第127話:トレーニング
翌日。和弥は久々にキックボクシングのジムに行くことにした。
麻雀に関してはこれまで一度も緊張などしたことはない。それは個人戦の準決勝前でも一緒である。
今更「人に頼まれた、本意じゃない」などと言うつもりはない。
荷物とヘルメットを持って、集合玄関に降りた直後。スマートフォンの着信音が鳴る。
相手は小百合だった。
「もしもし」
『おはよう、竜ヶ崎くん。今日は何か予定があるのかしら?』
「……え?」
思いもしなかった小百合の質問である。
とはいえ今日の予定を崩すつもりはない。
「……今日はこれからジムに行く予定だ。体がなまっちまう」
少々の無言の時間だった。
『私も一緒に行っていい?』
「悪いがもう出るぜ? そもそも委員長、キックボクシングに興味なんてあるのかよ」
『キックボクシングには興味はないわ。でも貴方の強さの源には興味あるの』
これは何を言っても無駄だな───
和弥はため息をつく。
「悪いがもう出るからタクシーでも使って来てくれ。ジムの名前はショートメール送っておく」
『ありがとう……!』
やれやれ。和弥は一度戻り、キャップ型ヘルメットを取りに戻るのだった。
◇◇◇◇◇
(ここね………)
雑居ビルの見上げた2階には『藤原キックボクシングジム』の看板。
誰も使う様子のないエレベーターで、2階に上がる小百合。
(俺の知り合いだって言えば見学させてくれる。この手のジムは見学者に好印象持ってもらうのが基本だから、大丈夫だ)
和弥の言葉を思い出し、ノックをしてからゆっくりとドアを開ける小百合。
「す、すいません…」
紅帝楼に入った時よりも緊張する。中では講習生たちがパンチミットにコンビネーションパンチを入れたり、サンドバック相手にキックの練習をしている。
所謂“男の熱気”にむせそうになった小百合だが、近くにいたトレーナーらしい男が、小百合を見るなり近づいてきた。
「いらっしゃい。カズ坊の知り合いだってね」
「は、はい!」
思わず瞬間的に返事をしてしまう小百合だが、トレーナーは感動したように小百合をジロジロと見る。
「へぇ~…。カズ坊にこんな美人なクラスメートさんがいるとはね! 彼ならそっちのリングだよ」
見るとヘッドギアを頭に装着せず戦っている少年がいた。和弥である。
相手のパンチやキックを上半身のスウェーだけで寸前でかわす、その動体視力。
(………これが竜ヶ崎くんの強さの秘密……)
僅かなクセやピクリとした反応、牌の確認する視線すらも瞬時に判断す和弥の強さ。
和弥と紅帝楼で打った時、肩の僅かな動きで一向聴を即座に見破られたのを小百合は思い出した。
しかし、小百合にはどうしても気がかりな点があった。
(竜ヶ崎くんはどうして、ヘッドギアを被らないのかしら…?)
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