第10話:2度目のスカウト
先ほどの由香の言葉通り、高校選手権で団体戦に出場するためには、最低5人のメンバーが必要になる。そのため綾乃は、何が何でも和弥を勧誘したいと考えていた。
6月の末から地区予選が始まるが、6月の頭にはメンバー表を提出しなければならない。それまでには和弥を入部させたいところである。
和弥の腕前に関しては申し分無い。後は如何に口説き落とすか、だけだ。
勿論顧問である東堂龍子にも、和弥の事は伝えてある。
やはり一番手っ取り早いのは麻雀で勝負し、勝った上で言うことを聞かせる方法である。綾乃だって腕には覚えがあるし、相手がどんな実力者でも麻雀の勝負に絶対はない。
その頃、生活指導でもあるその龍子に、和弥は生徒指導室に呼び出されていた。
「………キミは。麻雀部に入る気はないのかね?」
「ないっすね」
和弥はキッパリと答える。
「先日あそこの部員達と打ちましたけど、『この程度なら………』ってイメージしかないです」
「随分ハッキリ言うな」
「ただでさえ『勝って嬉しい、負けて悔しいだけで済む』麻雀には飽き飽きしているので。そんなもんなら麻雀じゃなくても、ド〇ジャラだって人生ゲームだっていいでしょう」
苦笑いのあと、はぁ、とため息とつく龍子。
「あのなぁ。キミは『紅帝楼』で賭け麻雀をしているところを、西浦に見られているんだぞ?」
「だからなんです?『生殺与奪の権はこちらが持ってる』とでも言いたげっスね。別にこんな学校、今日で辞めてもいいんですが」
「悪いがな。そういう訳にもいかんのだ。キミの御父上………新一さんと、そして秀夫さんからは『キミをよろしく頼む』と言われているのでね」
龍子から父と、秀夫の名前まで出て和弥はギョッとした。父の名前を出すだけなら、まだ引き留めるだけの作り話の可能性もある。
しかし『紅帝楼』のオーナーであり、父・新一が『この世で親友と呼べるヤツがいるとしたら、それはあいつだけ』とまで言っていた男・本間秀夫。和弥の牌効率打法も、元々は秀夫から教わったものなのだ。
その秀夫の名前までここで出すというのは、どうやらただの引き止め工作ではなさそうだ。
「どうして先生が………秀夫さんの事まで知ってるんです?」
「ふふ。聞きたいかね?」
◇◇◇◇◇
「竜ヶ崎くん。度々申し訳無いけど、私の話を聞いてもらえないかしら」
「あん?」
龍子の話を聞き終え、ようやく玄関に向かって靴を履き替えていた時だった。声の主は、いうまでもなく小百合である。
「昨日部長が話したように、私は、いえ、部員全員高校選手権の団体戦に出場したいと思っているわ。でも選手権に行くためには、どうしても5人のメンバーが必要なの。お願い。麻雀部に入部してもらえないかしら?」
靴を履き替えるのも忘れ、和弥は呆気にとられた表情を浮かべていたが、小百合が話を終えるとまたいつもの仏頂面を浮かべた。
「………………委員長の気持ちは分からなくもない」
この言葉に、一瞬胸の中に希望の火が灯った小百合だったが、それは数秒後にかき消される事になる。
「けどな、俺は部活で麻雀打つ気はねぇよ」
「何故なの? お金がかかってないから?」
「一番の理由はそれだな。東堂先生にも言ったが『勝ったから嬉しい、負けたから悔しい』だけの麻雀にはもうウンザリしている」
何か引っ掛かる言い方だが、それには触れず話を先に進めることにした。
「分かったわ。それじゃあ、私と勝負して。私が勝ったら入部。いいでしょう?」
「………いい加減にしてくれ。俺に何のメリットがあるんだそれ」
和弥の反応は予想出来ていたのだろう。小百合は学生カバンから、分厚い銀行封筒を取り出した。
「100万あるわ。私が負けたら………」
「あー分かった分かった。しまえよそれ」
呆れ返ったように手を突き出して、拒否のポーズをする和弥。
「スゲーなお嬢様って。そんな100万とかポンと出せるのかよ」
「どうでもいいでしょう。貴方は雀荘で打つ時に、相手の所持金が多いと嫌なのかしら?」
チッ………と舌打ちした和弥だが、頬をポリポリとかく。
「勝負はどこでするんだ? 部室でいいのか?」
滅多に笑顔を見せない小百合だが、かすかに微笑んだ───和弥にはそんな気がした。
「『紅帝楼』でどうかしら? 卓を一つ予約しておくわ。私と貴方だけで後は他のフリーのお客さん2人。他の部員を入れたら私に有利に打つようにするかも知れないから」
「………別に。俺は1対3でも全然構わねぇがな」
「それじゃあ決まりね。明日午後1時、紅帝楼で」
それだけ言うと、小百合はさっさと玄関から出て下校する。
(ったく。土曜の午後1時なんて下手したらまだ寝てるぜ………)
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