ライバルは沢山。知らぬは本人ばかりなり。
「わたくしは貴方の為を思って言っているのよ?グランド様は時期公爵、貴方は田舎の伯爵令嬢。どう考えても身分のつり合いは取れないわ。目を見張る様な美貌や才能があるのであれば別なのでしょうけど、どこを見ても摂り得のない状況では、ねぇ。皆さまもそうお思いでしょう?」
「そうですね、カトリーナ様」
「えぇ、身分は勿論ですが、美しさをとっても、才能をとっても、どこを見てもカトリーナ様には敵いませんわ」
「そうですとも。カトリーナ様は古くから王家を盛り立てているアバズレン侯爵家の令嬢。あの方は、なんていったかしら?聞いた事もないような田舎の伯爵家でございましょう?カトリーナ様と比べる方が失礼というもの。身の程を知って、婚約をご辞退申し上げるのが、正しい在り方ですのに」
数人の令嬢達に取り囲まれて、チェルシーは俯き加減に黙って令嬢達の嫌味を聞いていた。何の反応も見せず、黙ったまま俯くだけのチェルシーに、カトリーナは激昂した。
「全く。ここまでいっても分からないのかしら?貴方はグランド様の婚約者には相応しくないのよ!」
手に持っていた扇を振り上げ、チェルシーを殴ろうとしたカトリーナの腕を払い、チェルシーを庇う様に一人の青年が立ちはだかった。
「私の婚約者に一体何をしようとしていたのだ?」
カトリーヌの前に立ちはだかったのは、チェルシーの婚約者のグランドだった。
「グ、グランド様!!ご、誤解ですわ。わたくしは、その方に礼儀を教えてさしあげていただけです。わたくしは侯爵家令嬢、その方はたかだか伯爵家の身分。わたくしが礼儀作法を教えてさしあげているのに、返事もせずにいらっしゃるものですから。グランド様も、そんな礼儀知らずな方が婚約者だなんて、納得がいかないのではございませんか?」
「そうか。貴女は私の婚約者に礼儀作法を教えてくださっていたと、そうおっしゃるのか?」
冷やかな視線でグランドはカトリーナを見据える。口元で小さく笑ったグランドの美貌に見つめられたカトリーナは、気持ちが浮立ち、グランドの目が冷やかさを増している事に気づいていなかった。
「はい、グランド様!その方は高位令嬢に対する礼儀に欠け、とても社交の場にそぐわないと思いますわ。グランドの様の婚約者としても、オネエダモン公爵家の婚約者としてもふさわしいとは思えませんわ!グランド様も、この方が婚約者だなんて、本当は納得いかれていないのではないのですか?グラント様には、身分もですが、美貌も才能も兼ね備えた様な.....」
「兼ね備えた様な貴方みたいな方が相応しいと?」
カトリーヌはグランドが自分の言葉を認めてくれたと、やはり、こんな田舎の伯爵家の娘風情が婚約者だとは認めていないに違いないと、そう思い込んだ。
「まぁ、そんな。グランド様、そんなわたくし...」
カトリーナは頬を染めて両手を組み、目の前に立つグランドを熱のこもった視線で見上げる。
「どこまで烏滸がましいのか。チェルシーは私の父、オネエダモン公爵家当主が認めた婚約者。私が乞うて婚約者となっていただいた方。その彼女に対して、自分の方が私の婚約者として相応しいと?片腹痛いとはこういう事だな」
言葉を選ぶ事無く、グランドはバッサリとカトリーナを切った。自分がグランドに認めてくれたと思い込んでいたカトリーナは、瞬間何を言われたのか理解できなかった。
「アバズレン侯爵家からの婚約の打診については、とうの昔にオネエダモン公爵家として断りを入れている。それにも関わらず、夜会の度にまとわりつく、それだけでも厭うておるのに、私の大切な婚約者に嫌がらせどころか、手をあげようとするなど、笑止千万。今回の事はオネエダモン公爵家からアバズレン侯爵家に正式に苦情として申し入れをさせていただく。貴方の姿を見るのも不愉快だ。今後、私や私の婚約者の前に姿を見せる事がない事を祈る」
凍り付きそうな視線に侮蔑も乗せて、グランドはカトリーナを睨みつけた。
「あ、あ、そ、そんな、そんな、グランド様.....」
顔面蒼白になり、ブルブルと震えながらカトリーナが腰を抜かして床に座り込む。取り巻きの令嬢達もグランドに視線を向けられ、その場に足を縫い付けられた様に立ち尽くしていた。
「おいおい。グランド。もう少し、女性には優しくと教えを受けなかったのか?」
その場をとりなすように、一人の青年が現れた。グランドと同じように金髪に碧眼の容姿麗しい姿をしており、その場を固唾を飲んで見つめていた女性陣からは溜息が漏れた。
「ブレード。紳士たる者淑女に対しては礼を重んじる様にとは教わったが、どこにその淑女がいるんだ?浅ましい女ばかりだと思ったが、私の勘違いか?」
「いや、それには私も同意見だが、それでも、まぁ、女性だからね。アバズレン侯爵はいるかな?」
ブレードが廻りを見て呼びかけると、顔色を変えて、中年の男性が走り寄ってきた。
「王太子殿下、お呼びでございますか?」
ブレードの前に跪いて臣下の礼をとるのは、カトリーヌの父、アバズレン侯爵。
「いや、そなたのご令嬢が体調を崩された様子。動く事もままらないない様子なので、そなたを呼んだのだ。令嬢を連れて帰られてはいかがかな?父上の挨拶は澄んだのであろう?もしまだなら、私から父には良く事情を説明しておくが」
アバズレン侯爵は、カトリーナの様子と、傍らに背中に若い女性を庇うように立っているグランドの姿を見て、おおよその事情を理解した。
「いえ、王太子殿下。陛下にはもう既に挨拶を済ませております。最近、娘は体調がすぐれない事もあり、ご迷惑をおかけしました。暫く領地にて静養させようと思っていたところでございます。今宵はこれにて御前を失礼します」
お付きの騎士にカトリーヌを運ばせて、アバズレン侯爵は急ぎ足で会場をから去って行った。カトリーヌの取り巻きの令嬢も、家族に引きずられる様に会場から姿を消した。
「さぁ、体調不良の令嬢も席を辞した。残りの皆は引き続き夜会を楽しんでくれ」
ブレードの言葉に、周りを取り囲んでいた人達も各々ダンスを踊るもの、歓談をするものとその場を去っていった。
「全く、アバズレン侯爵令嬢にも困ったものだ。幾ら誰もが認める美貌と才能を持っているとはいえ、それが全てではないのだけどねぇ。まぁ、今回の事で少しは懲りただろう。侯爵がしっかりい手綱を握って社交の場には出て来ることはないだろう。王家からも良い縁談を見つくろっておくよ」
ブレードがグランドを宥める様に声をかける。
「そうだな。ブレードもまだ婚約者がいないのだから、どうだ?侯爵家だから身分的にも問題ないだろう?」
皮肉を込めてグランドがブレードに話しかける。
「いや~、私は見た目などはあまり興味が無くてね。美しいものは毎日見ているし」
ブレードが淡々と応える。毎日鏡で自分の顔を見ていると、美しいだけの女性など興味は湧いてこない。
「それに、どちらかと言えば、内面重視さ。私と共に国を盛り立てていってくれる人となると、なかなか良い人がいなくてね。これと思った女性は、もう囲われてしまっていたし」
ちらりとグランドの背中に隠されているチェルシーに視線を向ける。瞬間、グランドの身体から殺気が立ち上る。
「はいはい、分っているよ。それにしても、チェルシー嬢は大丈夫なの?随分とカトリーナに詰られていたが、泣いているのかい?」
グランドの背中に庇われでもうつむいたままのチェルシーの姿に、ブレードは嘆息する。
「いや、そうではなくて......」
苦笑いしたグランドが、チェルシーの顔を両手で優しく包んで上を向ける。
「え?グランド様?え、え、ブレード様も?どうしたの?」
きょとんとした表情を浮かべるチェルシー。あれだけの騒ぎになっていたのに、全然気が付いていない様子に、ブレードは首をかしげた。
「チェルシー嬢?」
ブレードがチェルシーに呼びかけるが、聞こえないのか、チェルシーがグランドを見つめる。グランドが苦笑した視線を向けると、チェルシーはアッとなって両手を自分の耳に当てて、耳の中からなにやら取り出した。
「ブレード様、申し訳ありません。夜会に参加すると何かに令嬢達に絡まれて五月蠅いので、もう今夜は最初から耳栓を入れておりましたの」
にっこりと笑って、自分の手に耳栓を2個転がしてブレードに見せるチェルシー。
それを見て、目が点になって固まったブレードが、大きな笑い声をあげた。
「いや、あはははははは。流石チェルシー嬢。まさか、み、耳栓とは。恐れ入った。本当に惜しい事をした」
最後の一言は小さく呟いたブレードだったが、グランドは目を怒らせてチェルシーを自分に抱き寄せ、突然笑い出したブレードと、身体を抱き寄せたグランドに、チェルシーはなにがなんだから分らずに、赤面していた。