第117話:亀裂
「それじゃ行ってくるよ!」
中堅戦に由香が立ちあがったその時。
「南野」
珍しく和弥が、由香を呼び止める。
「ん、何? ひょっとして愛の告白だったりする?」
「アホ抜かしてんな。……最下位だけは食うなよ?」
和弥の言葉に気が軽くなったのか、少々強張っていた由香の表情が少しだけ解れる。
由香を見送ったあと、改めて対戦表を見る和弥。
(ん…?)
埼玉県代表・丸子高校。あの老人、丸子昭三の高校である。
先ほどの紗枝が最下位になった次鋒戦。トップは丸子高校だったのだ。
(あの爺さんの高校か……)
「先生」
「どうしたのかね?」
和弥が質問してくるのを、待ってましたと言わんばかりの龍子である。
「あの理事長の爺さん、オヤジ達と同じ“裏の住民”だったんですよね?」
「ああ。キミの想像通りさ」
「なんで高校の理事長なんかに?」
学校の理事長に教員免許は要らない。特に私立校なら、札束をチラつかせれば可能だろう。
しかし、だ。わざわざ裏で打ってた人間が、高校の理事長になるなどどう考えても不可解だ。
「簡単さ。麻雀部が出来たから」
「はぁ? たったそれだけで?」
「勿論それだけじゃない」
龍子は大きく息を吐き、伸びをすると立ち上がる。
「あそこは元々昭三さんの兄上が運営してたんだ。しかし経営が悪化してね。病を患っているにも関わらず、資金繰りに奔走して無理がたたったのだろう」
「………」
(人にそれぞれ歴史あり、か)
「『兄貴にも迷惑ばっかりかけてきた。恩を返さない内に兄貴はこの世を去ってしまった。だからこの学校だけはせめて俺が守ろうと思ったのだ』だそうだ」
酸いも甘いも噛み分ける人生を送って来たのだろう。それで兄弟と疎遠になってしまったのは、容易に想像出来る。
しかし、だ。それが和弥が手を抜く理由にはならない。
「なるほど、ご立派なこって」
ポケットからガムを取り出し、噛みだす和弥。
「……それでも俺は。麻雀で負けるつもりはありませんので」
「いやいや、頼もしいじゃん。そうでなくちゃ! キミが麻雀に手心を加えるような男だったら、ハナからこの部に入れたりはしないよ。いくらあの竜ヶ崎新一さんの息子とはいえね」
横から首を突っ込んできて、座っている和弥の後頭部に後ろから胸を押し付けてきたのは綾乃である。
「お、おい、先輩!?」
「私みたいな美少女にこんな事されるなんて、キミは幸せもんだぞ~?」
この光景には今日子も紗枝も、そして龍子も渋い表情を浮かべる。
しかし立ち上がり、誰よりも激昂したのは小百合だった。
「部長! いい加減にして下さい!!」
その声には、さすがに今日子も紗枝も驚いた。
(こ、こんな西浦さん初めて見た……)
(え? え? 先輩こんな怒り方…)
しかし、綾乃は動じない。
「何、小百合ちゃん? 私が彼に何をしても自由でしょ? どうして小百合ちゃんが怒るのかな?」
「そ、それは……竜ヶ崎くんが嫌がっているからです!!」
その言葉に、今日子と紗枝はあまり納得できなかった。流石に2人とも、小百合の和弥に対する感情に気が付かないほど馬鹿ではない。
「西浦の言う通りだ。いい加減にしておけ綾乃」
何とか龍子がフォローを入れるが、綾乃の顔からはいつもの作り笑いが消えていた。
「……はいはい。ここは引いてあげますよーだ」
和弥は、ようやく仮面を外した綾乃を少しだけ見れた気がした。
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