第13話:洞察力
「ツモった瞬間萬子と分かったらもうノータイムでツモ切りしていた。それがイーシャンテンになる時、ツモった牌を良く確認したあと俺から見て右から6番目に入れたよな?
あれで『右の5枚は萬子と雀頭ですでに完成してんだな』って分かった。委員長って競技麻雀のクセで、萬子・筒子・索子・字牌の順に綺麗に理牌するしな」
「そして左から2番目のニ索を切った後、ツモった牌を左から3番目に入れた。これで左3個も索子の面子が123で完成したのが分かった。
捨て牌は典型的な順子系だし。って事はもう筒子待ち一点だろ」
和弥はカチャカチャと、裏返した13牌で小百合に説明を続ける。
「リーチかける瞬間の委員長の表情は自信あり気だったし、絶対に好形待ちだろうと分かったよ。
下は完成してるし八・九筒が河に捨ててあったから『ああ、四・七筒だろうな』って判断したんだ」
「………竜ヶ崎くんって、いつもそうやって3人全員のツモ切りとか動作とか、どこから牌が出たかとかをチェックしているの?」
残っていたカフェ・オレを飲み干すと、ため息交じりに和弥は続けた。
「俺はネット麻雀だけなら小学生からやってるし、人と打つようになってからもオヤジやここの店長さんに『そこら辺は常にチェックしておけ』って徹底的に教えられた。
というか高レートで勝とうってなら、基本中の基本だぜこんなの」
完敗───そういう形容しか出来ない。
高校選手権のU-16総合チャンピオンというプライドは、これ以上ないくらい粉々に砕かれた。現に5回戦で小百合が和弥の着順を上回れたのは、一度も無かったのだから。
小百合はコーナーに置いていたバッグから、おずおずと封筒を取り出した。
「あの………これ………。負けた分を払って、足りなくなったけど………」
容赦なく封筒ごと札束を取られるかと思った小百合だったが、和弥は黙ったままである。
「どうしたの?」
「………いらねーよ」
意外な和弥の言葉であった。
「で、でも………」
「でもじゃねぇよ。いらねぇって。第一よ、一体どうやって作ったんだその金?
真面目な委員長が街金から借金したとは思えねぇ。でも俺みたいに、賭け麻雀で作ったとかでもないんだろ?
多分だが、定期預金を解約したってトコだろ。って事はだ。バレたら騒ぎになるのは目に見えている。ようするに、俺にも被害が及ぶ可能性がスゲー高いワケだ」
図星だったのだろう。小百合は下を向いて押し黙ってしまった。和弥もこのままでは会話が続かない、と判断したのだろう。
「………………とりあえずよ。もう打たねぇなら解散するか? それともまだ話してぇなら場所を変えるか?」
何故か小百合には、『彼ともっと話したい』という願望が、胸の底から湧き上がってきた。
「どこか、別の場所で話したい………」
◇◇◇◇◇
「すいませんね秀夫さん」
今、和弥と小百合がいるのは紅帝楼の店長・本間秀夫が経営している4Fの『株式会社HONMA総研』の客室だった。
「構わないよ。ここには社長兼社員兼お茶くみの僕しかいないんだから。何か飲む?
紅茶か日本茶がいいなら、紅帝楼から持って来させるよ?」
秀夫は受話器を持って、紅帝楼に電話をしようとする。
「俺はカフェ・オレ。ノンシュガーで。ああ。委員長にも紹介しておく。この人がここや紅帝楼を経営している本間秀夫さん。オヤジが生前『この世でただ一人親友と呼べる男』とまで言っていた人だ」
「は、初めまして。西浦小百合といいます。あ、私は……お水で結構です」
秀夫は冷蔵庫から出した天然水をコップに注ぎ、小百合の前に差し出した。数分して、紅帝楼のメンバーが上に和弥の為にカフェ・オレ運んできた。
「御馳走になります」
カップを手に取る和弥。
「あの、すいません本間さん………。少々席を外していただけないでしょうか?」
対照的に、小百合は申し訳なさそうに秀夫に尋ねた。
「分かったよ。僕は下にいるから。終わったら呼んで」
そういうと秀夫は、HONMA総研のオフィスから静かに出ていった。
「俺のもう一人の麻雀の師匠で、今の俺の父親代わりでもある。………てっ、こんな話をしに来たんじゃなかったよな」
カフェ・オレを一口飲む和弥。しばし、と言っても一分足らずだが。気まずい沈黙が充満する。
そんな空気を払ったのは、小百合のか細い一言だった。
「………まででいい」
「あん?」
呟くような小百合の声を聞き取れず、和弥は思わず聞き返す。
「………高校選手権まででいいの。お願い竜ヶ崎くん。貴方の力を貸してほしい………ダメかしら?」
はぁ、とため息をつき、カフェ・オレを一口飲む和弥。
「そんな捨てられた子猫みたいな顔すんじゃねぇよ」
小百合の申し訳なさそうな上目遣いに、和弥も思わず目を背けた。
「………………選手権まででいいんだな?」
「えっ!?」
和弥の一言に、この世の終わりのような表情を浮かべていた小百合の表情が、パッと明るくなる。
「高校選手権までの限定でいいなら、お付き合いしてやるって言ってんだ。イヤならいいぜ?」
「と、とんでもないわっ! ぜひお願いっ!!」
小百合は無意識のうちに身を乗り出し、カップを置いた和弥の右手を両の手で握りしめていた。
「………おい」
「ご、ご、ご、ごめんなさいっ!!」
顔を真っ赤にし、慌てて手を離す小百合。普段は表情を崩さない和弥も、さすがに照れくさいのか思わず顔を背ける。
(しょうがねぇ………。夢見る少女達を頂点に押し上げるまで………ちょっとだけ燃えてみるか)
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