ep カマキリ
「呪い人形?」
「ああ、そうだ。 ―ノロイニンギョウ― だな。」
翌日、ワタシ達は朝早くに昨日の依頼人が通っている中学校に向かっていた。
「全然理解できてないのだけれども、 ≪吸血鬼≫ はどこに行ってたの? まる一日帰ってこなかったけれど?」
「、、、それについてはすぐにわかる。本人に会いに行くからな。」
会いに? 話の流れ的には依頼人のところだとは思うのだけれども少し、引っ掛かった。
「 ―ノロイニンギョウ― その、名の通り誰かを、存在を呪うために使う人形なのだがな。滅多に発動はしないんだよ。簡単な話、そこまで呪えるものはいないからな。それに、呪いと言っても魑魅魍魎、様々なケースがあるのだよ。人を殺すために呪ったり、自分を繋ぎ止めるために呪ったり、はたまた自分を呪ったりと、使用者によって変わるのだがな。呪いなど一般人は信じないだろう? 神や運命、占いや予言などは信じるかも知れないが、その、真反対である、呪いはな、特に。そこまで怨むのならば自分でやった方が効率的だろう? 結果的には呪いはそこまで発動しないんだ。だが、今回は違ってな、正確に、明確に、はっきりとした怨みがあったのだよ。それが、今回の件を呼び起こした。自業自得でもあるのだがな。」
ム。難しい話だ。恨みの力によって変わってくるのか。いや、そもそも発動さえもしないのならば、何も起こらない。だけど、今回は違ったと。
「まぁ呪いなんて簡単に解けるのだがな、そのあとの処理が大変なんだよ。色々とすることがあるし、説明もあるしな。」
「簡単に解けるんだ。それで今から行くのは? もうそろそろ着いてもいいんじゃない?」
かれこれ十分は逸らされた気がする。いやまぁ逸らされてはないのだけれど。何分長すぎる。
「そうか? ん? おお、いたいた。噂をすれば、出てするものだな。ほら、居たぞ、 ―ノロイニンギョウ―」
何を言っている? ワタシ達の目の前には依頼人がいた。
「お前のところに来たのは、死人だ。いや、後残り? それとも、ニンギョウか? まぁ何でもいい。依頼人はもう死んでいるぞ。自分自身を呪ってな。オレは後始末をしに来たのだ。アレは危なすぎるからな。」
じゃあワタシのところに来たのは、ニンギョウだったってことなのか。こんなにもあっさりとみとめてしまうのは、きっと、あの時のドアノブのせいなのだろう。それから、黒笑の反応と。
「ヤァとキテクレマシタカ、吸血鬼。サァお願いでス。ハヤク祓って下さい。ノロイが切れるマエニ。」
使用者の呪い。いったいどんな、呪いなのだろうか。自分に対する呪いなのだろうか。
「ああ、わかっている、だから、教えろ。お前を売った存在を」
「中学校? から、少し離れた店? ここにいるの? ≪呪い屋≫ が。」
「そうだ。ここにいる。」
そう言ってドアを2回ドンドンと叩く。ドアが開く。どういう作りなのかは分からないが便利な物だ。
「よぉ、 ≪詐欺師≫ 息災か?」
≪呪い屋≫ ではなく ≪詐欺師≫ と呼んだ。椅子に座っている男に対して。なぜ ≪詐欺師≫ なのだろう。先日聞いたばかりのフレーズだったからだろうか。妙に気になる。
「これこれは、珍しい客だな。強き者よ。それからだが、 ≪詐欺師≫ ではなく俺は、 ≪呪い屋≫ だ。そこはちゃんとしろ。それにしても、珍しいな。このような形で会ってしまうなんてな。」
そう言うと、ニッと微笑んだ。作られた笑顔だった。営業スマイルと言うやつだろう。こんなにも、あからさまなものは初めて見た。その男の格好はネズミ色のコートを着ていて、白のズボン、そして、なにより一番は先程の営業スマイルの時に見せた二つの牙だ。口の左右に生えてる鋭い歯。
「あの、 ≪吸血鬼≫ もしかして、知り合い?」
「ああ、ちょっとした、な。」
濁らすね。最近、濁らされてばかりな気がする。気のせいかな?
「で、何のようだ?」
「 ―ノロイニンギョウ― を解く方法を教えろ。」
じゃあこの人が依頼人にノロイニンギョウを渡した人。売って人。
「戯け。ハイハイと教えると? そんなわけあるか。金を出せ。もしや、金もないのに来たわけないだろう?」
そう言うと後ろに広がる影に一瞬蟷螂が映った。
「そんなわけあるか、 ≪ジョーカー≫ 金は出さんな。お前はオレに恩があるだろう?」
「その代わりにいまもこうやって助けているのだろう?」
恩? 助ける? どこがだいったい。
「どこが助かっているんだ。」
「戯け。あの、女は死にたいと言って来たんだ。だから、死ぬ方法を教えてやったんだ、提示してやったんだ、売ってやったんだ。買ったのはあの、女だろう? 違うか? 俺はな、金さえあれば大抵のことはしてやる。それが俺の存在意義であり、必要価値だからだ。そして、なにより俺は、金が必要だ。今の俺にはそれが必要だ。払い戻しは出来んな。あの、女は選択したのだ。数あるルートから ―ノロイニンギョウ― のルートをな。故に俺には非がない。悪いとも思ってない。あの、女が自分自身の意思で選んだのだからな。今更どうこう言われる筋合いはない。なにより俺は、この仕事に誇りを持っている。」
圧巻。これが本物。格が違う。
「、、、そうか。お前がその仕事に誇りを持っているのは理解した。なら、最後まで真っ当しろ。お前の商品だ。」
「、、、、、、教えよう。アレの止め方を」
「壊せばいいなんて、ちょっと雑すぎない?」
あのあともう一度ワタシ達は ―ノロイニンギョウ― とあった場所に向かう。
「まぁ無料だったんだ。それぐらいは折られるべきだ、まったく。」
正論。
「ほら、居たぞ。 ―ノロイニンギョウ― お前を壊しに来たぞ。これでやっと呪いから解放されるぞ。良かったな。」
呪いからの解放。依頼人が人形を呪ったのだ。怒り、憎しみ、妬みを。
「イヤダ、私は本物だ。偽物なんかじゃない。壊れたくない、愛されたい。私だけ、私だけ。」
そう言うと手足が伸びる。否、藁が伸びる。頭も伸び、手足には鋭い爪が生える。不味くない? この状況。
「まったく、これだから呪い関連は嫌いなのだよ。」
≪吸血鬼≫ 偉く余裕だね。あんな化け物を前にして。
「ほら、来たぞ。 ≪詐欺師≫ いや、 ≪呪い屋≫ が。ケジメをつけに、な。」
居た。横に。隣に。
「邪魔だ、 ≪狐≫ これから、本業だ。」
そう言って ―ノロイニンギョウ― のまえにでる。カツカツと音をたてながら。
「よぉ人形。久しいな。元気にしていたか? 数ヵ月前だな、人形を売ったのは。」
この人も余裕だね。みんな、怖くないのかな?
「私は本物。私は本物。私は本物。私は本物。私だけがホンモノダ!」
耳が張り裂けるような声。歪な声。嫌な声。それでも、 ≪吸血鬼≫ と ≪詐欺師≫ は見ていた。 ―ノロイニンギョウ― を。
「オマエタチハ、ニセモノダ!」
そして、ついに ≪詐欺師≫ が口を開ける。
「違うな。お前が偽物だ。本物には決してなれない。なぜなら、お前は人形だからだ。意思も、思考も、感情さえない、人形だ。何時から、お前は本物だと思った? お前はずっと偽物の人形だ。決して本物にはなれない。お前は、呪いを受け止めるだけの人形だ。それなのに本物になろうとするな。戯け。そもそも人形如きが人間に憧れるな。たかが人形が人間を怒り、憎しみ、妬み、そして、愛されようとするなど言語道断。自分自身を過信しすぎだ、もう一度言う。お前は人形だ。藁の塊なのだ。そして、商品だ。」
言い切った。これが ≪詐欺師≫ の実力。言葉だけで相手を圧倒する。
「ワワワワワタシはワタシだケワタシなのにワタシノヨウニワタシはニセモノダ!」
首が飛ぶ。頭が落ちる。 ―ノロイニンギョウ― が死んだ。
「では、強き者よ。俺は、行かせてもらう。」
「ああ。ワルかったな。手を煩わせて。」
「ケジメをつけただけだ。」
そう言って ≪詐欺師≫ は去って行く。
「それで、お金はいくらもらったの?」
「ない。」
「え!」
あれから、ワタシ達は事務所に帰ってきた。なんと、驚くことに黒笑が居た。何となくで居たみたいだ。
「へぇそれ、大丈夫なんスか? 家賃とか。」
「いやなことを思い出させるな。今月はカツカツだ。」
「え! ダメだよ! それは! あと、報酬は?」
ワタシにはあと、八十万分の働きをしないといけないんだよ。
「それに、今回の件についてはなにもしてないだろう。」
確かに。
「 ≪詐欺師≫ が頑張ってくれたもんね。」
「 ≪詐欺師≫ですか。」
「ああ。まだその辺にいるかも知れんな。やつの動きはいまいち分からん。そのうちなにもなかったかのように出てくるだろう。噂に耳を傾ければ分かるさ。」
「そんなもんなの?」
「さぁな。分からん。」
「あの人の名前って、 ≪ジョーカー≫ って言うの?」
「ん? ああ。そうだ。あだ名のような、本名のような偽名のような感じだからな。どういう経緯でそうなったのか分からないが、自分で名乗っていた。」
≪ジョーカー≫ トランプのなかじゃ一番強く、なんにでもなれ、ババ。本物の強者のようで偽物の強者。表裏一転。
「 ≪ジョーカー≫ 必ず。」
「急ぐ必要はない。またそのうち会えるさ。きっとな。」
第三話 ≪詐欺師≫