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重い狼とチートな老婆


「おはようございます、メリノアお義母様」



「ふふふ、おはよう、オトミーちゃん。あー、やっぱり良いわ、家に女の子の居る生活は!」



母は、朝からオトミーを抱きしめて、幸せそうに微笑んでいる。


俺も、オトミーも、自分達の置かれた状況を一瞬忘れて、思わず笑みが溢れた。


忠兵衛ちゅうべえが現れたあの日、俺は、オトミーの両親に頭を下げて彼女を我が家へ連れ帰った。


名目上は、母とオトミーとファント先生の合同作品である刺繍を少しでも早く完成させる為。


本当の理由は、彼女を24時間体制で守り、1秒でも早く、チューニー・チャツボットが残した本を解読する為。


オトミーの怯えた表情からイジューイン伯爵は、何かを察している様で、俺の申し出に快く頷いてくれた。


そして、オトミーの衣装等が手早く纏められ、アルパカの馬車とは別の馬車に詰め込まれた。


その手際の良さに、こんな日が来ると彼らは分かっていたんじゃないかと思った。



「娘のことを、どうか、よろしくお願い致します」



深々と頭を下げる伯爵、夫人、執事、メイド達。



「オトミーだけ、ずるいぞー!」


最後まで叫び続けたロッティの声が、緊急事態にありながらも、ほのぼのとした気持ちを抱かせてくれた。


オトミーを突然連れ帰った事に一番驚いたのは、父リズリーだろう。


女性など、母以外と関わったことのない無骨で無口な人だ。


先に知らせておいた母とメイド達が、大歓迎の雰囲気を醸し出していたせいで、何も言えずに自室に逃げ込んでいた。


そこからオトミーは母に任せ、俺は、一晩中、屋敷の周りに強力な結界を張り続けた。



『お主、化け物じゃな』



俺の肩に乗って様子を見ていた鼠が、呆れた様に呟いた。



「チューニー・チャツボットも似たようなもんだろ?」



『アレは、派手なのが好きじゃったから、こんな風に音もなく、闇に隠れて、黙々と魔法を放ち続ける事などなかったわ』



どうやら、チューニー・チャツボットという人は、根っから子供だったようだ。



『無詠唱で魔法を起動出来るくせに、不必要な呪文と言う名の台詞をタラタラ唱えまくっては、敵を煙に巻いて不意打ち攻撃をかましておった』



「ゲスだな」



『そうだな、別名、クズとも言う』



悪口を言いつつ、忠兵衛の口元は、嬉しそうにニヨニヨと動いていた。


自慢したくて、仕方ないんだろう。


俺は、天才でありながら孤独過ぎた男に、この鼠が寄り添ってくれて、本当に良かったと思った。


そうでなければ、もしかしたら、この世は、孤独に耐えられなくなった彼に、消しとばされていたかもしれない。




























「オトミーちゃん、ここは、これで良いかしら?」



「はい、メリノアお義母様」



刺繍の指示を仰ぐと、コクンと小さく頷くオトミーちゃん。


本当、可愛過ぎて、頬擦りしたくなる。


でも、彼女が時折見せる悲しげな表情に、何か大きな悩みがある事は分かっていた。


突然、ウォルフがオトミーちゃんを連れて帰ると連絡してきた時、虫の知らせだろうか、私は、来客用のベッドを用意していた。


本当は、久しぶりにファント先生をお招きして、昔話に花を咲かせかせる予定だった。


しかし、急遽、シーツや枕カバーを可愛いものに変え、寝巻きも買いに走らせた。


張り切り過ぎたメイド長が、店ごと買ってきたんじゃないかと思える量を持ち帰った時は、笑うしかなかった。


皆が、彼女の逗留を喜んでいる。


ずっと、私が、娘を欲しがっていたのを知っているから。


ウォルフは、親の目から見ても、カッコよくて、頭も良くて、母にも優しい最高の息子。


ただ、無駄口を嫌う夫に似て、それほど口数が多いほうじゃない。


静かな屋敷で、一人、私が喋り続けるのにも限度がある。


何処となく、寂しい空気の流れる屋敷に、今、佇むだけで癒される少女が居るんだもの。


皆が浮き立っても、しょうがないと思うわ。



「オトミーちゃんは、ウォルフの何処が好きなのかしら?」



突然振られた話題に、オトミーちゃんが、真っ赤になった。


あら、思った以上に息子は好かれているみたい。



「ウ、ウ、ウォルフ様は、優しいです」



「他には?」



「ウォルフ様は、私が不安になると、直ぐに『大丈夫だよ。俺が居る』って言って下さいます」



まぁ!リズリーの若い頃と、よく似ているわ。


あの人も、無口なくせに、要所要所に萌える台詞を呟いていたものよ。



「言葉だけかしら?プレゼントとかは、貰っている?」



「プレゼントは・・・・・先日、こちらを頂きました。お守りだそうです」



オトミーちゃんが、胸に光る首飾りを見せてくれた。


小さな小さな赤い石の付いた、シルバーのネックレス。


すこし安っぽいけど、子供が買うには、これくらいが限度かしらね。


でも、これって・・・。



「オトミーちゃんのお誕生日は、いつかしら?」



「12月31日から1月1日を跨ぐ深夜に生まれました。どちらを誕生日にするか、父と母で揉めたらしく、お婆様の一声で1月1日を誕生日にする事になりました」



1月の誕生石は、ガーネットね。


確か、宝石の持つ意味は、『変わらない愛情』だったかしら。


まったく、12歳にして、こんな重いプレゼントをするなんて恐ろしい子ね。



「メリノアお義母様は、ウォルフ様の何処が好きですか?」



「え?私?」



「はい」



面と向かって尋ねられると、確かに、考えた事がない。


ウォルフは、生まれた時から私の息子で、愛する事が当たり前過ぎたから。


今更だけど、よく考えてみる。



「ウォルフが幼い頃、私、もう一人子供を授かりたくて、躍起になっていた時期があったの」



「そうなんですか?」



「えぇ。もう、夫との間もギスギスするくらいにね。そんな時、まだ、4歳のあの子が私の手を繋いで言ったのよ」









『ははうえ、おれはひとりですが、ひゃくにんぶん、ははうえをたいせつにします』








「あの言葉で、救われたのよ。あの子は、私なんかよりもずっと大人な気がするわ。私が悲しまないように、常に、先に行動する。でも、今は、年相応に、甘えて欲しいわ。子供に我慢をさせたい親なんて居ないんだから」



オトミーちゃん、貴女もね。


何かに耐えて、必死に元気なふりをする幼い少女が痛ましい。


私は、針を置くと、オトミーちゃんをそっと抱きしめた。




























智珍符委符委白米ちちんぷいぷいはくまいになーれ



ボン



机の上のパンが、お椀に入った白い物体に変わった。


湯気を上げるソレは、出来立てのようだった。



『おぉ!これじゃ!これじゃ!』



興奮気味の忠兵衛ちゅうべえと恥ずかしげなオトミー。


この錬金術を成功させたのは、なんと、オトミーだった。


いくら俺が、『チチンプイプイ』と発音しても、同じ事は起こらない。


どうやら、発音だったり単語一つ一つの意味を感覚的に捉えられているかが秘訣のようだ。


と言う事は、チューニー・チャツボットが作り上げた魔法の全ては、彼と同じ世界の前世を持つ人間でないと使えないと言う事だ。



「いいえ、全ては、魔力を貸して下さる忠兵衛様が居てくださるからです!」



オトミーは、自分の肩に乗り、ドヤ顔をしている鼠の頭を撫でた。


この錬金術には、一度に魔導士団精鋭部隊のメンバー五人ほどの全魔力がいるだろう。


魔力ゼロの彼女が発動するには、別から魔力を借りるしかない。


俺が貸しても良いが、肌に触れると緊張するらしく、意識が乱れて上手くいかない。


そこで、鼠が、



『ワシに任せよ!』



と言って、彼女の肩に飛び乗った。


小動物なら、リラックスこそすれ、緊張などするはずもない。


そして、一人と一匹は、見事やり遂げた。


俺の横で、



『やったぞ、オトミー!』



「やりましたわ!忠兵衛様!」



共に成功を喜んでいるが、コレは、ヤバい。


敵が誰かはわからないが、オトミーと鼠は、セットでこそ意味がある。


一緒に居させることは、かなり危険だ。


しかし、分散させれば安全性は上がるが、守りが弱くなる。





はぁ





俺は、大きく溜息をついて、覚悟を決めた。






ムンズ






忠兵衛を掴むと、



『何をするんじゃ!離せ!離さんか!』



ジタバタする鼠の頭に、







ブチューーーー






唇を押し当てた。


その後、呪文を唱えて、ポイッとオトミーに忠兵衛を投げる。




『ぎゃーーーー!この、変態め!このような事、チューニーですらせんかったぞ!』



「おえぇ、誰か好き好んでやるか!」



俺は、忠兵衛の頭から伸びた灰色の紐が、俺の小指に結ばれたのを確認した。


同じ指に、オトミーと結ばれている赤い糸も見える。


これで、二人が別々に連れ去られても、居場所を直ぐに確認できるだろう。


ギャーギャー騒ぎ続ける忠兵衛を無視して、俺は、口をゆすぐ為に部屋の外に出た。


その途中、









キチニチニチキチ


キニニチニニキチ








聞き慣れない音が、外から聞こえてきた。


窓から様子を伺うと、暗闇に、金色の目が光っている。


その生き物は、俺の張った結界に引っかかり、逃れようとバタついていた。


オトミーをこの家に連れて来て、まだ、数日。


既に小物の姿を目にしたのは、一度や二度じゃない。



「そろそろか・・・」



何かが大きく動き出す気配が、直ぐそこまで来ていた。



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