ちゅーちゅーなる者
俺が、先人の残した秘密の書を手に入れた日、国立歴史図書館は、突然臨時休業に入った。
今まで、この本の結界を張るために休日なしで働き続けていたパロット・ミヤマ館長が、辞表を出したからだ。
彼女は、俺を何度も抱きしめて、
「ありがとう!ありがとう!」
と叫んでいた。
目の下の隈はエゲツないくらい濃かったし、前任者から引き継いで五年、生きた心地がしなかったらしい。
団長も、事が事だけに、上層部に報告を出したみたいだけど、今の所、経過観察に落ち着いた。
俺は、上から下、外から中まで、ありとあらゆる方法で身体検査をされたけど、全くの異常無し。
時々腕の鎖が波打つような動きをするのが気持ち悪いけど、食欲も、睡眠も、問題なく出来ている。
変わった事は、俺とオトミーの登下校時の過ごし方だ。
(納 豆 食 べ た い)
ナ・ッ・ト・ウ・タ・ベ・タ・イ
(白 米 食 べ た い)
ハ・ク・マ・イ・タ・ベ・タ・イ
(味 噌 汁 飲 み た い)
ミ・ソ・シ・ル・ノ・ミ・タ・イ
カタコト揺れる馬車の中、俺の手の中の本をオトミーがゆっくり読み上げてくれるけど、全く意味が分からない。
「オトミーは、理解できるか?」
二人で少しずつ読み進めるも、核心に迫るような事は、何もない。
「多分・・・この方が食べたい物かと」
「ん?」
オトミーは、ペンと紙を用意するとサラサラ何かを書き出した。
○○食べたい
○○タベタイ
○○飲みたい
○○ノミタイ
「食べたいが、『タベタイ』、飲みたいが、『ノミタイ』です。この本の前半に、繰り返し出てくる表現です」
「あぁ、なるほど」
とは言ったものの、『ナットウ』が何なのかも、『ハクマイ』が何なのかも、『ミソシル』が何なのかも分からない。
オトミー曰く、前世では、毎日食べるような定番メニューのようだ。
「白米は、前世ではパンのような主食でした。この方は、余程前世の記憶が強かったみたいですから、食べられないのは辛かったかもしれません」
「あぁ、ここまで、タベタイ、タベタイを繰り返してたらな」
「この『タ・イ』は、欲求を表す言葉です。動詞の後に付くと、それを叶えたいと言う気持ちを表せます」
「なるほど、じゃぁ、この本は、彼の『要望書』みたいなものか?」
語尾に、『タイ』が連発されている所を見ると、余程何かに飢えていたんだろう。
「さぁ、全部を読んだわけではないので。ただ、『魔術書』と言うより、『日記』みたいですね」
「日記か・・・、ま、焦らず読んでいくしかないな」
「はい」
オトミーが気落ちしないかと心配したが、表情を見ると、この本を純粋に楽しんでいるようだ。
『解読すら難しい古文書なら困ると思っていたのに、ただの日常を書いた備忘録だったから内心ホッとしました』
と笑っていたが、本当に、ただの本ならあんなに厳重な封印はされないだろう。
出来れば、もっと早く読み進めたいところだが。
「オトミーが居ないと読めないのが難点だな」
「私は、ウォルフ様と一緒に出来ることが増えて嬉しいです」
本当に、ワクワクしているようで、体が軽く左右に揺れている。
オトミーにとって、誰かに読み聞かせする事は、兄ロッティに幼い頃から繰り返してきた馴染みのある行為のようだ。
「また、帰りにも読ませて下さいね」
「あぁ、オトミーが頼りだからな」
学園に着くとアルパカが、オトミー専用の小さな階段を馬車の降り口に付けてくれた。
どうやら、彼のお手製のようだ。
「ありがとうございます、アルパインさん」
「いえいえ、ちょうど良いサイズで、よろしゅうございました」
オトミーと過ごすようになって、初めてアルパカの名前が、アルパインだと知った。
ずっと世話になってきたのに、失礼な話だと反省させられる。
「アルパイン、また、帰りもよろしく頼む」
「へい!坊ちゃんも、お嬢様も、お気をつけて!」
元気に返事をすると、アルパインは、テキパキと片付けをして去っていった。
「御者の鑑ですわね」
「俺は、彼しか知らないから分からないけど、そういうものか?」
「えぇ、次に入ってくる馬車の為に、地面に落ちていた大きめの石を拾って行かれましたわ」
オトミーの人間観察には、舌を巻く。
俺は、少しも気付かなかった。
「オトミーは、本当に、人をよく見ているな」
「そうでしょうか?あぁ、でも」
「でも?」
「ウォルフ様の身長が、また、少し伸びている事には、直ぐに気づきましたわ」
眩しそうに見上げられて、少しドキッとする。
確かに、見下ろしたオトミーが、前より小さくなったように見えた。
言われるように、俺が大きくなったのか?
「成長期ですのね」
「いや、もう、これ以上大きくならなくても良いんだが」
12歳で、身長が百八十を越えようとしている。
父リズリーが二メートル近いことを考えると、まだまだ伸びるとは思う。
ただ、どんどんオトミーとの距離が離れるようで寂しかった。
小柄なままなオトミー。
本人も不本意なようで、一生懸命食べているらしい。
それでも大きくなれないのは、何かストッパーのようなものが働いているのだろうか?
「私も、大きくなりますわ!」
拳を結んで、フンスと鼻を鳴らすオトミー。
確かに、もう少し大きくなってくれないと、消えてなくなりそうで、俺も不安だった。
(白 米 の 作 り 方)
ハ・ク・マ・イ・ノ・ツ・ク・リ・カ・タ
(パ ン と 等 価 交 換)
パ・ン・ト・ト・ウ・カ・コ・ン・カ・ン
「作り方って、普通、材料とか調理法を書いているものじゃないのか?」
帰りの馬車の中、また秘密の書を読み進めていた俺達は、首を傾げた。
等価交換と言えば、物々交換の基本だ。
大体同じ価値の物同士でないと、交換に値しない。
金銭の感覚が芽生える前は、全ての人間は、物と物を交換して生きていた。
だが、この世に存在しない『白米』を、『パン』と交換できる人間がいるとも思えない。
思考の迷路に入り込もうとした時、オトミーが、
「等価交換って、もしかして、錬金術の『等価交換』でしょうか?」
と呟いた。
その閃きに、俺は、手を打つ。
「それだ!」
現在では、眉唾物だと敬遠される錬金術。
それは、金を作り出そうとした馬鹿達が、それに見合う対価を支払わずに失敗したに過ぎない。
だが、主食である『白米』を手に入れる為に、同じ主食である『パン』を代償とするなら等価交換は成り立つ。
「でも、どうやったのかしら?」
手順も、理論も書かれていない。
『天才か馬鹿かは、紙一重』とはよく言うが、無駄な欲望の羅列は延々と綴るわりに、重要事項をすっ飛ばす粗忽者らしい事は、確かだ。
「はぁ、コレを書いた人は、本当に困った人間だったようだな」
『ほんにのぉ』
突然、変な相槌が聞こえた。
オトミーにも聞こえているらしく、二人で目を合わせる。
この馬車の中には、俺と彼女しか居ないはず。
しかし、声の主は、
『おーい、ここじゃ、ここじゃ』
本の上で手を振っていた。
それは、真っ白な鼠。
二本足で立ち上がり、腰に手を当てると胸を張る。
『お初にお目にかかる、若造ども。ワシの名は、忠兵衛、この本の著者の使役獣じゃ』
顎を上げ、挨拶しているとは思えない態度のデカさだが、
「まぁ、可愛い!」
『ま、待て!触るでない!撫でるでない!握るでないーーー!』
オトミーに捕まり、ムギュッと掴まれて、呆気なくノックダウンされていた。
目が覚めたら、小さなカゴの中におった。
フワフワの柔らかな布が敷き詰められ、居心地は悪くないのぉ。
しかし!まったく、えらい目におうたわい!
主人のチューニー・チャツボットに、無理矢理本の中に放り込まれた時以上に、最悪な気分じゃ。
久しぶりに外界に出られたと思うたら、変な男の腕に縛られ、自由に出歩くことも出来ん。
やっと声をかけられたと思うたら、握りつぶしよった。
あの女子は、危険じゃ。
恐れを知らん。
これでも、ワシは、この世で三本の指に入る精獣ぞ。
身なりこそ小さく貧相ではあるが、持って生まれた魔力は、底無しと言われておる。
それなのに、あのオトミーとか言う娘は、魔力なしの癖に、こうグイッと!
内臓が出るかと思うたわ!
今度会ったら、目にもの見せてくれよぉぞ!
「忠兵衛様、お目覚めですか?」
『ひぃ!』
カゴの上に張られた天幕の隙間から、大きな瞳が見えた。
星のような煌めきに、暫し呆然とする。
上から降ってきた声は、あの娘のものだった。
「あの、先程は申し訳ございませんでした。こちらは、お詫びの品で御座います」
幕の隙間から、何やらよい香りのする物が差し込まれた。
おぉ!
これは、チーズではないか!
上納品を出すとは、なかなか良い心がけじゃ。
『た、食べてやらん事もない』
「是非、ご賞味ください」
『まぁ、そこまで下手に出るのであるならば、食べてやろう』
カリ
ワシは、恐る恐る一口噛み付いた。
ん!これは、良き硬さ。
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ
おぉ・・・もう、無くなってしもぉた。
「忠兵衛様、お代わりなどは・・・」
『し、しかなたない、貰ってやろう』
気付けば、ワシは、娘の手ずからチーズを食べておった。
なんと、恐ろしい手腕じゃ!
負けんぞ!
負けんぞ!
しかし、反撃は、あと一欠片食べてからにいたそうかのぉ。