第147話:マンション暮らしのワケ
またも小百合は和弥のマンションに訪れる事になった。
「ねえ、竜ヶ崎くん。前から聞きたかったんだけど…」
「ん?」
夕食のあと───
一瞬ためらったが、覚悟を決めてソファーに寝転んでいる和弥に小百合は尋ねた。
「一体どうしてこんな高級マンションに住んでいるの? 貴方のお父様が購入したの?」
そのまま起き上がる和弥。
「ああ…。俺ら一家は、俺が小学生までは普通のアパートに住んでたんだ」
「そ、そうなの?」
ちょっと意外である。驚く小百合。
「俺が小学校の時、セールスマンのフリした強盗に襲われてな…」
「!?」
衝撃の告白であった。しかし和弥がこういうところで冗談を言う性格ではないのは、小百合が良く分かっている。
「お袋はそのままあの世に逝っちまった。勿論その強盗はオヤジが裏雀士なんて知らない。手あたり次第ドアのノックして、開けてくれたのを狙うつもりだったらしい」
「そ、そんな事があったのね…」
一気に場の空気が重たくなってしまう。
「お袋も身寄りがない人だったそうでな。葬式とかの手配は、全部秀夫さんがやってくれたくらいだ」
こんな事、聞くんじゃなかった───。第一、和弥が裏の高レートで打っているとは言え、こんなマンションを購入出来るワケがない。小百合は自分の察しの悪さを、猛烈に襲われた。
「『目立たないように』って普通のアパートに暮らしていたオヤジの考えは、裏目に出たって訳だ。俺の前じゃいつも明るく豪快だったオヤジが、数日クチも利けないレベルで落ち込んでたよ」
「………」
ソファーから身を起こしカフェ・オレの残りを飲み干す和弥。
「ようやく元気を取り戻したオヤジが最初にした事。それが有り金叩いて、このマンションの現金一括購入だった」
「でも……」
そう。和弥の父・新一ももうこの世にはいない。
「当時はガキだった俺も、時間が経つ度に事の重大さが分かった。小学校を卒業し、キックボクシングやムエタイを習い始めたのもお袋の件があったから、と言ってもいい」
なんとも言えない、微妙な空気がリビングに漂う。
「ま、その後は委員長も知っての通りだ。オヤジは自分に何かあった時のために、生前分与だか生前贈与だかをやっておいたんだよな。秀夫さんが色々手伝ってくれたらしい。結果として今度は悪い意味でオヤジの準備は役に立ってしまったが」
生前贈与とは財産の持ち主が亡くなる前に、自分の財産を相続人に当たる子どもなどにあらかじめ分けておくことだ。相続が発生する前に財産を移転することで、相続手続きの簡素化や相続税の節税といったメリットがある。
「…ごめんなさい」
「なんで委員長が謝るんだよ」
和弥は笑顔を浮かべるが、小百合には申し訳ない感情ばかりだった。
考えてみたら、自分だって父親がいない事についてあれこれと聞かれたら嫌なはずだ。
「だって…」
「別に怒っちゃいねぇよ俺は。それよりシャワーでも浴びてきたらどうだ?」
泣き顔を見られたくない。小百合は和弥の言う通りにした。
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