気味に輝いていた。
麗美が紅蓮の炎なら、恵は青白い炎と言ったところか。
「俺は国勢調査員じゃねぇんだ。あンたらのプライバシーにイチイチ興味持ってられっか」
「君達! もういい加減にして控室で待機してなさいっ!!」
係員の声が鳴り響く。
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