王女の爆弾宣言
1週間後、シッコーイ王国からロッティーナ王女がブレードとお見合いをする為に来国してきた。
歓迎の夜会が開かれる事になり、グランドの婚約者としてチェルシーも参加する事になった。ただ、当日は、警備の為、グランドがチェルシーのエスコートが出来ない為、急きょ領地がらチェルシーの父、オットコマエ伯爵がやってきた。
「お父様!!」
オネエダモン公爵家の玄関に、オットコマエ伯爵のエドモンが到着して、グランドに挨拶をしていている。二階の階段の踊り場から、急いで階段を駆け下りる。
「あぁ、チェルシー、久し振りだね。少し見ない間にすっかり綺麗になって。ちゃんとオネエダモン公爵家について勉強をしているかい?その様子を見ると、淑女としてはまだまだだな」
父に駆け寄って飛びつくチェルシーを抱き留め、エドモンはグランドに謝った。
「申し訳ない、グランド君。田舎で大らかに育て過ぎてしまった。公爵家夫人として、チェルシーは本当にやっていけるのだろうか?親としてはかなり心配でなぁ。気だての良い優しい娘である事は間違いないが、公爵家の嫁となると........」
眉を顰めて顔色も幾分か青ざめてきたエドモンに、グランドは大きな声で笑った。
「義父上。そんな事はありませんよ?チェルシーはよくやってくれています。毎日、叔母の指導をしっかり受けて、オネエダモン公爵家夫人として恥ずかしくない様にと努力してくれていますから。それに、私にはチェルシーが必要なんです。チェルシーが傍にいてくれないと、私が公爵になれませんから」
チェルシーをエドモンからそっと引き離して、グランドは自分の腕に中に閉じ込めてた。
「グランド様!」
グランドの腕の中に囚われたチェルシーが、これ以上ない位赤面する。
「義父上、今日はチェルシーの事はお願いします。父も不在な為、どうしても夜会の警護でチェルシーを私がエスコートを出来ないので。夜会中も決して傍を離れない様に、くれぐれも頼みますね。チェルシーも、義父上の傍を離れてはいけないよ?この間の事があるから、令嬢達はヘタな事はしてこないと思うが。後は知らない男性からのダンスは断る様にね」
「あははははは。分ったよ、グランド君。しっかりチェルシーの事は見張っておくからしっかり任務に励んでくれ。チェルシー、お父様は安心したよ。グランド君にこんなに愛されているのであれば、将来は安泰だ」
生ぬるい視線をエドモンから向けられて、チェルシーは恥ずかしくて顔を上げられなくなってしまった。グランドは、腕の中にいるチェルシーの頭に一つ口づけを落として、エドモンにチェルシーを委ね城へ出立した。
グランドが出立してから遅れて3時間後、チェルシーもエドモンと共に城へと出発した。馬車の中では、オットコマエ伯爵領の様子など、たわいもない親子の会話を楽しんだ。
「ジェイソン様からも、手紙を頂いてな。公爵夫人になる為の教育とはいえ、婚約者の、しかも婚礼前の令嬢を両親の元から引き離してしまって申し訳ないと」
「お義父上様が......」
グランドからプロポーズされて意識を失った後に、公爵邸で数回会った、グランドに良く似たジェイソン。美しさも英知も、何の取り得もないチェルシーを、グランドの選んだ相手だからと、とても優しく接して下さった。グランドもそんなジェイソンを慕っており、ふたりはとても仲の良い親子だ。
「あぁ、本当に良いご縁に恵まれて、お前は幸せな娘だ。しっかり学んで、お二人に誇ってもらえるような妻になりなさい」
「はい」
城へ馬車が到着して、チェルシーはエドモンのエスコートの下、会場へ入った。
「エドモン・オットコマエ伯爵様、並びにチェルシー・オットコマエ伯爵令嬢様、ご入場です」
会場の扉の脇に立っている侍従が二人の来場を告げる。
チェルシーは会場の中に視線をめぐらせるが。グランドの姿は見当たらない。警護についていると聞いていたが、夜会会場内ではない別の場所にいるのかもしれないと、そう思った。
ふと檀上を見ると、両陛下と共に座っていたブレードと視線が合ってしまい、ニッコリ笑ったブレードに小さく手を振られて、思わず後ろを振り返ってしまったのは、ご愛嬌だ。
次々と来場してくる貴族達。あまり顔見知りの令嬢がいないチェルシーは、交流を図る事もなく、エドモンの傍らに静かに立っていた。エドモンも余り王都での社交に積極的ではない為、親子共々、ホールの隅に立ち壁の花となっていた。
「ロッティーナ・シッコーイ王女様、他、お付きの者ご入場です」
王族のみが出入りする扉から、カルティーナ王女がグランドにエスコートされ入場してきた。
「グランド様?」
警備とは聞いていたが、他国の王女をエスコートするのも警備の騎士のする事だったの?と、チェルシーは驚いた。思わず隣にいる父を見ると、エドモンも驚きで目を見開いている。
廻りの貴族達も驚いているのか、ヒソヒソを声を潜めてロッティーナ王女とグランドらを目で追っている。いつもにも増して冷やかさを隠さないグランド。そのグランドがエスコートしているカルティーナ王女は、カールした艶やかな赤毛にきらめくエメラルドの瞳。デコルテから見える肌は抜ける様に白く、女性らしい凹凸の肢体を持った華やかでとても美しい女性だった。エスコートしているグランドと並んでも遜色なく、チェルシーよりも遥かにお似合いに見えた。
「御初にお目にかかります。シッコーイ王国の第二王女ロッティーナと申します。マンカラーノット国両陛下、ブレード王太子殿下にお会い出来ましたこと、心より感謝申し上げます。また、わたくしの為にこの様な夜会を開催していただきまして、ありがとうございます」
両陛下やブレードが座る檀上前にて、完璧なカーテシーで挨拶をするロッティーナ。それを見ていた会場の参加者達から感嘆の溜息が漏れた。
「こちらこそ、シッコーイ王国の華と呼ばれているロッティーナ王女を迎えられて光栄だ。細やかな夜会だか楽しんで欲しい。グランド、エスコートご苦労であった、下がって宜しい」
「畏まりました、陛下。お言葉ありがとうございます」
檀上の陛下に一礼し、その場から下がろうとしたグランドをロッティーナが呼び止めた。
「お待ちください、グランド様。陛下、お願いがございます。今回の来国は、シッコーイとマンカラーノット両国の関係をより良いものとする為、ブレード様の婚約者候補として参った次第でしたが、わたくし、グランド・オネエダモン公爵令息様を一目見て恋に落ちてしまいました。大変申し訳ございません。ブレード王太子殿下とのお話はなかった事に。オネエダモン公爵当主様は陛下の弟君と伺っております。
であれば、グランド様は陛下の甥御様。両国の関係性を良好にするのに何ら触りはないかと」
陛下の前でも憶する事無く堂々と自分の意見を述べるロッティーナに、会場にいた者は度肝を抜かれた。
陛下も思い掛けないロッティーナの爆弾宣言に、驚愕して言葉が出てこない。夜会に参加していたシッコーイ王国の大使は、ロッティーナの宣言を聞いて真っ青になり口から泡を吹いて倒れてしまった。
キャー大使が、誰か医者を呼べ、と慌ただしい会場の雰囲気の中、呆然自失に陥っていた陛下が、漸く言葉を発した。
「いや、しかし、それは....。そ、それに、グランドにはもう婚約者がおるので.....」
「そうなのですか?しかし、シッコーイ王国の王女としてのわたくしよりも、身分は卑しい者なのでしょう?恥ずかしながら、容姿も知識も国内ならず、大陸の国の中では右に出る者がいないと言われたわたくしです。そのわたくりよりも、美しく知的で気高い方であれば、おとなしく諦めますわ」