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小さな呪いの薔薇


「ウォルフ、そこに座りなさい」



屋敷に帰ると、玄関で待ち構えていた母に捕まり、応接間へと連れ込まれた。


そして、ファント先生とオトミーが座る前のソファーに無理矢理座らされる。


隣りに母が座り、逃げられないように右腕を取られた。


オトミーは、申し訳なさそうな顔をするが、早々こうなる事は予想していた。


何せ、母は、人の気持ちを察するのが上手い。


あの父の無表情から、感情を読み取るのだから。


今、精神的にも追い込まれているオトミーを、無視できるような薄情な人ではないのだ。



「ウォルフ、オトミーちゃんから聞いたわ。貴方、魔獣調査隊に志願したんですって?」



「はい」



「オトミーちゃんは、自分のせいだって泣くけど、理由は言ってくれないわ。何か事情があるのは分かるけど、このまま放って置くなんて、私、出来ませんからね!」



母の叱責は、どんなに声を荒立てても、羊の容姿が可愛らし過ぎて、あまり怖くない。


ただ、悲しませているのはよく分かるから、俺は、ある程度の事は、話さなければならないと思う。 



「実は・・・」



俺は、ファント先生を見た。


悪い先生ではないけど、身内の話をして良い相手でもないように思えた。



「大丈夫よ、ウォルフ。ファント先生は、私のお母様なんだから」



「え?」



「メリノア、語弊がありますよ。スタンガンくん、驚かせてごめんなさいね。私をメリノアの母のような存在と考えてくれて結構ですよ。そして、貴方の祖母と思って貰えると嬉しいわ」



母が、ウンウンと横で頷いている。


母の実母が、若くして死んだ事は知っていた。


そして、祖父も、俺が生まれる前に死んでいる。


父方の祖父のように稀代の魔導士などでは無かったけど、羊毛業で領地を豊かにした実直で真面目な方だと聞いている。


ファント先生は、母の寂しい思いを埋めてくださった方なんだろう。


俺は、頷くと、ゆっくりと話し始めた。






























息子の話は、荒唐無稽で、理解に苦しむものだった。


それでも、実際に、忠兵衛ちゅうべえと名乗る鼠とオトミーちゃんの錬金術を見せられては、何も言えない。


オトミーちゃんに前世の記憶があることも、それを紐解く為に息子が一役買ったのも、そのせいで魔獣調査に関わることになったのも、偶然が重なった必然のように思える。



「ちょっと、良いかしら?」



お母様(ファント先生)が手を挙げた。



「私の実家は、南の乾燥地帯なのだけれど、水の確保には、とても苦労したの」



突然始まった全く関係なさそうな話に、息子は、眉間に皺を寄せた。


何でも、早急に結果を求めるのは、若者の悪い癖。


私は、最後まで聞くようにと、ウォルフの手に自分の手を重ねた。



「そこに伝わる昔話にね・・・遠くの山から水を運んできてくれたある偉人の話があるのよ」



お母様(ファント先生)は、胸元からネックレスを取り出すと、皆に見えるように机の上に置いた。


そのペンダントトップには、とても不思議な絵とも字とも判断の付かない刻印がされていた。



「もしかしたら・・・イジューインさん、読めるのではなくて?」



皆の視線が、オトミーちゃんに向かう。


彼女は、目を大きく見開きながら、小さく頷いた。



「そう・・・そう言うことだったのね」



そこから、言葉を躊躇う先生に、息子は、前のめりになって迫った。



「その先を教えて下さい!」



「ウォルフ。落ち着いて」



「でも、何かの手掛かりになるかも!」



お母様(ファント先生)は、声を荒立てるウォルフは見ずに、



「イジューインさん、これは『水』かしら?」



と聞いた。



「・・・その通りです」



「やっぱり。私の住んでいた街に、遠い山から水を運んできた貯水場がありました。その入口に、同じ文字が刻まれていたわ。だから、私達一族は、この文字を肌身離さず持ち歩くの」



ファント先生は、ペンダントを襟元から服の中に戻すと、ウォルフを真っ直ぐに見た。



「遠い遠い遠い国から来た偉人が、見た事も聞いた事もない技を使って山から水路を引いて下さったと言い伝えられています」



「魔導士ではないのですか?」



私も、思わず口を挟んでしまった。


親子共々、堪え性がなくて恥ずかしいわ。


お母様(ファント先生)は、苦笑しながらも詳しく話してくれる。



「その方は、創造性に溢れ、高い技術力を持った、土木建築に明るい人物だった。私達に技術を教える代わりに、彼が望んだのは・・・『二度と、私のような人間を作らない事』」



「その方も、異世界から来られた方なのですね。あぁ・・・また一人、辛い思いをされた方が・・・」



オトミーちゃんが、ポロリと涙を流して唇を噛んだ。


この世界の人間の勝手で、過去に、何人の異世界人に迷惑をかけたのかしら?


今現在『召喚』という儀式が行われていない所を見ると、残った方々が、廃止を望まれた結果なのかもしれない。



「オトミーちゃんに、何故前世の記憶があるのかは定かじゃないけど、彼らの残した文献を読める人間を放って置いてくれるほど、世の中は甘くはないでしょう?」



あぁ、私にも、やっと状況が飲み込めた。


もしかしたら、お母様(ファント先生)の出身地に残る異世界人が残した文献も、オトミーちゃんなら、読めるかもしれない。


しかも、それが、世界に一例だけじゃない可能性もある。


言葉は悪いけど、『翻訳機』としてのオトミーちゃんの価値は、本当に計り知れなくなった。





























「オトミー、大丈夫か?」



「はい」



母とファント先生は、母の部屋で続きを語ることにしたらしい。


応接室に残った俺とオトミーは、二人掛けソファーに並んで座った。



「私・・・なんで前世の記憶なんて持って生まれたのかしら」



あちら側の世界が、こちら側より優れていた事は、偉業を残した先人達が実証している。


チューニー・チャツボットの魔術。


名も知らぬ男の土木技術。


他にも、まだ知らぬ異世界人がいたかも知れない。


その全てを、オトミーが居れば手に入れられるかも知れない。


こんな恐ろしいことがあるだろうか?


俺は、オトミーを守り切らねばならない。


その為に、更なる力が必要だ。


チューニー・チャツボットとは違う、俺だけの力。


それを得る為にも、魔獣調査隊で過ごす時間を、1秒たりとも無駄にできない。


ドラコ団長が預けてくれた本も読み込まなければ。


でも、その前に・・・。



「オトミー」



「はい」



「今から、この前贈ったネックレスに、おまじないを掛けても良いかな?」



「おまじない?」



おまじない・・・文字を変えれば、『御呪い』。


ある種の呪いでもあるソレは、掛けた本人しか解けない強力な力を持つ。



「どんな、おまじないですか?」



「オトミーへの『おまじない』を跳ね返す『おまじない』」



呪いをかけられた人間に、更に呪いを掛ける事はできない。


俺が、先に最強の魔法である『御呪い(おまじない)』を掛けることで、他の魔法を無効にすることが出来るだろう。



「外した方が良いですか」



「いや、そのままで」



俺は、オトミーの首にかかったネックレスを手に取ると、ペンダントトップに人差し指を押し付けた。


意識を集中させると、カッと指先に熱がこもる。


ガーネットと銀が溶けて混ざっていき、小さなピンクシルバーの薔薇が出来た。








オトミーが、ずっと俺を忘れませんように








もし、俺が死んでも、オトミーは、俺を忘れることが出来なくなった。


他の人を愛し、新しい人生を送る事もできない。


本当に、重くて、暗い呪い。


ごめんね、オトミー。


御呪い(おまじない)には、負のエネルギーが必要なんだ。



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