魔獣調査隊①
「一時間後に出発だ。装備の最終点検を終わらせておけ」
「はい」
魔獣調査隊の面々は、魔道士団だけでなく、騎士団からも多くの人数が割かれていた。
魔獣と言えども、物理攻撃が全く効かないわけではなく、逆に小物の場合は剣で急所を一突きにした方が効率よく倒せる。
この数日、俺は、ドラコ団長のくれた資料を熟読し、いざと言う時のために備えていた。
実践をさせたくない団長と、俺の実力を見極めたい上層部。
あまり派手に成果を上げても、これ幸いと、戦地送りにされる。
俺は、兵器じゃない。
俺は、人間だ。
愛しい人を守る為には剣も魔法も有効利用するが、無闇に領地を奪う侵略に加担するつもりはない。
今代の王は、その点節度のある人だ。
しかし、周りにいる下衆は、無駄に子を増やし勢力を広げている。
普段から、立居振る舞いには、十分気をつける必要があるだろう。
「オイ!ウォルフ・スタンガン!」
あぁ、まただ。
振り返ると、イタチが居た。
この人は、余程暇なんだろうか?
団長の話も、聞いていなかったんだろうな。
今は、装備の点検をする時間だ。
俺は、軽く会釈すると、再びリュックの中の携帯食料の数や、いざと言う時のポーションなど、命を繋ぐ為の重要アイテムをチェックし始めた。
「オイ!キサマ!」
グイッと肩を掴まれた。
うぁ、痛いんだけど。
なんだよ、握力だけは、結構あるんだな。
「ウィザル、お前、いつからそんなに偉くなった」
冷ややかな声が聞こえてきた。
「あ、だ、団長」
「今回の調査、外れて貰っても良いんだぞ?」
「そ、それは、困ります」
「なら、さっさと装備の点検に回れ」
「はい」
奴の顔に、『不服です』と書いてある。
でも、流石に上司には、逆らえなかったか。
自分の持ち場へと、すごすご引き下がった。
「ドラコ団長」
「何だ、ウォルフ」
「魔導士団・・・あんなんで大丈夫なんですか?」
「そう言うな。あれでも、一応、今年の首席卒業者だ」
「うぇぇ」
あんなので首席って、その学年、ヤバくないか?
同情的な視線を団長に向けると、
「お前のそう言う目が、あぁ言う奴の自尊心を踏み潰すんだぞ」
と怒られた。
え?俺が悪いの?
『オトミー、そう落ち込むでない』
今朝、坊主が魔獣調査へ出かけおった。
帰りは、1週間後。
それまで、ワシ等は、この屋敷から出られん。
それは、致し方のない事じゃ。
オトミーには見えていないようじゃが、夜な夜な変な輩が屋敷の周りを徘徊しておる。
見た目もグロテスクなソレらが、何に属する者なのか、想像に難くない。
出て行く直前まで、何重にも結界を掛け、それでも不安げな顔をしながら後ろ髪引かれる思いで屋敷を出た奴の顔が忘れられん。
別れの瞬間、オトミーは、ワシと一緒に錬金術で作った最高ランクのポーションと自分で焼いたクッキーを渡しておった。
「元気の素が、入っています!」
オトミーが、屋敷で育てた薬草を練り込んだ物。
香り高く、味も良い。
試食したワシは、一口食べただけで、モリモリと元気が湧くのを感じた。
オトミーは、自分には、魔力は無いと言う。
しかし、ワシには、そうとは思えぬ。
彼女が摩ってくれるだけで、体は楽になり、痛みは弱まった。
色素の薄い者には、治癒魔法の使い手が多いと聞く。
白銀の髪に、妖精のようにきめ細やかな輝く肌を持つ彼女。
その特徴が出るのは不思議なことではないじゃろう。
彼女が育てた薬草は、普通以上の、いや、異常な程の効果を発揮した。
そうなると、オトミーの魔力を強制的に抑える何かが発動していると考えるのか妥当じゃろう。
あぁ、なんと厄介な。
彼女の全てが解放された時、何やら凄いことが起きそうじゃ。
その時、坊主には側でおってもらわねば、ワシだけでは、どうにもならん。
「忠兵衛様」
『なんじゃ?』
「ウォルフ様がお帰りになるまで、静かにしていて下さいね」
『その言葉、そのまま其方に返すぞ』
天然なのか、天才なのか。
オトミーは、自分の事が一番よく分かっておらんかった。
「全く、お前の結界は、タチが悪いな」
呟く俺に、ウォルフが不満そうな顔をする。
「団長、文句あるんですか?」
「無いから困っている。これじゃ、ピクニックに来たのと一緒じゃねーか」
奴の張った結界の中には、魔獣は、一匹も入って来られない。
それどころか、ウォルフが魔力で作り上げた
障壁にぶつかるだけで、小物はすべて蒸発した。
我らの護衛も兼ねて来た騎士団の連中は、やる事がなくて、呆然としている。
魔導士団のメンツも、ウォルフの規格外の強さに、侮っていた認識を変えつつあった。
あまり、目立つな。
そう言いたいが、これでも、手加減しているんだろう。
涼しげな顔で、スタスタ歩いている。
目的地まで二日を見ていたが、半日で到着しそうだ。
「一度、ここで地質調査を行う。突然変異を起こした植物の採取も忘れるな!」
部隊を止めると、俺は、ウォルフを呼びつけた。
「どうだ、体調に変化はないか?」
「特に、何も」
「はぁ、そんだけ魔力をドバドバ消費して、何ともかよ」
「そう言われても」
他の奴らが同じ事をしようとして、十分持つかどうか。
俺でも、1週間の長丁場は、かなりヤバい。
しかし、コイツに説明しても分からないだろう。
凡人の苦悩と羨望が、いつかウォルフを孤独にしないか心配になる。
「地質調査とかも、やるんですね」
「あぁ、そうだ。この辺の果物は、いくら美味しそうに見えても口にするな。猛毒を含んでいる」
この森には、もう、普通の動物は一匹も生存していない。
皆、魔獣の餌か、毒のある植物を口にして、死に絶えた。
再び昔の姿を取り戻すのは、難しいだろう。
「そろそろ穴も、近いんですよね?」
「あぁ、お前が高速で隊を進ませるもんだから、あと数時間で着く」
「じゃぁ、明日には、帰れそうですか?」
「隊員が、全員お前ならな。他のメンツが同じ動きが出来ると思うな」
「はぁ」
納得いかない顔をするな。
人の嫉妬は、魔獣より厄介だぞ。
忠告してやろうとウォルフの頭を鷲掴みにした、その時、
ザワザワザワザワザワザワザワザワ
一斉に木の葉が揺れ始めた。
確認しようと振り向くと、
ぎゃーーーーーーー
虫に驚き、少女のように泣き叫ぶ男達が居た。
しかし、笑っている場合じゃない。
その数は、数万を超えていた。