第101話:心境の変化
「ありがとう。それじゃあ私は先に待ってるわ」
そう言うと小百合は控室を後にした。
(竜ヶ崎くん……)
その様子を見ていた綾乃が、心の中で呟く。
(私もあなたの事、何も知らない……)
そんな綾乃を横目で見ながら、紗枝と由香も控室を後にする。
「さてと……」
龍子は席に戻ると、和弥に声をかける。
「さっきの試合だが……あの発岡に対して、あんな試合をしてよく平気でいられるなお前は……」
「……でもまだ。『竜ヶ崎新一の息子』とか見られてないんでしょ、俺」
龍子はまたモニターに視線を戻した。恵が浮かない顔をするものの、ベスト4進出が決まった陵南渕メンバーはやはり大喜びであった。
「まあ、考えていても仕方がない」
そう言うと龍子は立ち上がり、和弥に声をかける。
「竜ヶ崎、ちょっとついて来い」
そして控室を後にし、会場の通路を歩いて行く2人。
「竜ヶ崎……お前と発岡の試合を見てて思ったんだが……」
「?」
「お前の麻雀、新一さんに似すぎだ」
龍子の言葉に和弥は反応する。
「それは……どういう事です?」
和弥が立ち止まったので、龍子も立ち止まる。
「お前は今までの勝負、どう思った?」
龍子の質問に、和弥は考える。
確かに麗美や恵やとの対局は、今まで経験したことのない物だった。
「楽しいですよ。馬鹿にしていた競技麻雀にも“勝負師”がいるのは分かりましたし。先生にも感謝してます」
「そうじゃない。私の聞き方が悪かったな」
龍子は振り返り、和弥を見つめる。その眼は真剣だった。
「お前、麻雀を本当に心から楽しい、と思ったことはあるか?」
和弥の脳裏に一瞬、ある光景が蘇る。だがそれはすぐに消えた。
「……ありますよ」
「そうか……」
龍子は再び歩き始めると、こう続けた。
「……竜ヶ崎。お前は麻雀を『勝負』だと思ってないか?」
「そりゃあそうでしょう。スポーツだってなんだってそうじゃないんですか?」
第一、キックボクシングやムエタイを習っているのも、和弥にとっては“勝負”の一環である。
「もし……純粋に『勝負』を楽しめる麻雀があれば、お前は打つか?」
「どういう意味ですか……?」
龍子は立ち止まり、和弥に向き直る。そしてこう答えた。
「竜ヶ崎。私はお前に、麻雀の本当の楽しさを教えてやりたいんだ」
「俺は今のままでも、十分満足してますがね。ま、先生とはもう一回打ってみたいとは思いますが」
「いや。多分お前は分かっていない」
龍子は和弥の目を見たまま、はっきり言い切った。
「麻雀はスポーツでも格闘技でもない。正真正銘の、『勝負』だ」
そう言うと龍子は背を向け、会場へと戻っていく。和弥はその場に立ち尽くしたままである。
(“勝負”か……)
だが今の和弥にとってその言葉は、全く響かないものだった。
会場を出て、駐輪場に向かう和弥。Ninja400の横には、小百合が待っていた。
「律儀だな、委員長も」
和弥は小百合にキャップ型ヘルメットを手渡す。
「ううん………。むしろ私の方こそ、貴方にお礼を言うべきですもの……」
「? どういう意味だ?」
「ううん。何でもないわ」
そう言うと小百合はヘルメットを被り、顎紐をカチリ、と嵌めた。
「竜ヶ崎くん……私ね……」
「??」
「私……あなたの事が……」
その時である。小百合の携帯が着信を告げる。
(……こんな時に誰かしら)
画面を見る。相手は紗枝だった。
(もう……)
小百合は心の中で舌打ちする。
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