氷結の貴公子、歯に衣着せぬ言葉で王女を一刀両断にする!
その言葉を聞いて、チェルシーは血の気が引いた。あんなに容姿端麗なロッティーナ王女に敵うところなど、自分には何一つない。自分自身でさえも、なぜグランドが自分を婚約者として選んでくれたのか、未だに不思議に思っているのに。
もしかしたら、グランドも私の事は気の迷いだったと、そう気がつくかもしれない。あんなに美しい人が目の前に現れたら...。そう思うと、この場に自分がいる事すら許されないのではと、チェルシーは自分の足元が崩れていってしまう様な、そんな絶望的な気持ちに囚われた。思わずグランドを見ると、チェルシーの視線に気がついたグランドが目元を少し緩ませる。チェルシーを見つめるその目に、いつもと変わらない熱を感じて、チェルシーは目が潤んでしまった。
「ロッティーナ王女は何か勘違いされているのではないですか?」
グランドが冷ややかな口調でロッティーナを見下ろす。侮蔑的な視線を隠す事もない様子に、今度は陛下の血の気が引いている。
「わたくしが何を勘違いしているとおっしゃるの?」
グランドの視線に、カッとなったのか、ロッティーナの声が甲高くなる。
「確かに、貴方より身分の高い者など、この国には両陛下と王太子しかいないでしょう。私も陛下の甥とはいえ、今だ公爵家を継いでいないので、無位と言ってしまえばそれまでです。かろうじて一騎士というところでしょう。貴方から見れば卑しい身分の人間だ。
貴方の様な美しい容姿や高い見識を持つ女性も、いないと言われればそうかもしれない。しかし、それに何の価値があるのか?私が認め、現公爵家当主の父が認めた婚約者だ。陛下にも婚約については認めて貰っている。私や父以外の人間が何と言おうとも、そんな言葉に価値はない。私が伴侶として必要と思い唯一と認めた人、それが我が婚約者だ。私にとっては、この世の中の誰よりも美しく気高い女性だ。その人を貴方の様な、うわべだけの醜悪な人間に侮辱される覚えはない」
表情を変えることなく、淡々と告げたグランド。しかし、彼を取り巻く怒りのオーラは、夜会の会場全体を凍り付かせるには十分すぎる程だった。
「なっ...!!」
歯に衣着せぬグランドの言葉に、ロッティーナは顔色を変えて、ブルブルと震え出した。これまでここまで面と向かって冷ややかな物言いをした人間などいなかったのだろう。公衆の面前でプライドを傷つけられたロッティーナは、陛下に暇乞いをする事もなく、踵を返して会場を出て行った。
「グランド、気持ちはわかるけど、オブラートに包むというか、もう少し言葉を選ばないと」
檀上に坐っているブレードが、笑い出したいのを無理やり堪えている様な顔で、グランドに話しかける。
「あれでも言葉は選んだつもりだが?ああいう手合いは、オブラートとに包んで説明しても自分に都合の良い様に解釈するからな。しかし、噂とは当てにならないものだ」
「そうだねぇ。大輪のバラよりも美しさに勝っていたが、あれはないねぇ。陛下、どう思われますか?」
頭を抱えて項垂れていた陛下が、顔をあげてブレードを見た。
「どうも何も、王女はお前では駄目だと言うのだ、致し方あるまい。グランドは、王女では駄目だと言うし。まぁ、縁がなかったのであろう。政略とはいえ、最初から上手くいくはずのない者を添わせたりはしないよ。可愛い息子と甥だからね。ただ、ロッティーナ王女のあの様子を考えると、素直に応じるタイプでもないと思われるからな。シッコーイ国の大使はどうなっている?」
陛下が傍に控えていた宰相に声をかける。
「陛下、大使は王女の発言でショックをうけて一時気を失われておりましたが、医師の手当てで回復されております」
宰相が視線を檀下に向ける。医師に身体を支えられながら、片膝をついて頭を垂れる大使に、陛下が声をかける。
「両陛下並びに王太子殿下、オネエダモン公爵子息に対してましては、今宵我が国の王女の発言や態度、一国の王女としてあるまじき在り様、返す言葉もございません。ご覧になってお分かりかとは思いますが、ロッティーナ王女の容姿については我国ならず近隣諸国からも賞賛されております。
勿論、容姿だけではなく知識や社交においてもです。ただ、他者から賞賛される事が当然だと思われるようになってしまい..。我が国の国王陛下や王妃様が折に触れて諌めていらっしゃるのですが、聞く耳を持っていただけず......。正直、今回の様な事も、もしかしたら....と危惧していたところです。
国王陛下からは、礼を欠いた様な事をした場合は、即刻帰国する様にと事前に指示はいただいております。明日、早々にでも帰国させていただきます。国に戻りましたら、国王より改めてお詫びを申しあげると思いますが、今宵は私からの謝罪を受け入れていただける様に、伏してお願い申し上げます」
蒼白になりながら、大使は頭を下げられる。陛下は困った様な視線をブレードに送った。
「大使、頭をあげて下さい。シッコーイ国の意向は理解しました。ロッティーナ王女の性格的なものに起因するのであれば、2国間での協議などは不要でしょう。王女には速やかに帰国していただきたいと思います。が、しかし、それは可能ですか?」
他国の王にもあんな言葉を投げかける様な人間が、大使の言う事に抵抗もせず応じるだろうか?と言外に伝えているのだ。
「正直に申しまして、大変難しいと思われます。私の言うことなど、勿論歯牙にもかけませんでしょう。唯一、王女が言う箏を聞く相手と言えば、すぐ上の兄のキャスパール殿下位しか思い浮かびません。ただ、護衛の騎士もおりますので、いざとなればいささか強引な手を使っても構わないと陛下より事前に指示をいただいております。
しかし、私が一番心配をしているのは、グランド様のご婚約者様についてでございます。あそこまではっきり他者からに拒否された事がないロッティーナ姫は、きっと、グランド様が自分に興味を示さない事に対して、婚約者の方がいるからだと、その方を排除する方向で考えられるような気がしてなりません。華やかは見た目からも想像できる苛烈さを持った王女ですので、不安でなりません」
震えながら伝える大使に、グランドは言葉を発しないながらも先程とは比べ物にならない位の冷気を漂わせつつあった。
「そうか。大使殿、早急に国元に連絡をとって最悪な事を想定しての対応を頼みたい。幾ら王族とはいえ、わが国では罪を犯せばそれを問わねばならない。そうならない様にしたいのだ」
「はい、国王陛下。それは我が国としても同じ思いでごさいます。ただちに国元へ連絡をいれ、キャスパール殿下に来ていただく様に伝えます」
シッコーイ国大使がひれ伏さんばかりに礼をし、飛ぶような勢いで会場を出て行った。残された他の貴族達は、静かに事のなり行きを見守っていた。
「ブレード、お前はグランドと共にチェルシー嬢に危害を加えられない様に十分な警備体制を敷く様に」
「「かしこまりました」」
ブレードとグランドの二人が陛下に一礼をする。
「皆の者済まなった。歓迎の宴とは名ばかりになったが、折角の夜会だ。残りの時間を十分に楽しんでいってくれ」
陛下からの言葉で、静まり返った会場に漸くざわめきが戻ってきた。しかし、壁の花になっていたチェルシーと父のオットコマエ伯爵は、思いがけない展開に息絶え絶えな状態になっていた。