第126話:乗り越えるべき壁
個人戦の名簿を見た和弥は、眉間に皺を寄せる。
団体戦の準決勝で戦った小百合と当たった、あの五条歩美の名前があった。
丸子高校の大将だった五条治の言っていた妹というのは、間違いなく歩美だろう。
小百合との対局は良く憶えている。読みもさる事ながら、押すときは徹底して押す精神力。
その時である。
───コンコン。
何者かが、立川南の控室のドアをノックした。
「ハイハイ、どなた~?」
綾乃がドアに近づき、ゆっくりと開ける。
噂をすれば何とやら。立っていたのはその歩美であった。
「どうも。明後日の個人戦の準決勝。そちらの大将と当たるみたいなので、ちょっと挨拶にってね」
「………そいつはご丁寧にどーも」
もう一つ追加すべきだ、と和弥は思った。
一見愛想良さそうな笑顔を浮かべてはいるが、目が笑っていない。
間違いない。綾乃と同じタイプだ。
「あの竜ヶ崎新一さんの息子なんだってね、あなた。今回の個人戦、完全競技ルールを選んだ甲斐があったってものだよ」
またか、と和弥は心の中で舌打ちをする。
新一と比較される事は特別苦痛ではない。しかし自分と同年代の学生がこうも父の名を出す事に、少々ウンザリする。
(多分この兄妹の父親も、オヤジにブチのめされたクチなんだろうな)
「それを光栄と言っていいものかどうかは知らんが。まあ明後日はよろしく頼む」
何か異様な空気を感じ取ったのだろう。すぐに綾乃が割って入ってくれた。
「歩美ちゃんだったね。明後日は楽しみにしてるよ」
「こんにちは、部長さん。あなたとも打ってみたかったけど。私、ショートケーキのイチゴは最初に食べる主義なんで」
愛想だけはいいが、明らかに和弥に対する挑発である。
「ああ、気にしなくていいよ。私も美味しいケーキなら、選ばない主義だから」
綾乃が何とかはぐらかそうとしているが、歩美は全く眼中にないようだ。
助け船を出したのは龍子である。
「五条さんとか言ったな。そろそろウチもミーティングをして解散したいんだ。悪いが世間話ならそろろ切り上げてもらえないかな?」
「はーいはい。なんだか歓迎されてないみたいだし。ここで引きますね私」
歩美はぺこりと頭を下げ、踵を返す。扉に手をかけたところで、振り返って和弥に言った。
「次は明後日は冷やかしじゃなくて、ちゃんと打った上で話したいね」
控室から出ていく歩美を、和弥はちっとも気にしていないという気持ちが読み取れる表情を見せていた。
「ほーんと、無礼なの増えてきたわね最近……」
吐き捨てるように由香が言う。
「由香に同意だわ。ま、竜ヶ崎のお父さんがそれだけ有名人だったんだろうけど」
ヤレヤレ、のポーズを作るのは今日子である。
「まあまあ、そうは言うな南野、北条。次は個人戦のベスト4だ。団体戦決勝まで出番のないものは、参加は自由だ。では解散!」
「他の連中だってわからない。美琴や蓮華がボクのことをどう思っているのかはわからないし、その二人がお互いのことをどう捉えているのかもわからない」
◇◇◇◇◇
「ねぇ、竜ヶ崎くん。少しいい?」
駅前の駐輪場に向かう和弥。小百合の呼び止めに、和弥は足を止めて振り返ってくれた。
「……竜ヶ崎くんのお父さんって最悪の場合、殺し合いのようなことになるかもしれない卓で、ズッと打ち続けていたのよね? その……そんなリスクを冒してまで高レートって打つ必要があったの?」
「……馬鹿だからだろ。実際命落とすハメになったのもそれが原因だろうしな」
小百合にヘルメットを手渡す和弥から、らしいといえばらしい、意外と言えば意外な答えが返ってくる。
「どういう意味?」
「挑まれた勝負を断るなんて選択、オヤジには無かったんだろ。麻雀じゃなくて普通の商売でも同じだ。近所に大型スーパーが出来て商店街が潰れたなんて、良くある話だ。でも商店街もあっさり白旗上げたりはしない。金のかかった勝負ってそんなもんだ」
ヘルメットを被る前に、和弥は言う。
「オヤジはその上で返り討ちにして、叩き潰した───そンだけだろ。雀バカなんてそんなもんだ」
「竜ヶ崎くんもなの?」
「ま、雀バカの息子だしな」
和弥はNinja400のアクセルをふかした。
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