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乙女の口づけと貴公子の恥じらい

(とんでもない事になってしまったわ)


チェルシーは思いがけないトラブルに巻き込まれてしまって血の気が引いた。隣に立っている父はもう顔面蒼白で息が止まりそうになっている。

シッコーイ国のロッティーナ王女。大輪の薔薇を思わせる様な美しい容姿に、博識で優秀と名高かったが、美しい容姿に負けず劣らずの激しい気性に思い込みがちな性格、おまけに他国の王に対しての不遜な態度にチェルシーは心底驚いた。


容姿も身分もなにもかも、ロッティーナ王女に敵う事のない自分がグランドの婚約者でいいのだろうかと、会場に入ってきたロッティーナ王女の姿を見た時には思ったが、先程の顛末を見ていると、あんな王女が婚約者となったら、グランドが幸せになるとは思えない。

自分がグランドにとってふさわしい婚約者だとはみじんにも思っていないが、それでも、グランドには幸せになって欲しいし、幸せにしてあげたいとチェルシーは思っていた。それにグランドが自分の将来の妻にグランドが望んでくれているのだから、その思いに応えたい。


「チェルシー、私のせいですまない。義父様、ご迷惑をかけて申し訳ありません」


ソファーに座ったグランドがチェルシーと父のオットコマエ伯爵に頭を下げる。


歓迎の宴の会場から、休憩の為に用意されていた部屋にチェエルシーと父のオットコマエ伯爵、グランドと王太子のブレードの4人が集まり、ロッティーナ王女の対応について話し合いをもったのだった。


「いや、グランド君が悪い訳ではないのはわかっているから。しかし、困ったものだねぇ。幾ら他国の王女とはいえ、アレではちょっと......。チェエルシー、お父様と領地に戻った方がよいのではないかね?」


チェルシーを心配してオットコマエ伯爵が話かける。


「いえ、チェルシー嬢の事は、私がしっかり守りますから!国王陛下からも、チェルシー嬢にくれぐれも危害が及ぼ無い様にと厳命されております。それに、万が一領地にまでアレが押しかけていったら。こういう言い方は大変失礼とは思いますが、義父様では他国の王女に物申されたら対処に苦慮するのではないかと.......。こちらであれば、我が家の爵位で対抗できますし、ブレードも陛下もおりますので」


グランドが食いつく勢いでオットコマエ伯爵に提案する。


「あ、あぁ、確かにアレが来たら、私ではちょっと難しいな。しかし、我が領地は田舎だし、そこまでやって来るだろうか?」


まさかと疑う様に話すオットコマエ伯爵に、ブレードが苦笑して答える。


「通常であれば、王都から数日の場所に、他国の王女がわざわざ向かう等とは考えらないが、伯爵も見たであろう?アレではなぁ。シッコーイ国の大使も、何をしでかすか分からないと怯えていたし、可能性は0ではないと」


「なんと、自国の大使にまでその様に言われているのですか?!あぁ、それは.....。わかりました。グランド君、チェルシーの事は宜しく頼むよ。ブレード殿下、我が娘の事、宜しくお願い致します」


「私の命に代えても!」


「分かった。チェルシー嬢の身の安全は私達に任せてくれ」


グランドとブレードがオットコマエ伯爵に力強く誓う。


「チェルシー、お父様は領地に戻るよ。グランド君とブレード殿下が守ってくださるから安心だ。ただ、くれぐれも気をつけなさい。わかったね」

「はい、お父様」




オットコマエ伯爵はそのまま領地に戻って行った。念の為、オネエダモン家の騎士が数名護衛に付き添って行った。


チェルシーはグランドと共に、オネエダモン公爵家に戻る事となった。公爵家の馬車に乗り込んで王城の門から出た途端、グランドがチェルシーに抱き着いて泣き出した。


「ルシー、わたしを捨てないで~~~~」


「ぐ、グランド様?一体どうしたんですか?ど、どうして泣いているんですか??」


大泣きしているグランドの姿に、チェルシーはドン引きだ。


「だって、だって、あの女がわたしのルシーを馬鹿にして。わたしのせいでルシーが嫌な目にあってしまって、こんなわたしに愛想をつかされるんじゃないかって思ったら、もう、もう~~~~~」


胸ポケットから取り出しだハンカチを握りしめ、よよよとグランドがチェルシーに縋り付く。先程までの、凛々しく父にチェルシーを命に代えても守ると誓った美丈夫は、一体どこへ行ってしまったんだろう。遠くを見つめてチェルシーは嘆息する。


「グランド様、大丈夫です。グランド様の婚約者となるからには、女性からのやっかみや嫌がらせの類は日常的にあるだろう事は想定しておりましたので」


これまでの嫌がらせの数々を思い出す。すれ違いざまの嫌味や、足をひっかけられたり、うっかりグラスに入った飲み物をかけられそうになったり、令嬢たちに取り囲まれての罵倒。

家柄も容姿も何一つグランドにはふさわしくないと言われる事は、チェルシー自身も思う事なので、然程堪えるものでもなかったが。


「ルシー、本当に、本当に私を嫌いにならない?」


蒼い瞳を涙で潤ませ、グランドがチェルシーに尋ねる。


「はい、グランド様。わたしくしはグランド様の婚約者ですから。なにがあってもお傍を離れませんよ」


ハンカチでグランドの涙を拭い、宥める様に濡れた目元にチェルシーが口づけする。


「ル、ルシー、だ、駄目よ。私達、まだ婚約者なのだし、節度あるお付き合いじゃないと.......」


先程までの号泣はどこに行ったのか、チェルシーの口づけで頬を染めたグランドが潤ませた目でチェルシーを見つめる。今どき、婚約を結んだ中なら、口づけ位は普通に交わしているのに、グランドの、()()()()()()()()()()()()()姿()に、チェルシーは力の無い笑顔を見せた。




一夜明けたオネエダモン公爵邸。窓から外を見ると、いつもよりも物々しい雰囲気で王城から遣わされた騎士達が警備を敷いていた。

朝食を摂る為にダイニングに入ると、グランドが書類に目を通しながら、紅茶を飲んでいた。


「おはよう、ルシー。昨夜は良く眠れた?」


「はい。夢も見ず朝までぐっすり。グランド様は如何でしたか?」


侍女に椅子を後ろに引いてもらって、チェルシーは朝食の席に着く。


「私は......。昨夜はいろいろと会ったから、なんだか眠れなくて」


「そうなのですか?確かにロッティーナ王女の箏とかありましたからね」


侍女が入れてくれた紅茶を口にする。今朝の紅茶は香り豊かだ。


「だって、昨夜は、ルシーが私に口づけをするから........」


チェルシーは思わず口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになった。

口づけと言っても、泣いたグランドを宥める為にしたちょっとしたものだったのに、チェルシーを見つめながら、目元を赤らめ恥ずかしがるグランドの姿に、チェルシーまで赤面してしまった。

廻りにいた執事や侍女達は、何も言わないが、生ぬるい視線をチェルシーとグランドに注いでいる。居た堪れなくなったチェルシーは話題を変えようとグランドに話しかけてた。


「グランド様、庭に沢山の騎士達がいましたが、あの方達は今回の件で護衛にきて下さった方達なのですか?」


先程まで恥らっていた姿とは一転、グランドの雰囲気がキリっと引き締まる。


「えぇ、そうよ。陛下からもルシーの身の安全を一番にって言われているし、ルシーのお父様にもルシーの事は命に代えても守るってお約束したから」


乙女な気持ちと言葉づかいは兎も角も、引き締まった雰囲気のグランドは、いずれ騎士団の副団長と期待される、王国でも1、2を争う実力者なのだと改めて思ったのだった。










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