寂しがり屋な狼と耳が真っ赤なアライグマ
「今日は、疲れただろ?」
「いえ!久しぶりなのに、皆様とても優しくして下さって、オトミーは、すごく嬉しかったです!」
帰りの馬車の中で、オトミーは、握り拳を作って鼻息を荒くしている。
昼食の話をしてくれた時は、その殆どがメニューについての評価だった。
アレが美味しかった。
コレも美味しかった。
結局、全部美味しかった。
明日も一緒に食べる約束をした。
思い切り、餌に釣られてないか?
「オトミー、俺とは食べてくれないのか?」
「ウォルフ様は、寂しかったですか?」
目をキラキラさせながら聞かないでくれ。
自分が物凄く女々しい男のような気がしてきた。
「ま、まぁ、寂しくなかった事もない」
「ふふふふ、ウォルフ様は、寂しがり屋なのですね」
俺の横を陣取り、ずっと腕に縋り付いているお前の方が、余程寂しがり屋だろうと言ってやりたい。
しかし、『じゃぁ止めます』と言って離れていかれても困るので、俺は、寂しがり屋と言う恥ずかしいレッテルを甘んじて受け入れることにした。
「そうだ!ウォルフ様に、お話があったんです」
オトミーは、鞄から小さな手鏡を出すと、自分の顔を映した。
「オトミーは、もう、老婆じゃないんです」
「え?」
「だから、オトミーは、老婆じゃないんです!」
胸を張るオトミー。
しかし、俺の目からは、まだ、老婆に見える。
「本当の、本当に?」
「はい!本当の本当です」
言うだけ言って、いそいそと鏡を片付け、また俺の腕にしがみ付いた。
この様子だと、嘘を言っている雰囲気はない。
「良かったな」
「はい!」
元気よく返事をした一分後、コックリコックリ船を漕ぎ出す。
俺は、オトミーの頭を俺の太ももに乗せ、少しでも楽な体勢で眠らせてやることにした。
「忠兵衛、お前、知ってたのか?」
俺の肩が定位置と化した忠兵衛に聞くと、苦笑しながら頷いた。
『まぁ、朝から鏡を覗き込んでは、ニマニマしておったから、もしかしてとは思うておった』
黒い霧を本に封印した事と、もう一人のオトミーちゃんと融合した事で、彼女に掛けられた様々な枷が取り払われていく。
『良かったではないか』
「そうだけど」
『オトミーが、自分を必要としなくなるのではないかと不安なのじゃろ』
「五月蝿い」
『ウォルフ様は、寂しがり屋さんだからのぉ』
茶化す忠兵衛を捕まえて、サンドイッチが入っていたバスケットの中に放り込んでやった。
『図星を指されたからと言って、ムクれるでないわ。ハッハッハッハッハッ』
結局、帰り着くまで、忠兵衛の癪に障る笑い声は続いた。
週末、オトミーは、我が家を訪れた。
母とファント先生、オトミーの三人共同作品を仕上げる為だった。
そして、そのままお泊まりする事になり、夕飯後、ベランダで魔力コントロールの訓練をすることになった。
「こうですか?」
「そうそう、上手いぞ、オトミー」
両手を繋ぎ、俺の右手からオトミーの左手へと魔力を流し、それを今度はオトミーの右手から俺の左手へと戻す。
異質な俺の魔力を体内に取り込み、それを外に出す訓練は、今後、オトミーの魔力量が増えた時、不必要分を外に出すのに役に立つ。
体内に、許容量以上を溜め込む事が、心身ともに良くない事は、長年の研究で分かっていた。
特に、オトミーは、忠兵衛の魔力を無尽蔵に吸い込もうとした前科がある。
今後も、似たような状況になった時、自分の身を守る為にも、先ず覚えておかなければならない。
「今日は、これくらいにしよう。オトミー、疲れてないか?」
「まだまだ、眠く有りません!」
と言いつつ、オトミーの瞼は、半分閉じようとしている。
「ははははは、部屋まで連れて行ってやる」
「ありがとうございましゅ」
とうとう呂律も回らなくなったオトミーは、さも当たり前のように俺に向かって両手を突き出した。
抱っこして運べと言うことだろう。
ここ最近、こう言った行動が増えてきた。
自然と年相応に甘える事が出来るようになったのは、喜ばしい。
ほんのちょっとだけど、腕の感覚で、オトミーの身長が伸びているのが分かった。
止められていた時が、動き始めたからだろう。
しかし、あまり急激な成長は、望まない。
ゆっくり時間を掛けて、今までは甘えられなかった分、一杯皆から甘やかして貰ってから大きくなればいい。
『寝たか』
「あぁ、グッスリだ」
『今日も、随分はしゃいでいたからのぉ』
忠兵衛も、俺の肩に乗って、オトミーを愛しそうに見下ろしている。
『随分と甘えん坊になったものじゃ』
鏡に映る自分が老婆じゃなくなった事で、不安感が払拭されたんだろう。
子供らしさを取り戻したオトミーは、正に天使だ。
うちでも、イジューイン家でも、学園でも、彼女を可愛がりたい人間が居過ぎて困る。
一方、残念ながら俺の目は、相変わらず人の内面を動物の容姿で映す。
父は、熊だし、母は、羊のままだ。
オウムの図書館長には、再び厄介な本を持ち込んだ事で怒鳴られたし、コモドドラゴンの魔導士団団長は、チロチロと舌を出しながら婚約者となった副団長の惚気話をしている。
ただ、オトミーが前のままの老婆に見えるのかと言われると、少し違う。
身長と同じで、徐々に実年齢に近づいている感じはする。
まだまだ老女の姿に違いはないが、皺が減り、肌の張りも戻ってきた。
いつか、オトミーの内面と外見が一致した時、年齢相応の容姿に変わるんだろう。
『オトミーは、生徒としてどうじゃ?』
「飲み込みが早くて驚く。ただ、俺は、治癒魔法は使えない。いつか、本当の師匠がいるだろうな」
『そうなると、教会の人間を頼らざるを得ないのではないか?』
「いや、そうでもない」
他国には、ちゃんとした魔法学校があると聞く。
我が国では、そもそも魔力を持って生まれる事自体が特殊で、直ぐに魔導士団預りになる。
でも、魔法学校なら、オトミーに相応しい教育が受けられるかもしれない。
『お前、一緒に行けるのか?』
「一応、俺は、魔導士団員扱いだから難しいかもしれないな」
『なら、オトミーは、ワシに任せろ』
忠兵衛は、ポンと胸を打って自信満々にふんぞり返った。
「お前、鼠の姿のまま行っても、何の役にも立たないぞ」
『なに、その時までには、オトミーに魔力操作を覚えてもらう。そうすれば、ワシも元の姿に戻れると言うものよ!』
神獣をペットとして連れていける学生寮などないだろう。
それどころか、捕獲されて、研究材料にされかねないぞ。
「やっぱり、俺も行く」
『おぉ、やはり、ウォルフ様は、寂しがり屋なのじゃ!』
「五月蝿い!」
執拗に『寂しがり屋』ネタで俺を弄るのは、やめて欲しい。
しかし、現実問題、準備をそろそろ始めた方がいい時期なのかもしれない。
「アイラ嬢、今日は、いつもにも増して機嫌が良さそうだが、何かあったのか?」
私は、婚約者候補であるアイラ・グフタスを招き、二人だけの茶会をしていた。
思い出し笑いをする彼女の表情が、あまりに優しげだったので、つい、そんな質問をしてしまった。
「いえ・・・今日のお昼の事を思い出しまして」
「昼?」
「はい。暫く療養をしていたオトミー・イジューインさんが登校してきたので、昼食をご一緒したんです」
「ほぉ、療養?病気か何かかな?」
「階段を踏み外した際に、酷い捻挫をしたとかで」
俺は、あの小さな少女を思い出した。
冷静沈着を絵に描いたような彼女が、そんなミスをするか?
「帰って来られたオトミーさんは、余程学園に帰って来られたのが嬉しかったらしく、始終ニコニコしていて、本当に愛らしいのですわ」
「私は、君の方が好ましいけどね」
「まぁ、お戯れを」
アイラは、慌てて扇で顔を隠したが、真っ赤になった耳が横から見えている。
最近の私は、変だ。
『他よりマシ』と判断していた彼女の事を、今では誰にも渡したくないと思っている。
学園での評判も、王家の陰からの報告も、軒並み鰻上り。
俺のスペア達からも、悪い意味で興味を持たれている。
グフタス家の当主は、頭が良く、情勢に聡い。
俺に翳りが見えれば、直ぐにでも他の奴らに乗り換えるくらいは想定範囲内だ。
ならば、俺は、弱みを見せないようにしなければならない。
「アイラ嬢、そろそろ君の誕生日だったね」
「はい。明後日、十三歳になります」
「少し早いが、プレゼントがあるんだ」
俺は、小さなジュエリーケースをポケットから取り出すと、開けて中を見せた。
そこには、古ぼけた指輪が一つ入っている。
「これは、母が祖母から受け継いだものだ。アイラ嬢、私の正式な婚約者になって欲しい」
アイラ嬢は、声も出せず、震えている。
返事は、聞かずとも分かった。
彼女が、コクコクと頭を縦に動かしているから。
「ありがとう。今日から、君をアイラと呼ぶ栄誉を私に与えてくれるだろうか?」
「も、も、勿論ですわ、ライオネル殿下」
やっと出た声は、裏返ってしまい、アイラは、再び扇で顔を隠してしまった。
君は、髪を下ろした方がいい。
そうすれば、その真っ赤な耳が隠せるから。