ep 鬼
「憑かれてる。それってどういうことですか?」
「憑かれている。読んで字のごとしッスよ。そのまんま。あと、あんた、俺と同じ学年ッスよ。だからタメ口でいいッス。あ、これは口癖なんで気にしないでください。さてと、話を戻しますが、去年の冬ぐらいッスね。家に ≪詐欺師≫ が来ましてね。あっその前に俺の母ちょっと重い病気でね。それが関わってくるんですけども、≪詐欺師≫ が言うにはそれは、≪怪≫ の仕業だって言われてまぁ払ってもらったんすけど、その報酬として俺、≪詐欺師≫ の元で働いたんッスよ。そんときに ≪鬼≫ を憑けられまして。それで、最近こんなことになりまして」
そう言うとその男は、右腕を見せた。真っ黒に染まっていて所々にとげのように尖っている腕を。
「ほう。それで、オレにその ―ミギウデ― を診てもらおうと思ったわけか。だが、診たあとはどうしてほしい?」
「ん~なら、出来るなら、直してほしいですね。元の右腕にね。」
右の口角を少しあげニッとする。これは挑発だろうか? それとも、単にそう言うヤツなのか。ワタシはどちらかというと後者だと思う。
「、、、直せるな。元に。だが、まぁ少し回りくどいやり方になるがな。それでも良いのか?」
「ええ。まぁ、あんまりくどすぎるといやッス。でも、まぁ直るんなら、ね? 多少は我慢しなきゃいけないでしょ?」
「この部屋、なにかあるの?」
「いいや、ないが? まぁなに。物が置いていないからな。広いことに越したことはないだろう?」
確かに ≪吸血鬼≫ の言う通りだ。広かったらなにかあっても逃げることができる。にしても、なんだかなぁ。目がおかしくなってきそうだなぁ。物が一つもない。白い壁、黒い床、窓は三つ、廊下側と、外側。廊下側に一つ。外側に二つ。外側の窓からは月の光が差している。
「ねぇ? どうして夜なの?」
「昼間だと誰かに見られるかも知れないしな。それに、夜の方が影が多い。月の影がな。」
≪吸血鬼≫。イメージは人の血を吸い、夜に活動する。そして、その行いからもう一つの名が生まれた。それが、夜の王。
「血は吸わなくてもいい。まぁ吸ったら一時的に能力が向上するだけで吸わなくても生きれないわけじゃない。それに、夜に活動するのは、さっきも言ったが、影が多いからだ。吸血鬼は影を操り血を使う。言葉の通りだ。」
ふうん。結構難しい話だ。
「さて、もうじき来るな。」
そういった瞬間だった。扉を開けて入ってきたのは、魘された男だった。
「え? は? え? どういうこと?」
「グルルルル」
そこには、ヨダレを垂らしながら、右半分が尖った歯を擦り合わせながら頭の右部分に一本の角を生やした、鬼雪 黒笑が居た。
「≪吸血鬼≫! どういうこと?」
「慌てるな、そんなことだろうと思っていた。まず、オレは、自分の、存在も明かしていないのにヤツはオレを言い当てた。それは、事前に誰からか聞いていたか。もしくは、ヤツの本能が勝手に言ったかのどちらかだ。本能、つまり、≪怪≫ としての本能だ。」
つまり、元からこうなっていた。あのとき、≪吸血鬼≫ と呼んだときから、乗っ取られていた。じゃあどうして? どうして、≪吸血鬼≫ を狙う?
「さて、少し、力ずぐでやるしかないようだ。」
そう言って ≪吸血鬼≫ は左腕を切り、その血で作った刃が見えないけれど先端は鋭く尖った、曲がった武器を右手で握った。
「殺すの?」
「そうするしか他にはないからな。それに、今殺してやれば少しは楽になる。」
何が言いたいかは分かる。このままじゃ完全に乗っ取られてしまい、誰かを襲う。もしかしたら、相手は親かもしれない。自分をこんな目にあわせた親かもしれない。だから、今殺す。そうさせないように。せめてもの、慈悲。けれど、今はそんなことどうでもいい。ワタシは、
「≪依頼人≫ でしょ。それにまだ、人間でしょ? ワタシが依頼するわ! 彼を助けてあげて。」
「、、、そうか。なら、お前からの報酬は八十万に引き上げるぞ? 良いのか? それで。」
「良いわ、だから、」
「みなまで言うな。その依頼、引き受けた。」
「グルルルル、」
「まったく。面倒なことになった。少しは、許せよ?」
そう言って、彼に向かって走る。そして、切った。いや、切ったと言うよりかは何かを押さえた。右腕を押さえた。
「すいません。」
彼は、頭を下げる。自分を恨み、そして、本当のことを言わなかったこと。全部を、悔やみ。
「それで、早速だが、お前には ≪契約≫ を行ってもらう。」
「≪契約≫ ッスか?」
「ああ、≪契約≫ とは、≪怪≫ と ≪人間≫ を対等に保つために行うものだ。≪怪≫ を名で縛り、≪人間≫ には、代償を受けてもらう。そうして、互いに対等な関係を築く、それが≪契約≫ だ。それに、その ―ミギウデ― には、≪鬼≫ が憑いている。いや、宿っている。棲んでいる、と言った方が正しいか? まぁそんなこと今は重要ではない。問題は名があるかどうかだが。お前には、名字に鬼が入り、したの名には、黒が入っている。鬼はそんのまんまとして、黒はお前の、―ミギウデ― を指すのに調度いい。では、≪契約≫ を行うかどうかは、自分で決めろ。」
「、、、」
長い沈黙。このまま、死ぬか、一生の代償を背よいながら、生きるか。その二卓だけ、それ以外は求められない。赦されない。存在してはいけない。それがルールであり、秩序だから。顔が変わる。いろいろな顔になる。少しでも、楽になり喜ぶ顔、こうなってしまった自分を怒る顔、迷い哀しむ顔、そして、これからどうなるのか分からないから、楽しむ顔。感情が込み合う。それだけ重要であり、最悪であり、最高の決断。変える、決断。生死の決断。
「、、、お願いします。」
長い沈黙を、切り、ついに出した答えは、はい、応、YES、だった。
「分かった。なら、始めようか。 ≪契約≫ を。」
「ごめんなさい。ごめんなさい。赦してください! 嘘をついてごめんなさい! 全て、≪鬼≫ のせいにしてごめんなさい! 受け持たなくてごめんなさい! そうです! 騙されたのは僕です! 僕なんです! 詐欺師は二人いました! 一人目が、母に、≪怪≫ を憑けたんです! 二人目は、それを祓ってくれました! それなのに、それなのに、ソレナノニ! あなたのせいにしてごめんなさい!」
「名は、鬼、縛りは黒。これより ≪人間≫ に代償を与えよ! 対等にするために代償を与えよ!」
「ウウ。」
「イイヨ、ユルス。ダから一緒に生きよ? ね?」
「うわ~ん!」
子供のように泣きじゃくった。母はもういない。父は元からいない。そして、自分はもういない。捨てる。棄てる。自分を、消す。決別のための契約であり、代償。ここには、もう、飄々とした、チャラ男はもういない。泣く男しかいない。
「それで、代償は?」
「ん? 代償、それはね、―ミギウデ― 以外で能力を使ったら体を貸すって代償。」
「能力?」
「≪怪≫ が持つ個々の力だ。オレなら、影を操り血を使う。だろう?」
「ふうん。それで、能力はなんだったの?」
「絶対的な破壊力です。壊す能力。」
「気を付けてね。」
「わかってるッス」
「まったく。面倒な依頼だった。―ミギウデ― はそのままか?」
「はい。まぁいいんじゃないッスかね? まるで自分に言い聞かせているみたいで、ね?」
「そうか、お前がいいならそれでいい。」
ただのチャラ男はもういない。≪鬼≫ と契約をした、男しかいない。一生を一緒に過ごす者しかいない。代償を背負った者しかいない。一生直らない右腕を抱えて生きる者しかいない。そして、その者は今も笑っている。飄々と、元気に、満面の笑みだ。
第二話 契約者
鬼雪 黒笑