可愛いオトミー
「おはよう、オトミー」
「おはようございます、お父様!お母様!」
朝の支度をしていると、お父様とお母様が、わざわざ私の部屋まで来て下さった。
「体調は、どうだい?」
「痛いところがあったら、すぐに言うのよ」
なんだか、二人揃って過保護に拍車が掛かっているみたい。
「そんなに心配しなくても、大丈夫ですわ」
「オトミーの大丈夫は、信用ならないわ。いつも、人一倍我慢をしてしまう子ですもの。ねぇ、貴方」
「そうだな、ワルツ。我らの娘は、頑張り過ぎる癖があるから、目が離せないぞ!」
私を両側から挟み込み、四本の腕が囲うように抱きしめてくれるのは、やっぱり嬉しい。
でも、ドアの隙間からチョロッと目だけを出しているお兄様が気になって仕方ないわ。
「ロッティお兄様、何をなさっているの?」
「オ、オ、オ、オトミーーーーーーー!」
突進してくるロッティお兄様の速度、なんだか、おかしくないかしら?
ズドドドド
きゃーーーー
止まる素振りなしに突っ込んで来たお兄様の巻き添えを喰らって、家族四人で床に転がった。
うぇっぐ、うぇっぐ
一人、嗚咽を漏らすお兄様に、お父様もお母様も苦笑する。
いつもなら、私も一緒になって、説教を始めるところ。
なのに、今日は、お兄様に凄く甘えたい気分になった。
「ロッティお兄様!」
転がったままお兄様に抱き付くと、私なんかよりずっと大きくて頼もしかった。
胸のあたりに頭をスリスリ擦り付けると、ムギューッて抱き返してくれる。
「まぁまぁ、貴方!オトミーが、ロッティに甘えていますわ!」
「オトミー!私にも、甘えなさい!」
お父様が、お兄様と私を二人まとめて抱っこしてくださった。
お母様が、ズルいズルいと、普段のロッティお兄様みたいにゴネている。
なんだか、とっても不思議な気分。
でも、凄く、心地よかった。
久しぶりの登校に、オトミーは、馬車に乗る前から上機嫌だ。
玄関先で、ご両親と兄に見送られる時も、今までなら模範的な淑女の礼をしていたのに、ニコニコと笑いながらロッティに手を繋いでもらっている。
「兄上!オトミーをお願いいたします!」
あの泣き虫ロッティが、ピンと背中を伸ばしてオトミーを俺に引き渡そうとした。
しかし、オトミーの方が、俺の手を取りながらも、ロッティの手も掴んだまま、名残惜しそうにしている。
「お兄様は、一緒じゃないの?」
「オトミー、僕も来年は飛び級で入れるように頑張るから」
「オトミー、寂しい」
「あぁ!僕の妹が、可愛い!!」
ロッティは、オトミーを抱き締めて、つむじの辺りに自分の頬を擦り付ける。
それを叱る事もなく、オトミーは、にへらと笑って喜んでいた。
おい、羨ましいな。
じゃない、一晩で何が起こった?
幼いオトミーもメチャクチャ可愛いけど、凛としたオトミーだって最高に可愛かった。
どっちも同じオトミーだけど、実年齢に今の方が近い。
「お兄様、では、行って参ります」
やっと納得いったのか、オトミーは、ロッティの手を離して、俺を見上げた。
「ウォルフ様、おはようございます」
「あぁ、オトミー、おはよう」
「オトミー、頑張ります!」
フンと鼻から息を吐いて気合いを入れてるけど、自分の事、オトミーって言ってる事に気づいているのだろうか?
「アルパインさん、宜しければ、コレをどうぞ」
料理長さんに多めに作ってもらったサンドイッチを御者のアルパインさんに渡す。
「あっしにですかい?」
「はい。作ってくれたのは、料理長さんです。とーっても美味しいんです」
「こりゃ、味わって食べねぇと。ありがとうございます」
アルパインさんの笑顔に、私も笑顔になる。
それから、ウォルフ様に馬車に乗せて頂いて、学園に向かって出発!
今日から、こっそりウォルフ様が魔力について教えて下さる事になっている。
私の中にいる、もう一人のオトミーちゃんの話は、ウォルフ様と忠兵衛様だけにした。
戦いの最中、ウォルフ様を癒せたのも、そのお陰だったから。
でも、二人に、治癒魔法については、絶対他の人には言ってはいけないと何度も何度も諭された。
バレたら、教会に連れて行かれてしまうって。
リズリーお義父様やドラコ団長さんにまで、嘘をつくのはちょっと心苦しいけど、ウォルフ様の傷は、ポーションで治した事にされた。
「今までは、元々持っていたはずの魔力を黒い霧によって抑えられた上に、成長も止められていた。これからは、徐々に体も大きくなるし、魔力も強くなると思った方がいい」
「はい」
『其方に治癒の能力があるとバレれば、王家も黙っておらんぞ』
「はい」
「先ずは、魔力を上手にコントロールして隠さないと」
「はい」
『オトミー、お前、眠そうだな』
「はい」
お話も、半分以上聞き取れていなかった。
ホッと気が抜けたからかしら?
カタコトと揺れる馬車が、余計に眠気を誘う。
私は、眠たくて、眠たくて、ゴシゴシ目を擦った。
「ねぇ、オトミー、眠たかったらねていいんだよ?」
そう言いながら、ウォルフ様が、私に向かって両手を広げた。
なんて、蜂蜜より甘くて優しい誘惑。
私は、難しいことを考えるのをやめて、その腕の中に収まる事にした。
「やはり、おかしい」
俺が両手を広げると、恥ずかしがる事なく、トコトコと胸の中に飛び込んで来たオトミー。
今は、スヤスヤ俺の膝の上で眠っている。
「どう思う、忠兵衛」
『どうもこうも、八歳児とは、このようなものであろう』
「そうだけど、そうじゃない。前のオトミーなら、有り得ないことだ」
淑女の鑑のようだったオトミー。
前世での記憶が、彼女を必要以上に大人びた子供にしていた事は、間違いない。
『んー、考えるに、この子の中にいる、もう一人のオトミーちゃんとやらが、影響していると考えるのが妥当ではないか?』
「やっぱり、そうか」
このまま、以前のオトミーが消えてしまわないか、俺は、不安になった。
つい、表情も暗くなっていたのだろう。
『ウォルフ、勘違いするな。どちらもオトミーであり、二人は一人なんだと言う事を』
忠兵衛が、珍しく苦言を呈してきた。
「そうだな」
俺とオトミーが築いてきた信頼関係や愛情が欠けた様子はない。
ただ、子供らしく素直に内面を表現し始めたに過ぎない。
『それに、お主。今のオトミーも嫌いではなかろう』
「可愛過ぎて辛い」
『はははは、他の者に取られぬよう、せいぜい気をつけるのじゃな』
「不吉な事を言わないでくれ」
俺は、ズルズルと下に落ちそうになるオトミーをもう一度抱え直し、眠る頬にキスをした。
もう、二度とオトミーに悲しい思いをさせない。
それが、俺の使命なのだから。
「皆様、おはようございます」
「まぁ!オトミーさん、もう体調は、よろしくて?」
一番最初に駆け寄って下さったのは、アイラ様だった。
他の皆様も、次々と来て下さり、気づけば私は、取り囲まれていた。
ウォルフ様が、私を守るように直ぐ横に立って下さっているから怖くはない。
ただ、前に進めず、後ろにも戻れず、先生が来られるまで、ずっと立ち話になってしまった。
私が居ない間、クラスの雰囲気が、また一段と良いものになっていた。
位が上の者が、率先してそれに相応しい行いと礼儀を守った事が功を奏したようだ。
特にアイラ様は、先頭に立って勉学に励み、平民出身の特待生にも優しいと評判だった。
お昼休みに、お食事に誘って下さったので、私は、サンドイッチ持参で指定されたらラウンジへと向かった。
予約された個室に通されると、アイラ様と、仲の良い御令嬢二人が待っていて下さった。
「お待たせいたしました」
「いいえ、私達も、今来たところなのよ。さぁ、そこにお座りになって」
アイラ様の隣へと座らせて頂いて、楽しい昼食会が始まった。
皆様が持ってこられた品も、とても美味しくて手が止まらない。
「モグモグ、こちらも美味でございましゅわ、まぁ、そちらもとても、おいししょう」
口一杯に含んで話すものだから、時々上手く口が回らなくなる。
「オトミーさん、そんなに急がなくても、料理は逃げませんことよ」
「モグモグモグモグ、むふふ、モグモグモグモグ」
食べ続ける私に驚いていた三人も、釣られてアレコレ手を伸ばし始めた。
「ふふふふ、こんな風に周りを気にせず食べられるのも、たまには良いわね」
アイラ様の笑顔に、私も笑顔になってしまう。
「あら、オトミーさん、口元にパン屑が」
手を伸ばしてくださるので、私は、顔をアイラ様の方へと突き出した。
すると、会話が、一瞬止まった。
その後、ほぉーと変な溜息を三人が一度に吐いた。
「アイラ様!オトミーさんの愛らしさが!」
「えぇ、えぇ、もう、なんて言うのでしょう、撫で回したい感じですわね」
「オトミーさん、こちらにも顔を向けて。ふふふふ、はい、クッキーですよ」
小さなクッキーを差し出されて、私は、口をあーんと開けた。
「「「きゃーーーー、可愛い!」」」
物凄く盛り上がられる三人を前に、私は、首を傾げながら、クッキーをカリカリと咀嚼した。
ここからは、ほのぼのが続くと思います。
もう暫く、お付き合いくださいませ。