オトミーの大冒険
私は、今日、神獣様を見た。
その方の名は、『チューベー』様と言うらしい。
その神々しさと巨大な体躯に、私は、声すら出せなかった。
なんと、勿体無い事をしてしまったのだ。
あの後、スタンガンに再度お会い出来るよう手筈を整えろと申し付けたところ、
「あの方は、気紛れですので俺の命令など聞きません」
と言われてしまった。
なんと小憎たらしい奴だ。
だが、これでハッキリした。
神獣様を味方につけるウォルフ・スタンガンとオトミー・イジューインは、教会を敵に回してでも手に入れなければならない逸材だと。
そして、更なる飛躍をさせる為に、イジューイン嬢をプリテン国の魔法学校に送らなければならない。
だが、突然脈略もなく送り付けたのでは、彼女の能力をスペア達に嗅ぎ付けられる恐れがある。
私の知らぬ所で、誘拐されたり、命を狙われては、神獣様の不興を買うだろう。
「ライオネル様、大丈夫ですか?」
考え事をしていた私の腕を、アイラが労るように撫でた。
「あぁ、心配をかけて済まない。そうだ、アイラは、プリテン国について何か知っているか?」
「まぁ、プリテン国ですか?」
然程期待せずに聞いたが、アイラは、予想外に目を輝かせ、前のめりに語りだした。
「あの国は、芸術への造詣が深く、国立音楽院には、全世界から素晴らしい演奏家が集まるのです!」
自らピアノを嗜むアイラは、子供の頃、プリテン国への留学を本気で夢見たことがあるらしい。
プリテン国立音楽院の教師陣や卒業生達が、いかに素晴らしいか熱弁を振るう。
私は、どうしても政治と軍事の方から見てしまう癖がある。
言われてみれば、あの国は、絵画も音楽も、芸術面には突出している。
「それに、プリテン国にしかない美玩具も沢山あるのです」
「びがんぐ?」
「殿方には馴染みのない物ですものね。潤いを失わないまま髪の毛を乾かしたり、乾燥気味なお肌をモチ肌にしたり出来る魔道具があるのです。あぁ、私に魔力があれば、輸入致しますのに」
「ほぉ」
俺は、アイラの言葉に、光明を見た気がした。
我が国では、魔力を持って生まれる方が稀だ。
それ故に、魔力を動力源とする魔道具は、普及していない。
もし、それを我等でも使えるように開発出来れば、生活水準を上げることにも貢献出来るだろう。
「アイラ、良い話を聞かせてくれた」
「いえ、ついはしゃいでしまい、恥ずかしいです」
「いや。私の前では、そのままの君でいてくれ」
私は、自分で意識する以上に、威圧感があるらしい。
こんな風に柔らかな表情で接してくれるのは、母以外では、アイラだけだ。
イジューイン嬢との出会いから、変化を遂げたアイラ。
私は、二重に感謝をしなければいけないのかもしれない。
「え?俺に魔道具の研究を?」
ライオネル殿下との一件があってから、1週間後。
ドラコ団長から呼び出しを喰らい、魔導士団に顔を出した俺に留学の命令が下った。
「ライオネル殿下の案だ。最近発見された魔石と魔道具を組み合わせて、魔力のない者でも使える道具を生み出せと言う事らしい」
魔導士団の調査隊により、森の中の魔獣が大量に討伐された。
その後、調査の過程で、高位種の魔獣の体から魔力を宿した石が出てきた。
魔力を持つ者にとって、戦闘中の魔力切れが最も恐ろしい。
魔石を常備する事で、緊急用の魔力補助が可能になるのではと研究が始まっている。
それを更に進化させ、魔力無しに魔道具を使わせようと言うことか。
悪用すれば、戦争でのパワーバランスすら壊しそうな事案だが、平和利用すれば、有用性は無限だ。
「何故、俺なんですか?」
「俺だって、お前を取り上げられて腹立たしい事この上ない。しかし、この研究は、長い時間を要する。若者から選出するのも、あながち間違いでも無い」
「はぁ」
「それに、魔力無し代表は、お前の婚約者だ」
「え!」
「急に、嬉しそうにするな」
「すみません」
俺は、小さくガッツポーズした。
流石、生まれながらの王。
あくまでもオトミーを魔力無しとして、魔法学校に入学させる大義名分を揃えてくれた。
「出発は、一ヶ月後。こちらの学園でも編入手続きを既に始めてくれている。長期を想定した留学だ。身の回りの準備は、抜かりなくな」
「はい!」
まさか、本当に二人で留学できるなんて!
あぁ、忠兵衛も連れていかないと!
俺は、大きく返事をすると、転がるように部屋を飛び出した。
「忠兵衛様!お空をピンクの鳥が飛んでおります!」
「あれは、フラミンゴじゃ!」
「忠兵衛様!黒と白の縞々の馬が走っております!」
「あれは、シマウマじゃ」
馬車の車窓から顔を出したオトミーと、その肩に乗る忠兵衛が、草原に住む動物達に興奮している。
御者は、勿論、アルパイン。
今後、プリテン国での生活も、共にしてくれる事になっている。
後ろをついてくる三台の荷馬車には、生活用品から家具まで、さまざまな引越し道具が乗っている。
メイドも、イジューイン家とスタンガン家から二人ずつ付いて来てくれる事になった。
選抜には、多くの使用人が参加し、料理、掃除、洗濯から腕っ節の強さまで審査対象になったと聞いている。
オトミーと俺の母親達までも、一緒に行くと言い出し、それを引き止めるのに父達が苦労したのは、俺たちのせいではない。
普通でも、馬車で、10日は掛かる旅路。
今回は、幼いオトミーに無理をさせないよう、各地を楽しみながら一ヶ月かけてプリテン国まで行くことにした。
初めて母国を出た彼女にとっては、正に大冒険。
疲れ果てないかと心配する俺をよそに、時々コソッと自分に治癒魔法を掛けながら、毎日を楽しんでいる。
「忠兵衛様!あれは!」
『オトミー、少し座れ!ワシも、疲れたわ』
「でも、時間が勿体無くて」
振り返るオトミーは、また少し、背が伸びたような気がする。
ファント先生に何度も、何度もお説教を食らったせいで、自分の事を『オトミー』と呼ぶのも止めた。
俺としては、愛らしさ20%増しだったけど、貴族の令嬢としては不合格らしい。
「忠兵衛様!」
『あぁ、もう、五月蝿い!少し寝るぞ!』
オトミーの相手に疲れた忠兵衛が、俺のポケットに潜り込んで来た。
こんなバタバタで幸せな日常が、いつまで続くだろう。
ただ、大人になるまでの短い間、俺は、彼女との時間を、大切に生きようと思った。
「初めまして。私が担当のナイン・ゲールです」
魔法学校初日、魔道具開発に携わるウォルフ様と別れ、私は、ライオネル殿下が手配してくださった治癒魔法の先生と面談をした。
年齢は、ファント先生くらいかな?
落ち着いた雰囲気は、緊張していた私をリラックスさせてくれる。
頭にレースで作った髪飾りは、サイドから後頭部を美しく飾り、品の良いゲール先生には、ぴったりだ。
服は、黒と白を基調とした機動性重視のワンピース。
清潔なエプロンには、可愛いレースが付いていて、女の子なら皆憧れてしまうわ。
「初めまして、ゲール先生!オトミー・イジューインと申します。今日からよろしくお願いします!」
「ほほほほ、元気でよろしい。では、先ずは、この水晶に触ってみてくださるかしら?」
ゲール先生が取り出したのは、手のひらに乗る大きさの透明な玉。
私は、吸い込まれるような美しさに目を奪われて、ポーッとなってしまった。
「イジューインさん、聞いてますか?」
「あ!すみません、ゲール先生!」
私は、触れると壊れるシャボン玉のような繊細さを持つ水晶に、恐る恐る触れた。
すると、ポワンと白く光り出し、その後、銀色へと変化した。
「まぁ・・・」
ゲール先生は、まじまじと水晶を覗き込み、目を瞬かせている。
「あの、ゲール先生、何か、変でしょうか?」
「いいえ、イジューインさん。これは、とても素晴らしい事よ。白銀は、治癒師にとって特別な色。最も能力が高い者が、この輝きを出せるのです」
ゲール先生は、水晶を木箱に収めると、興奮気味に私の手を握った。
「イジューインさん、これから私の全てを貴女に授けます。時間は掛かるでしょうが、ついてきて下さいね」
「は、はい!ありがとうございます!」
私は、嬉しさのあまり、先生の手を握りしめて、ブンブンと振ってしまった。
「イジューインさん!」
「あ!ごめんなさい!」
慌てて手を離そうとすると、ゲール先生の方が強く握ってて離れない。
「頑張りましょう!」
「あ!はい!」
実は、ゲール先生の方が、私よりも興奮していた。