第116話:ハートは熱く、頭はクールに
牌効率だけではない。由香1人に3卓を担当してもらう『疑似1対3』で今日子が捨て牌読みを何度も練習をしているのは、和弥も知っていた。
勿論和弥のように微妙な視線や肩の動き、盲牌の時のチェック速度まで瞬時に判断出来るワケではない。まだまだ赤入りルールでも自分が今日子に負けるとは微塵も思っていない。
とはいえ流石ゲームの十段をやたら自慢するだけあり素直な打ち筋だし、おかしな癖もない。もしかしたら今日子が事ある事にクチにしている「夢は競技プロになる事」も、ひょっとしたら叶えられるかも知れない。
今まで文字通り『眼中にも無かった』今日子だが、やはり一歩一歩成長という階段を昇っているのだろう。
「ただいまーっ!!」
控室に戻るなり、由香とハイタッチをする今日子。
「いいじゃんいいじゃん今日子! 圧勝だったじゃんっ!!」
今日子のハイテンションに影響されたのか、立川南の控室のボルテージは一気に盛り上がった。
「それじゃあ、私行ってきます」
「ああ、頑張れよ」
少々こういうキラキラした空間は居心地の悪いそうな和弥だったが、紗枝の前で今日子に皮肉を言って空気を悪くする事もない。
それにまだまだ成長途中の紗枝だが、たまには先輩らしく後輩の打ち筋を観察するのも悪くはない。
(中野が成長したのも事実だが、相手のレベルも別の意味で凄いな……)
まるで素人に毛が生えたレベルだ。それこそ紅帝楼に来る大学生にだって、この程度の腕の奴らはひと山幾らで売るほどいる。
仮にも全国大会の団体戦・準決勝である。「強い高校は皆Bブロック」という綾乃の言葉は事実なのだろう。
だがまあ、それは考えようというもの。シャッフルが採用されたが、結局立川南の卓に強い高校は各一校づつしか来なかった。
もし麻雀の神様がいるのだとしたら。立川南にとっても、こういう神様が味方してくれているような状況は極力続いてほしいものだ。
しかし人生同様、そう上手くいかないのが麻雀である。
「えぇっ!?」
「あれ掴ませられる!?」
控室に由香と今日子の声が鳴り響く。
拮抗して場が平たくなった南4局。紗枝は四面待ちで、相手のドラ単騎リーチに負けたのだ。
(場が平たくなったとはいえ、あそこでドラを掴む可能性だってないワケじゃない。まぁ四面張でリーチ勝負に出たくなる気持ちも分からなくもないが、まだまだ青いな中野は)
戻ったら小百合や綾乃の“ワンポイントレッスン”があるだろう。
「す、すみません…」
泣きそうな顔をしながら、紗枝が戻って来た。
「大丈夫大丈夫紗枝ちゃん! ウチのエースが何とかしてくれるってっ!!」
いつもの調子の綾乃に。(また俺かよ)と思いながら。ノンシュガーのカフェ・オレの缶を数回シェイクしたあと、リングプルを引っ張る。
「中野は熱くならない事を憶えるべきだな」
(ハートは熱く、頭はクールに)
通っているキックボクシングジムで、全日本ランカーにいつも言われていた台詞を、和弥は噛み締めた。
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