コアラな一族
「いらっしゃいませ、ウォルフ様」
「今日は、お招き、ありがとうございます。イジューイン伯爵」
婚約をして2週間。
俺は、イジューイン家に招かれた。
玄関先で並んで待ってくれていたオトミーの両親。
その顔は・・・コアラだった。
父、マーチ・イジューイン伯爵は、医学博士として医学院で教鞭も取る博識な方。
母、ワルツ・イジューイン伯爵夫人は、元々公爵家の三女だった方で、大恋愛の末嫁がれた。
その経緯は、未だに社交界で話題に上り、リアル『真実の愛』として舞台にもなっている。
だが、このフワフワで温和そうな見た目に、騙されてはいけない。
手の大きな鉤爪は、決して低くない攻撃力の現れ。
緩慢そうに見えるゆっくりな動作も、よく見れば足音をさせていない。
人一倍縄張り意識が強く、身内を守る為なら剣も取る。
しかし、先ず、この屋敷に来て一番驚いたのは、この家にはコアラしかいない事だ。
元々群れを作らないはずのコアラが、コレだけ集まると言う事は、皆、親戚筋なのだろう。
彼らは、どうやら、オトミーを守る事で一致団結しているようだ。
特にオトミーの兄、ロッティは、俺に対して明らかに敵対視している。
「まだ、8さいなのに!こんやくなんて、はやすぎる!」
「こら、ロッティ。申し訳ございません、ウォルフ様」
伯爵が、慌てて止めて、頭を下げた。
オトミーと一つ違いの9才と聞いている。
年相応の9才で、少し安心した。
「お兄様、ウォルフ様は、私の婚約者ではありますが、家格は上の方。声を掛けられるまでは、お話しになってはいけません。きっと、お兄様なら分かってくださると信じて、オトミーは苦言を呈しているのです。泣いてはいけません」
8歳の妹に、優しく諭される9歳の兄は、涙目になって頷いている。
あぁ、オトミー、涙を拭いてやるんだ。
祖母と孫の図だな。
「オトミーの兄さんなら、俺にとっても弟同然、ロッティと呼んでもいいかな?」
膝をつき、目線を合わせてやると、ロッティは、途端に目をキラキラさせ始めた。
「ボク、おとうと?」
「あぁ、俺は、12歳だからな。お前より年上だ」
「ボク、おにぃちゃんほしかったの」
「そうか。なら、ちょうど良かった」
つい、頭を撫でてしまった。
灰色のフワフワが、微笑みながら身を捩る姿は、オトミーとは違う愛らしさがある。
しかも、手触りがいい。
オトミーに止められるまで、つい、撫で続けてしまった。
「では、ウォルフ様、お約束の場所をご案内致しますわ」
オトミーは、俺に懐き過ぎたロッティを必死に引き離すと、
「こちらです」
急かすようにドアを開けた。
「オトミー、ずるいぞー」
後ろから、ロッティの声が聞こえてきたが、敢えて無視する。
今日は、どうしても見なければならない物があった。
「これが、『センブリ』と言う薬草です」
ここは、オトミーご自慢の温室。
彼女が前世の断片的記憶から推理し、実際に自分の目で確認した野草が栽培されている。
オトミーが言うには、記憶は、あくまで断片的なものであり、見つけた薬草を使える段階までにするには、試行錯誤が必要ということだった。
「『センブリ』と名付けられる由縁は、千回振っても苦い事から、千振り(せんぶり)と呼ばれるようです」
「使った事は、あるのか?」
「はい。他の人には、頼めませんから」
「味は、やはり・・・」
「えぇ・・・」
オトミーのシワシワが、微妙に歪んだところを見ると、相当苦いのだろう。
「何に、効くんだ?」
「胃腸薬です。最近は、お腹で溶ける小さな入れ物を開発したので、そちらに入れて服用するように出来ないかと研究しています」
オトミーの凄いところは、前世からヒントを得て、それを今の自分が研究開発するところだ。
無論、イジューイン家の医薬品研究チームが居るからこそ出来る事だが、8歳と言う年齢から考えても偉業だと言える。
祖父が取り付けた約束がなければ、きっと、王太子妃候補として名前が挙がっていただろう。
「コレは?独特の匂いがするな」
「それは、赤紫蘇です。薬草と呼ぶほどの物ではないのですが、甘くて美味しい飲み物を作るんです」
「飲んでみたいな」
「後で、お出ししますわ」
それから、俺とオトミーは、誰に邪魔されることもなく、温室の中を見て回った。
途中出された氷入りのシソジュースが、爽やかな喉越しで、とても癒された。
効能としては、むくみ解消や、食欲増進、アレルギー抑制などがあるらしい。
「俺の知らない事は、まだまだ多いな」
「いえ、『もちは、もちや』と言いますから」
「もちや?」
「えぇ、前世での諺のようです。例えば、農家なら作物を作ることに長けていますでしょ?でも、農家に剣を持たせても役に立ちません。適材適所。専門的知識は、専門家が長けているのは当たり前のことです」
俺は、手を額に当て、二、三度左右に動かした。
「暑いですか?」
「いや、頭の処理能力が追いついていない」
「小難しい女は、嫌いですか?」
「いや、眩し過ぎて困っている」
先程までハキハキと喋っていたのに、急にモジモジし始めたオトミー。
俺は、何でもストレートに言ってしまうから、時々こうして戸惑わせてしまう。
その姿も可愛いから、俺的には、何も不都合はないのだが、本人は、心臓に悪いから止めて下さいと口を尖らす。
その口さえも可愛いと言うことに、彼女は、気づいているだろうか?
いや、知ってたら、尖らさないか。
「貴方、本当に良い方とご縁が結べましたね」
愛する妻が、久しぶりに憂いのない笑みを浮かべた。
オトミーを授かってから、我が家は、ある意味臨戦態勢が続いていた。
ただでさえ色素の薄い子供は、『神の申し子』と呼ばれ、神殿に取り上げられ易い。
高確率で、治癒魔法に優れている事が理由だ。
あの子の情報が流れ出ないように、直ぐに、メイド、執事、使用人全てを信頼出来る血族で固めた。
2歳の魔力検査まで、兎に角、外にも出さず必死に守ってきた。
幸いにして、審判が下される日、オトミーに魔力はなかったと分かった我らは、一晩中大喜びした。
しかし、ホッとしたのも束の間、今度は、3歳にして流暢な言葉を話し出した。
しかも、異国の昔話を一歳歳上の兄に、朗々と語ったのだ。
むかーしむかし、あるところに
おじいさんとおばあさんがおりました
おじいさんは、やまへしばかりに
おばあさんは、かわへせんたくにいきました
『しばかり』の意味も、何故川に洗濯に行くのかも分からなかったが、大変なことが起こったことだけは理解できた。
この子は、何かを秘めて生まれた。
そして、我らは、それを守る事を使命とされている。
その後、聞き分けの良いオトミーは、外出する事を禁じられながらも、大人しく図書室に篭り、数年を過ごした。
要求する本のレベルがドンドン上がっていくが、誰も、止めることができなかった。
兄ロッティが楽しく友達と遊ぶのを窓から覗き見して、愚痴一つ言わない子に、ノーと言える人が居るなら出てきて欲しい。
だが、その事が、天才を更に高みに押し上げる結果となってしまった。
十二歳で学園に入る前に、少し外界と接触させねばと思い行かせたお絵かき教室で、何処の巨匠が描いたのか?と聞かれそうな宗教画を描いてしまった。
そこから情報が流れ、あれよあれよと検査され、嘘がつけないオトミーは、その能力を遺憾なく披露してしまった。
気づけば、8歳にして、学園入学。
このままでは、王家に目を付けられる。
我らは、決して娘を王妃にしたいなどと思わない。
妻も、昔は、王太子妃候補として名の挙がった公爵令嬢。
どれ程の厳しさと、孤独を抱えて生きていかねばならないのか、嫌と言うほど知っている。
逃げ道を探し、悪戦苦闘していた時、一通の手紙が私の元に届いた。
それは、リズリー・スタンガン侯爵。
御子息がオトミーとクラスメートであり、親しくしていると書かれていた。
そして、英雄イーグル様が、生前よく、我が父ユーカリー・イジューインと孫同士を結婚させようと約束していたと。
父と疎遠だった私は、寝耳に水だったが、この話に飛びついた。
軍部を掌握するスタンガン家なら、何が起ころうともオトミーを守り切ってくれる。
そして、今日お会いしたウォルフ様のオトミーを見る優しい眼差しで、我らの不安は払拭された。
「今日は、お祝いに皆にワインを振る舞おう」
「そうね、貴方」
私は、妻と手を取り合って、窓から婚約者となった初々しい二人を眺めた。
床で、
ずるい!ずるい!オトミー、ずるい!
と叫んでいるロッティは、気にしないことにした。