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ウェディングマーチ①


あれから、八年が経った。


十八になった俺は、オトミーより一足先に魔法学校を卒業した後帰国した。


そこから二年。


今は、皇太子として盤石の体制を整えたライオネル殿下の元で働いている。


既に殿下はご結婚され、アイラ皇太子妃を溺愛していると評判だ。


先日ご懐妊が公表され、国内もお祝いムードになっている。


同じ年に子供を産み、同級生にさせたいと目論む貴族の家で、ベビーラッシュが起こるのは、火を見るよりも明らかだろう。


俺はと言うと、今は、魔導士団とは別に作られた魔道具開発部門に席を置いている。


在学中に、魔石と魔道具を組み合わせ、魔力のない者でも使える道具を幾つか開発した功績を認められて、俺の為に新設された部署だ。


今の所、研究員は、俺一人。


代表的な発明品は、自動で洗濯物を洗うウォッシュボックスだ。


メイド達が、毎日桶に入れた洗濯物を手洗いしているのを見たオトミーが、何とかならないかといったのが始まりだ。


春や夏は、まだ良い。


秋深くなり、冬が来ると、洗う衣服も分厚くなり、アカギレを作りながら洗う作業が続く。


オトミーは、身内同然のメイド達に、治癒魔法を掛けたがったけど、ゲール先生から、学校外での魔法を禁止されていた。


苦肉の策で、桶の中に風車の様な形の、中を攪拌できる道具を取り付け、手動で回す様にした。


汚れ落ちは、まぁまぁだが、意外と力が要った。


アカギレは治っても、筋肉ムキムキになると嘆くメイドの為に、これを自動で動かせないかと思い、魔道具研究の題材にしてみた。


ウォッシュボックスが出来上がると、その構造を使って、夏に自動で風を起こす自動送風機や、ジュースを作るミキシングマシーンも直ぐにできた。


ただ、まだまだ魔石自体が高価な物で、平民にまで普及するのは、まだ先だろう。


オトミーは、俺の帰国を泣いて嫌がった。


俺だって、置いて帰りたくなかった。


しかし、卒業を迎えた男がフラフラと仕事もせずに外遊の様な真似など出来ない。



「オトミー、君が卒業して帰ってきたら、結婚しよう」



卒業式の日、その一言と共に、婚約指輪を贈った。


当時、まだ、十四歳だったオトミーは、ポロポロポロポロ涙を流しながら頷いてくれた。


俺と交代に、オトミーの兄ロッティがプリテン国に留学してきた。


彼には魔力は無いが、俺が軌道に乗せた魔石付き魔道具の研究開発に科学的分野で参加する事になっていた。



「ウォルフ兄さん、オトミーの事は、僕が守りますから!」



眼鏡越しのロッティは、可愛いコアラから、凛々しい青年に成長していた。


彼女を一人にしないと鼻息荒く宣言する所は、シスコンの匂いがプンプンする。


だが、俺が卒業してからの二年、本当に良く守り抜いてくれた。


オトミーから届く手紙には、楽しい学生生活と、ピッタリ張り付いてくる兄への文句が綴られていた。


ほぼ、オトミーが一人になる時間は、なかっただろう。


そして、今日、卒業式を無事迎えたオトミーが、帰国する。


十六歳での飛び級卒業は、魔法学校初の快挙だ。


後二年残るようゲール先生から懇願されたらしいが、彼女は決して首を縦に振らなかった。



「十六歳になったので、結婚します」



そう言い切った彼女を止められる者は、誰も居ない。


一年残されるロッティの半狂乱ぶりの噂は、俺のところまで届いている。


ゲール先生の方は、多分、自分の跡を彼女に継がせたかったのだろう。


今や、オトミーの実力は、師を凌駕する。


ただ、オトミーの夢が、『ウォルフ様のお嫁さん』なのだから致し方ない。


申し訳ないが、諦めていただいた。



「ウォルフ、そんなにソワソワしないの」



オトミーを待つ俺を、母が、ニヤニヤしながら揶揄ってくる。



「ソワソワなんてしていません」



「良く言うわ。半日も掛けて態々国境沿いまで迎えに来ているくせに。私も、早起きしなくちゃいけなかったから、眠たいわ」



ふぁあぁ〜と、これ見よがしの欠伸をしてみせる母に、俺は、大きく溜息をついた。



「誰も、付いて来てくれとは、言っていません」



「もぉ、つれない子ね。オトミーちゃんに会いたいのは、貴方だけじゃないのよ。ほら」



母の視線の向いた方向に顔を向けると、もう一台の馬車が、こちらに向かって朝焼けの中を進んでくる。


紋章を見ると、イジューイン家の家紋、ユーカリの葉が描かれている。



「ワルツ様に貴方の話をしたら、是非自分も一緒に迎えに行きたいって」



「何故、どんどん話を大きくしていくんです」



「親が子に会いたいのは、当たり前よ。貴方こそ、まだ結婚していないのに、オトミーちゃんを自分だけの物のように扱うのは止めなさい!オトミーちゃんは、皆のオトミーちゃんなのよ」



こうなると、母は、面倒くさい。


このまま説教が続くのかと思っていると、



「ウォルフ様、お嬢さんの馬車が見えました」



俺が引き上げると共に帰国したアルパインが、豆粒ほどにしか見えない影を指さして知らせてくれた。


え?見えるの?


長い付き合いの御者が持つ意外な能力に、驚きながらも、彼の指さす方向に顔を向ける。


徐々に大きくなる影は、確かに、オトミーの馬車だ。


何故なら、窓から顔を出して手を振るオトミーが見える。


あれほど危ないと言い聞かせてきたのに、オトミーは、車窓を開けるのが大好きだ。



「ウォルフさまーーーー」



ブンブン手を振るのを、車内から伸びる手が引き戻そうとしている。


多分、メイドの誰かだろう。


俺は、馬に飛び乗ると、オトミーに向かって駆けた。



「ウォルフ、狡いわ!」



母の叫びが聞こえたが、関係ない。


あっという間に距離を詰め、窓から上半身を出そうとするオトミーを小脇に抱えた。



「危ないだろう、オトミー」



「だって、早く会いたかったんですもの」



屈託なく笑うオトミーは、少女から女性へと変わっていた。


スルリと馬車から足を抜き、俺の前に横乗りする。



「お嬢様!」



「悪い、先に行く」



慌てふためくメイドに声を掛けて、俺は、母達の元へ行き、挨拶もほどほどに再びオトミーを馬に乗せた。



「ウォルフ!貴方って子は!ワルツ様も何か言って下さいませ!」



「まぁまぁ、メリノア様、久しぶりに会えた二人ですもの。少しは、目をつぶってあげませんと」



意外と話が分かるワルツお義母さまは、ニッコリ笑うと、



「ウォルフ様、今日中に、我が家まで送り届けて下さいませ。オトミー、良かったわね」



と手を振った。



「じゃぁ、オトミー、行くよ」



「はい!」



俺は、オトミーを乗せて馬を走らせた。


アイラ皇太子妃ご懐妊に沸く街は、お祭りのような賑わいだ。


俺は、予約を入れておいたカフェへとオトミーを連れて行き、個室へと通して貰った。



「ごめん、オトミー。長旅で疲れただろ?」



「ウォルフ様、お忘れですか?私は、ゲール先生の愛弟子。治癒魔法なら右に出る者がいないと言われるオトミー・イジューインですわよ」



ウィンクをして、人差し指を俺の鼻の上に置いた。


詠唱もない。


それなのに、休日をもぎ取る為にここ数日徹夜状態だった俺の体が、一気に軽くなった。



「どうか、無理をしないで」



「ありがとう」



俺は、オトミーの手を取り指先にキスをした。


八歳の時に結んだ俺達の赤い糸は、切れる事なく繋がっている。



















あぁ、どうしましょう。


ウォルフ様が、また一段と格好良くなっている。


私は、慌てて手を引くと、胸元で組んで顔を俯けた。



「お戯れが過ぎます」



「オトミー、俺達は、もう直ぐ夫婦だ。これくらいで驚かないでくれ」



見上げると、眼鏡越しではないウォルフ様の美しい瞳が、私を見つめていた。


ウォルフ様が言うには、私は、老婆ではなく天使らしい。


そんな事、俄には信じられなかったけど、どんなに感情を隠しても、背中のバタつく羽で丸わかり。


的確に言い当てられているうちに、認めざるを得なくなった。


今日は、ずっと眼鏡をかけていない。


きっと、私の気持ちなんて丸裸なんだわ。



「狡いです、眼鏡なしで私を観察するなんて」



「何故?」



「また、羽を見ているんでしょう?」



大人になったウォルフ様は、ちょっと意地悪だ。


止めて欲しいのに、ヨシヨシと頭を撫でて子供扱いする。



「大丈夫、見えてないよ。新しい魔道具を開発したんだ。ほら、目の中にレンズが入っているだろ?」



ウォルフ様が、グイッと顔を近づけてこられた。


ビクッとなって一瞬身を引いた。


でも、ジーッとウォルフ様がこちらを見てくるから、恐る恐る彼の目の中を覗いた。


眼球に、何か薄い膜の様な物が張り付いている。


あれが、レンズ?



「凄い。物凄く薄いです」



「うん。素材もガラスじゃないから、多少の衝撃でも割れないよ」



ウォルフ様は、背もたれに体を預けると、腕を上げて伸びをした。



「オトミーが帰るまでに仕上げようと、ちょっと無理をした」



「私ですか?」



「あぁ。だって、眼鏡があったらキスもしにくいだろ?」



私は、返事に困って扇で顔を隠した。


そして、しばらくの間、ウォルフ様が、クスクス笑う声だけが部屋の中に響いた。




















「おかえり、オトミー」



玄関先で、お父様に抱きしめられた。


久しぶりの家族の温かさに、鼻の奥がツンとなる。



「ただいま帰りました、お父様」



私は、涙が出そうになるのを堪えて微笑んでみせた。



「あぁ、やっと会えたと言うのに、また直ぐに嫁いでしまうとは。もう二、三年伸ばしても良いのではないか?」



「もし、そんな事をしたら、ゲール先生が怒鳴り込んできますわ」



何度も、何度も、私の説得を試みた恩師。


だけど、私の心は、決まっていた。



「八歳から、ずーっと待ち望んでいたのですもの。お父様も、喜んでください」



「はぁ、参った。ワルツ、君の言う通りだ。うちの娘は、手強い」



「ほほほほほ、諦めの悪い方ね。二人を見てれば、分かる事でしょうに。ねぇ、ウォルフ様」



お母様がウォルフ様に声を掛けると、長くて逞しい腕が、私の腰に回された。



「はい、申し訳ありませんが」



出会った頃より、ずっと低くなった声。


見上げると、優しい眼差しが、私を見守ってくれている。



「幸せになりなさい」



お父様が私の手を握り、その手の上に、お母様が手を乗せた。



「いつでも帰ってきなさい」



「アナタ、往生際が悪すぎますわ」



あぁ、私は、この二人の娘で本当に幸せ者だ。


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