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エレガントでエレファントな淑女


「おはようございます、イジューインさん、スタンガンさん」



「「おはようございます、ファント先生」」



俺とオトミーは、馬車から降りた所で、この学園で礼儀作法を教えるエレナ・ファント先生にあった。


淑女の鑑と言われ、王女様達の教育係もされていると聞く。


女性にしてはかなり大柄で、温厚なファント先生は、オトミーの刺繍の大ファンでもある。


以前、彼女がハンカチに向日葵の刺繍をしていた際、購入を申し出たのが彼女だ。


結局、先生と生徒とが金銭のやり取りをするのは不適切であるとし、その話は流れた。


代わりに、ファント先生にオトミーが刺繍を教えることになった。


元々素晴らしい腕前を持つ先生と、卓越した図案センスを持つオトミーの相性は良く、あるコンテントに連名で出品したテーブルクロスは、最優秀賞を取る程の出来栄えだった。


その授賞式に俺も行ったが、並んだ二人は、超小柄な老婆と超大型な象。


そのアンバランスさに、オレは、ずっと下を向いて笑いを堪えていた。



「イジューインさん、今度の日曜日、お時間はあるかしら?」

 


「はい、ファント先生」



「では、次回作の図案構成と糸の買い出しをいたしましょう」



来年開催されるコンテストで、二連覇を果たそうと意気込むファント先生のつぶらな目は、キラキラと輝いている。


あの大きな手で、小さな刺繍針をどんな風に扱うのか、少し興味があった。



「あぁ、そうだったわ、スタンガンさん」



珍しく、先生が俺に声を掛けてきた。


普段、彼女の授業を受けることのない俺は、少し驚きながらも体を彼女の方にまっすぐ向けた。



「はい、何でしょうか?ファント先生」



「メリノアは、元気かしら?」



ファント先生は、普段、名前には、必ず敬称を付ける。


それなのに、母の名を親しげに呼び捨てにしたのが不思議だった。



「先生は、母をご存知なのですか?」



「勿論。教え子ですもの。あの子の編み物の技術は、本当に素晴らしかったわ」



手を頬に当て、懐かしそうに微笑むファント先生を、オトミーも何故かウンウンと頷きながら見ている。



「ウォルフ様、私も先日見せていただいたのですが、本当に素敵な作品でしたわ。卒業記念に先生に贈られたショールは、見た事もない飾り編みで、しかも、すごく軽くて!」



「あれは、今でも私の宝物ですのよ。そうだ、スタンガンさん、お母様に、また、一度学園に来て貰えるように伝えて下さる?今度、女生徒に講演をして頂きたいの」



「まぁ!ファント先生、素敵なお話ですわ!」




飛び跳ねるようにして喜ぶオトミーに、俺も、思わず頬を緩めて頷いた。



「はい、今晩にも伝えておきます」



「よろしくお願いしますね。あぁ、忙しくなるわ」



のっしのっしと去っていくファント先生の背中は、浮き立つ心が表れるように上下に揺れていた。


女性の年齢を言うのは失礼だけど、本当なら、俺の祖母世代。


いつまでも変わらず若々しくいる秘訣は、常に心が何かトキメク物で溢れているからだろうか?




























メリノアの息子と別れてから、私は、自室へと帰った。


そして、そのまま真っ直ぐメリノアの編んでくれたショールの元へ行く。


あの子と出会った頃、私は、教師としての自信をなくしかけていた。


ちょうど、婚約者から突然結婚出来ないと言われ、その理由が、私の大きな体だと知った頃。


自分の努力では、どうしようもない事だった。


背中を丸めても、ヒールの無い靴を履いても、ダイエットしようとして貧血になるまで食事を抜いても何も変わらない。


私の身長が、彼よりも握り拳一つ分高い事も、彼が好きになった女の子が、小リスのように小柄だった事も、全て私のせいじゃない。


何処にぶつければ良いか分からない怒りと絶望。


それでも、無常に毎日がやってきた。


『ファント先生、この編み方が分からないんです』


そんな時に、羊毛の産地として有名なニュジーランドから来た少女メリノアは、とても不器用な子供だった。


ニュジーランドでは、女は、編み物が出来て一人前と言われ、幼い頃から祖母から母へ、母から子へと技術が伝えられてきた。


しかし、母を早くに亡くしたメリノアに、編み物を教えてくれる人は居なかった。


学園に入って、一番嬉しいのは、質問に答えてくれる先生が居る事だと微笑まれた時、やっと私の心を雁字搦めに縛り付けていた劣等感が解れた。



『お母様って呼んでも良いですか?』



二人だけで、放課後に編み物をしていた時に、恥ずかしそうにメリノアが聞いてきた。


本当なら、教師が一人の生徒だけを特別扱いするべきじゃ無い。


だけど、



『二人の時だけよ』



気づいたら、口から自然と言葉が出ていた。


あの時の、メリノアの嬉しそうな顔を、私は、一生忘れない。


今日、あの子の息子にわざわざ声を掛けたのは、心の中で、彼を孫のように思っているから。


メリノアからは、季節の便りと毎年新しいプレゼントが届く。


講師の話だって、彼女に直接手紙を書けば済む事。


だけど、話してみたかった。


精悍で凛々しく、少し冷たい感じのする子だと思っていたけど、オトミーを見つめる瞳は、メリノアに似てとても優しかった。



「ふふふ、これで、またお話しする機会ができたかしら」



私の見込んだオトミー・イジューインの夫が、メリノアの息子である事が、本当に嬉しい。


いつか、彼とオトミーに子供ができた時は、腕によりをかけたベビー服を作ろうと心に固く決めた。


























今日も、一日の授業を終え、オトミーを自宅へと送り届ける、短いけれど幸せな時間が始まった。


しかし、車内に、いつもの明るさがない。



「オトミー、どうかした?」



俺は、彼女の背中に声を掛けた。


日が落ちて、馬車の窓は、暗くて何も見えない。


なのに、オトミーは、ずっと窓の外を見ていた。



「ウォルフ様には、本当に、私が老婆に見えるんですか?」



不安げに震える声。


窓に押し当てた手も、白くなるほど固く握られている。


オトミーの視線は、窓に映る自分の顔に注がれていた。


8歳なのに、無数に皺が寄った肌。


俺達にしか見えないその姿は、確かに、幼い子供には辛いだろう。



「あぁ。見えるよ」



「嫌じゃないんですか?」



「嫌って言ったこと、あったか?」



「ないけど・・・信じられないから」



オトミーの目には、涙が一杯溜まっている。


俺は、オトミーの背後に近づくと、彼女をそっと抱きしめた。


そして、自分の方に向きを直させると、手に魔力を込めて彼女の目に当てた。



「オトミー、見えるか?」



「え?・・・これが、ウォルフ様?」



今、彼女の目に映っているのは、狼な俺の姿。


魔法を使って、俺の記憶する自分の姿を、彼女に映像として見せていた。



「俺は、ずっと鏡でこの俺を見続けて来た。父は、熊、母は、羊。幼い頃、自分は、獣なのかと毎日泣いていた。俺が、初めて人であるオトミーの姿を見た時の衝撃と嬉しさが分かって貰えるだろうか?」



オトミーは、何も言わない。


ただ、彼女の小さな手が、俺の手に重なった。



「ごめんなさい。私、自分の事ばっかり」



「違うよ、オトミー。俺の場合、こう見える理由が魔眼持ちだと、ハッキリ分かっている。実際、祖父は、魔眼の力を抑える眼鏡を開発した。しかし、君の場合、まだ、理由が何一つ分かっていない。不安なのは、仕方がない事だ」



俺達は、ギュッと互いを抱きしめ合った。



「オトミー、必ず、君に、君自身の本当の姿を見せてあげるから。だから、焦らず頑張ろう」



「はい、ウォルフ様。私、ウォルフ様を信じてついて行きます」



その後、アルパカにイジューイン家の屋敷へ到着した事を知らされるまで、俺は、オトミーを膝の上に乗せて抱きしめていた。


クセになる抱き心地だった。



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