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ハルカは運動も兼ねて離宮から城の敷地を突っ切り、学園へ通うことにしていた。
最初はアグラットもそうだが、地方領主の子女たちのように寮へ入るようにと言われていた。
しかし、寮にはそれなりの警備がいるし、なによりも個室である。
アグラットにも故郷から連れてきた
既に城門を守る兵士、門番には話が通っていて、ニコニコと笑顔を振りまきながらそこを通り抜ける。
もちろん、挨拶も欠かさない。
「おはようございます!
今日も警備ありがとうございます」
「え、ハルカ様、ですか?」
男の格好をしていることと、その理由もちゃんと伝わっているはずだが、兵士たちはいざそれを目の当たりにすると面食らっていた。
「はい! あれ? 父上から話伝わってませんか?
今日からアグラット様の護衛で学園に通うんですけど」
「い、いえ、ちゃんと伝わってますよ。
ただ、その、あまりにも制服が似合い過ぎていて、驚きました。
髪の毛も短くしたんですね。そちらもよく似合ってますよ」
普通ならお世辞に聞こえるだろう言葉だが、それは門番の正直な感想だった。
門番の言葉に、さらにハルカは頬を綻ばせる。
「本当ですか!?
嬉しいなぁ、ありがとうございます」
そう言って、足取り軽く駆けていく様は、ちゃんと男の子に見えるから不思議だ。
それを見送って、門番達がささやきあう。
どこか残念そうな声色だった。
「ハルカ様が本当に男なら良かったのにな」
「わかる」
「あの馬鹿王子じゃ、やっぱり国の未来が不安だもんな」
「ハルカ様って昔、剣術や武術大会で年上の男相手に圧勝したんだろ?」
「そうそう、最初は八百長だのなんだの言われたんだけどな、コテンパンにされた相手が逆上したのを返り討ちにしたんだよ。
やはり母上の血なのかねぇ」
「ヤヨイ様か。美しい方だった。王妃様と並ぶと本当に絵になった。
惜しい人を亡くしたよ。
美しいだけじゃなく、強くて優しくて。
俺たちみたいな下っ端のことも気遣ってくれてさ」
ハルカの母親であるヤヨイは他の王族よりも庶民からの人気が高かった。
民のことを一番に考えていたのが、ちゃんと伝わっていたのだろう。
たとえば、災害が起きれば陣頭指揮を取り、家や家族を喪ったもの達への補償もそうだが、炊き出しなどの活動にも積極的に参加していた。
たとえば、いざ隣国と戦争となった時は戦地に赴いた王の傍らで盾となって戦った。
彼女をモデルにした主人公の舞台は今でも一番人気である。
そんな彼女が王妃を暗殺者から救って亡くなった時、ここにいる門番もそうだが民たちは悲しみにくれた。
五年経過した今でも彼女の墓には、彼女を敬愛する民たちが花を置きにくるほどだ。
人数が多すぎて、入場制限と別の場所に献花台が設置されたほどである。
「もし、ご存命だったならあの馬鹿王子のこともゲンコツで躾ていただろうなぁ」
なんて誰かが言った。
門番達に暖かい笑いが広がる。
そこで門番の一人が気づいた。
「あれ? でもこっちだと学園まで遠回りにならないか?」
表の城門ではなく、裏門からの方が学園には近い。
どちらをハルカが使うかはわからなかったので、裏門の方の兵士にも話は伝わっているはずである。
門番達が首を傾げる。
そして、全員が気づいた。
「あぁ、せっかくの制服姿だ。ヤヨイ様へ見せに行ったんだろうな」
城門から、王族の眠る墓がある教会はとても近いのだ。
門番達が予想した通り、ハルカは母の眠る墓へとやってきていた。
大量の献花によって、母親の墓が埋まっている。
圧巻である。
しかし、その花の数の多さとは逆にハルカの母、ヤヨイの眠る墓はとても小さく質素なものである。
とても王妃を守った英雄の墓とは思えないほどである。
これは、死ぬ間際に王や王妃への遺言のためだった。
自分に金を使うな、その分を警備へ回せ、なんなら葬式もあげるな、その分をその時のゴタゴタで犠牲になった兵士の遺族に回せと、死神のお迎えがすぐそこまで来ているというのに王の胸ぐらを掴んで凄んだのだ。
その光景を見ていたハルカですら、この人死なないんじゃないかと思ったくらいだ。
その遺言通りに葬儀はできるだけ質素にしようとしたのだが、ヤヨイを敬愛していた国民からの強い要望ににより、盛大な葬式となった。
まるでお祭り騒ぎだったのを、ハルカは覚えている。
悲しみの涙ではなく、あなたのお陰で私たち国民は生きているという感謝の笑顔で、母は見送られていった。
当の母は、いいから、その分の金を他に回せぇぇえ!
と、もしかしたら天国で叫んでいたかもしれない。
そんな国民に愛され続けている母の墓の前で膝まづき、ハルカは今日から学園に通うこと、アグラットの護衛になった事などを報告した。
一通り報告し追えると、立ち上がり笑顔でハルカは言った。
「行ってきます、母上」
と、そこで背後から声がかかった。
女性の声だ。
「あら、おはよう。ハルカ。
その服、そう、今日だったの。
もう、せっかくなら私にも見せに来てくれればいいのに」
振り返ると、そこにはフローリアンの母親であり、母の守った存在である、王妃が花束を持って立っていた。
柔らかいウェーブの掛かった金髪、優しそうに細められた空色の瞳。
着ているのは、とても地味な服だ。
「王妃様」
「あら、お母さんと呼びなさいと何度も言ってるでしょう」
「いえ、城内ならともかくここは外ですから」
「もう、変なところばっかりヤヨイに似ていくわね、あなたは」
「恐縮です」
そんなハルカの横を通り過ぎ、王妃はかつての臣下が眠る墓へ花を供える。
祈りを捧げながら、王妃はハルカへ言った。
「先日の件、聞きましたよ。
フローリアンの愚行を止めてくれたとか、感謝します」
先日の夜会、王もそうだが王妃も他の客人の相手をしていたため現場を見ていなかった。
「勿体ないお言葉です。しかし、アグラット様に怪我をさせてしまいました。
私は母上と違い、まだまだです」
「……完璧になんて出来ないものよ。
むしろ、貴女がいてくれたからそれだけのことで済んだとも言える」
そこで、王妃は祈りを終えたのかハルカへ振り返った。
「でもね、これは本当は言っちゃいけないんだろうけど。
私は、貴女が護衛の仕事をすることに反対なの。
私の大事な親友の娘であり、私の娘でもある貴女が同じことになってしまわないか、とても心配なの。
だから、本当に危ない時は無茶はしないでね。
いくら王の命令とはいえ、大切な娘まで亡くすなんて、私、嫌なの」
そう言った王妃の顔は、危険に身を置く子供への心配で溢れている。
ハルカは彼女を安心させるために、微笑んだ。
「ありがとうございます。そんな風に言っていただけて私は幸せです」
その時の表情が、王妃の知る、墓の中で眠る親友のそれと瓜二つでとても悲しくなった。
「それでは、王妃様。行ってきます」
なんて言って去っていく娘を見送って、王妃は神に祈らずには居られなかった。
どうか、あの子をお守りください、と。




