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rename_2017  作者: サモエド
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Noah_2017

『COLON:SERIES - 異世界への扉と導かれし者達』(https://ncode.syosetu.com/n6593ef/)のスピンオフ作品です。

 不吉な夜。


「叔父さん」


 ノアが駆けつけた時には、既に寝室は血の海になっていた。


「ノアか…」


 圧を感じるほどの静寂に支配された屋敷の寝室。ノアが開けたドアから差し込む光は、床にぶちまけられた血と臓物、そしてこちらを肩越しに睨めつける叔父の姿を切り出した。


「後でお前の実家にも、行こうと思っていたんだ」


 叔父がゆっくりと振り返る。彼が動くたびにガシャリ、ガシャリと金属めいた音が鳴る。彼が身に纏うそれは、確かに金属製の鎧であり、その表面は返り血でぬらぬらと照り返していた。頭を覆う鎧は無いが顔には影がかかっており、そして昏く感情の無いような目だけが浮かび上がる。その様子は、この殺戮が一時の激情からでなく、熟考され、計画され、実行されたものであることを物語っていた。


「自分が何してるのかわかってるのかい?」

「血の選別だよ」


 右手に引きずる子供の背丈ほどもある両手剣(グレートソード)を目の前に逆手で持ち、自らの前の床に突き立てる。金属の振動で唸るその剣もまた血を滴らせていたが、未だ殺意衰えぬ気迫を刀身から発している。


「ここで先にお前を潰して、その後お前の実家に向かおう。その後は、あの忌まわしい老いぼれにも挨拶しにいこう」


 ノアの流麗な眉が、ピクリと動く。

 叔父は懐から数枚の紙片を取り出した。


「無意味な血の拡散をここで絶つ。この異端書には、それをやり(おお)せて、その後ボナパルト家、フランス、いやそれ以上の場所に君臨することが出来るだけの力を持っているのがわかる」


 野外でもないのに、叔父の後ろから一瞬の強い風が吹いた。

 次の瞬間、廊下に面した寝室の壁はことごとくが切り刻まれ、一瞬の浮遊の後に廊下の反対側の壁に瓦礫として叩きつけられる。ドアを開けた入り口に立っている形だったノアはと言うと、数瞬前に殺気を感じ床を蹴って飛び退き、目の前で粉々になる寝室の壁を滞空しながら目で追っていた。

 一瞬前まで壁があった場所には、踏み込んで両手剣を振り抜いた格好の叔父があった。先程吹いた強い風は肌で感じられるほどの殺気であり、その結果をノアは着地しながら飄々とした様子で眺める。


「第三帝政でも始めるつもりなのかな、冗談キツイなあ」


 踏み込んだ格好から叔父はノアへ体を向け、廊下に立つノアと対峙する。己が権力を誇示するかのように蓄えられた金の口髭の奥には、真一文字に結ばれた口元が見えた。


「我が生涯に於いて、冗談などただの一つも口にしたことはない。()()と違ってな」


 突風が轟と吠える。目にも見えぬ内に、叔父は両手剣を三度振り抜いていた。

 見えない風の刃が屋敷の廊下、壁、調度品を切り裂いてノアへと迫る。ノアは仰々しい動きで己のレイピアを抜き、その恐ろしき斬撃に向かって駆け出す。目に見えないはずの斬撃を体操めいた動きで完璧に躱しながら廊下を駆け、叔父との距離を詰める。


「ご丁寧に斬撃の跡を残してくれるんだから、避けてくれって言ってるようなものだよ、ねッ!!」


 ギィン!!と、刃と刃の擦れ合う音が響く。音をも超えるかのような速度で放たれたノアの突きは、ギリギリで跳ね上げた叔父の両手剣によって弾かれていた。

 それを見たノアは少し驚いたように目を開くと、不敵に笑って言う。


「僕らは互いに剣に意思を託す者だ。その点に於いて、僕と叔父さんはほぼ互角と言っていいだろうね。喜んでいいよ、めちゃくちゃ褒めてるから」


 その軽口に少々気分を害したかのように、叔父は鼻で笑うとこう吐き捨てた。


「お前のそのよく回る口もウンザリしていた…貴様の性格は人の上に立つべき者のそれではない。貴様のような男にボナパルト家長を継がせるようなことがあれば、ボナパルト家など存在しないほうがマシだろう」

「そうかな?少なくとも僕は、叔父さんよりかは人の上に立つ素質があるし、実際立ってる。そのつもりがあるかどうかは別だけど…。時代錯誤な甲冑(プレートアーマー)なんか着込むより、人の上に立ちたいのなら、まずファッションから気にすることだね!」


 ヒュッ、と風を切り、必殺の切っ先が叔父の顔面を狙うが、叔父はそれよりも速く体勢を沈めている。


「己の血の正当性さえあれば、民は後からついて来るものだ。そしてその正当性を、今私は己の手によって創り上げる!!」


 そこから放たれた下から上への斬撃は、圧倒的な暴風と化して彼らの居た二階の天井をぶち抜き、ノアもろとももう一つ上の階の天井へと叩きつけた。


「ぐっ……!!」


(やはり一筋縄ではいかない…普段相手するエトセトラなんて比べられたものじゃないな…。現役を退いて、嵐のあとの静けさなんて揶揄されていたが、とんでもない!彼は未だ、大嵐をその身の内に飼っている…!)


 なんとか身を捩り、三階の床へと着地する。そこで、ノアの第六感と呼ぶべき感覚が警鐘を鳴らした。


「……!!」


 体勢を立て直す暇もなく床を転げると、直前までノアが転がっていた床が先程と同じように暴風によりぶち抜かれ、天井へと打ち付けられる。

 ノアは転がっていたレイピアを掴んで、低い姿勢で槍めいて走り出す。

 次々と三階の床はぶち抜かれていく。ノアはその噴火のような破壊をギリギリで駆け抜けながら、必死に頭を回す。


(落ち着けノア・クリストフ・ボナパルト、危機的なのは珍しいことじゃない、重要なのはその危機的状況から僕は常に勝利を戴冠して戻ったということだ!敵に背を向けて敗走したことなど、一度たりとも無い!)


 目の前には廊下の行き止まりが迫っていた。


(ならば…)


 スライディングで廊下の端までたどり着いたノアは、圧力すらも感じられる階下の殺気に向けて、レイピアを構える。意識のレベルを落とし、細剣の冷えた切っ先まで己の意識を浸透させる。次の瞬間、ノアの真下の床は爆発した。同時に噴出する暴風に、ノアはレイピアを突き立てた。


「ッ…ァあああッ!!!」


 瓦礫がノアの頬や腕に裂傷を作る。ノアはそれには構わず、行き止まりの壁に足を踏ん張りながら、押し返さんとする暴風へ向けてレイピアをねじり込み、さらに壁を蹴った。

 叔父の顔が驚愕に染まる。ノアの押し通したレイピアは大河めいた空気の奔流を『貫き』、人間一人が通れるほどの領域をかき分けてノアを叔父の目の前まで運んでいた。

 先程叔父の剣がノアのレイピアの『貫く』という意思を拒絶したように、ノアのレイピアが彼の剣の『押し流す』という意思を拒絶していた。

 それを認識した瞬間、叔父は剣を掲げて防御体制を取る。ノアの能力は剣でなければ拒絶することが出来ず、喰らった時点で自分の命が絶たれることを理解していたからだ。

 主観時間が泥めいて遅くなる。ノアの突き出すレイピアの剣先が、風を切り瓦礫をかいくぐって迫る。それに合わせるように、両手剣を目の前に翳す。叔父の額から汗の玉が離れ、のけぞる叔父の顔の前からゆっくりと落ちていく。だがレイピアの切っ先は、それ以上に突き出されることはなかった。


「!!」


 ノアは空中で体勢を変えレイピアの切っ先を下げると、叔父のすぐ横を落下しながら前転し勢いを殺し、そのしゃがんだ体勢のまま振り向きざまに二撃放った。その早業に、叔父は反応することさえ叶わなかった。


「グ…貴様…」


 両足の腱を穿ち切られた叔父は、自身の重さを支えきれずに両膝をつき、ついにはうつ伏せに倒れ伏した。


「ここまでして…殺さぬか。…やはり、貴様にボナパルトの名は過ぎた冠だ…」

「そうかもね。そして同時に呪いの冠だ」


 乱れた金の髪を直しながら、ノアは倒れる叔父を前に立ち上がる。白い布を取り出すと、レイピアについた血液を拭った。


「僕らには責務がある。血の責務だ。君たち馬鹿な大人は忘れてしまったのかもしれないが、僕だけでもその責務は果たさなければならない」


 レイピアをゆっくりと鞘へ戻す。

 その所作はあくまで芝居めいて。


「上に立つ者として」


 ただその目に、余裕はなかった。


 ………


「痛ってェな…」

 瓦礫だらけの廊下を、くまなく打ち付けたその身を引きずりながら歩く。その左手には、叔父から奪取した異端書の紙片が握られていた。

 ノアの父親には二人の弟がいる。一人は先程の叔父であるジョゼフ=トレント・ナポレオン・ボナパルト、もう一人はこの屋敷の主であり殺されたジェローム・アルベール・ボナパルトである。どうやら叔父は邪魔が入らぬよう先に手を打っていたらしく、使用人や用心棒など、そういった類の人間は全員屋敷には居ないようだった。


(後処理に叙文の番人(内部監査)の奴らを呼んだはいいが…あいつらに絡まれると面倒だ、来る前に僕は逃げることにしよう)


 壁に右手をつき体を支えながら、照明すらところどころ破壊された廊下を歩く。その時、誰もいないと思っていた廊下に人の気配がした。

 ノアが勘付いて瞬間的に振り向くと、奇跡的に傷つけられていない廊下のドアがゆっくりと開き、一人の少女が震えながら顔を覗かせた。


「シャルロット!」


 途端にノアは体を庇うそぶりを見せるのをやめ、あたかも怪我などしていないかのように、ジェロームとその妻の寝室の隣にある子供部屋から顔を覗かせた少女に駆け寄った。シャルロットと呼ばれた少女は意識外から駆けてきたノア、そしてそのノアのボロボロの様子に驚く。壁越しに聞こえていたであろう恐ろしい破壊の音に晒され続けたこともあり、ギリギリの状態が崩れかけたのだろうか、少女は耐えながらもポロポロと涙を零しはじめる。

 ノアの表情が細剣に貫かれたように苦しい表情に変わる。彼女の前に膝をつくと、ノアは痛みを堪えながら少女を抱き寄せた。


「怖かっただろう…痛かっただろう。もう…耐えなくていいよ」


 ノアの腕の中で、少女は少しずつ嗚咽を漏らす。彼女の頭をまだ痛みがマシな方の手で撫でてやりながらも、ノアの表情は険しい。


(この子は賢い子だ。少しの叫び声も上げずに部屋の中で一人耐えられてしまう強い子供…それ故に、理解が及んでしまっている分、彼女の心の痛みは、僕の体の痛みなんかよりずっと…)


 今まさに隣の部屋で両親が殺された少女に対しての正しい接し方をノアは知らない。知っている者など誰も居ないだろう。その上彼はある意味不器用な男だ。彼女に対する接し方を幾通りも考えても、抱きしめる以上のことを選べなかった。

 だから彼は、未来の話をした。


「…シャルロット・クロチルド・ボナパルト」


 ノアは抱きしめていた彼女を放すと肩に手を置く。しゃくりあげる少女を目の前に、ノアは険しい顔を殺して笑顔をつくり、こう言った。


「僕の別荘に来ない?君に紹介したい子たちがいるんだ」


 アーク孤児院。少女の2つ目の家が決まった瞬間だった。

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