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 アグラットが王に案内されたのは、城が建つ広大な敷地内。

 後宮の区画よりもさらに奥にある、離宮だった。

 かつては先代王妃が使用しており、現在は王妃ではなく、王妃を暗殺者から守り亡くなった第二妃が産んだ姫が住んでいる。

 第二妃は元々は王妃の護衛だったが、ほかならないその王妃の推薦によって側室に召し上げられた女性だ。

 そのため、王妃とは仲が良かった。

 王妃の命を救った功績を考慮して、遺された姫にはこの離宮が与えられたらしい。

 その離宮は、離宮というにはとても質素な建物だった。

 田舎にある、農家の家を彷彿とさせる。

 これは先代王妃が、こう言った家を好んだためだった。

 だからといって貧乏臭いかと言われれば、そんなことは決してない。

 よく掃除され、庭では様々な夏野菜が実り始めている。

 後宮の区画内にあるので、宰相が着いてくることが出来なかったため、アグラットは他ならない王とともにこの離宮を訪れた。

 

 「ハルカ様、ですか」


 「そう。アグラットやうちの馬鹿と同い年の十五歳。

 黒髪黒目を持っている」


 外見的特徴は一致している。

 ただし、髪の長さを除けばだが。


 「亡くなった母親が極東の島国の出で、王妃が若い頃にその腕を見込んで護衛にと迎えたと聞いている」


 王の説明はそれだけだった。

 もう少し詳しく説明するなら、王妃が中々懐妊せず側室をという話が持ち上がった。

 その時に、王妃が王へ自分の護衛を側室に推薦したのだ。

 理由は色々あった。

 例えば、第二妃が多産の家系だったこと。

 傍流とはいえ、それなりの家の出であったこと。

 知識や教養、立ち居振る舞いは王妃にも負けず劣らず、なによりこの国の女性には無い独特の美しさを持っていたこと。

 そして、他国との戦争の折には王妃と王への忠誠心を示すために何度も危険な仕事を引き受けてくれていた。

 決して裏切らず、必ず王族を守ってくれていたのだ。

 もちろん、出世を目論む貴族たちからは反対の声が上がったが、無理やり押さえ込んで彼女を側室に迎えたのだ。

 第二妃の懐妊が判明して、すこし遅れて王妃の方も懐妊したことがわかった。

 そうして産まれたのが、ハルカだった。

 それも、王子であるフローリアンよりも早く産まれた。

 なので、王子の姉になる。


 「五年前、第二妃、つまりハルカの母親が亡くなるまで、その母親にとても厳しく育てられたからかなんというかだいぶ変わった娘に育ってしまったんだ。

 アグラットは驚くだろうが、許してほしい」


 そう説明して、王はその家の扉を叩いた。

 すぐに、扉が開いた。

 出迎えてくれたのは、ハルカの召使い(メイド)だった。

 城で働く他のメイドが着ているものとは、デザインが違うメイド服を着ている。

 歳は、アグラットや元婚約者であったフローリアン王子よりも年上に見えた。

 この離宮で唯一のメイドらしい。


 「お待ちしておりました陛下。アグラット様。

 どうぞお入りください」

 

 恭しくメイドが頭を下げた。

 家の中も、とても質素だった。

 貴族の世界を知っているアグラットから見ても、とても質素だ。

 使用人の家、と言われれば信じてしまうことだろう。

 客間に通され、お茶を出される。

 その後、主人を呼びに召使いの少女が、家の奥へと消えていった。

 すぐに、この家の現在の主である姫がやってきた。

 腰まで伸びた艶やかな黒髪は馬のしっぽのように束ねられ、黒曜石のような瞳はまるで鏡のように、客人である父親とアグラットを映す。

 質素な家とは対照的に、着ているものは上等なワインレッドのワンピースだった。

 髪を束ねているリボンも同系色で、彼女の持つ黒とミスマッチにも見えるが、アグラットはとても良く似合っていると思った。


 「お久しぶりです。父上。

 姫様も、このような場所へよくおいで下さいました」

 

 メイドに椅子を引かれ、ハルカは腰を下ろす。

 アグラットの知る、王族や貴族の令嬢達とは雰囲気が違っていた。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。

 アグラットはハルカから目が離せなかった。

 

 (この方だ)


 アグラットはすぐにわかった。

 目の前にいる、自分とそう歳の変わらない少女が、あの日の警備兵だと。

 内心の呟きは、知らず声に出していた。


 「おじ様、この方です」

 

 陛下、とは呼ばずにアグラットはそう言った。

 まっすぐ、アグラットはハルカを見る。

 ハルカは、苦笑で返した。


 「この方が、あの日私を助けてくれた警備兵様です」


 お茶を主人に出した後、メイドが脇に控える。

 ハルカは、その紅茶を一口含んでゆっくりと飲む。

 そして、イタズラがバレた子供のような幼い笑顔を浮かべると、返した。


 「バレてしまいましたか」


 また一口、ハルカは紅茶を口にする。

 そして、言った。


 「これが世に言う、年貢の納め時というやつですか。

 あーあ、私も母上のように立派に散りたかった」


 アグラットはギョッとする。

 しかし、王は平然としていた。


 「先日の件で、我々がここに来たことは理解しているのか」


 「ええ、他に父上が訪れる理由が見当たりません。

 ましてや、姫様を同伴しているとなれば察しがつきます。

 あの馬鹿がいないのは腑に落ちませんが」


 馬鹿というのは、アグラットの元婚約者でありこの国の王子であるフローリアンのことだ。


 「まぁ、私の顔すら覚えていないおめでたいおツムだったようで、腹違いのこの姉のことすら忘れていたようですし。

 それを考慮すれば仕方ないのかな、とも思いますが」


 「彼奴は謹慎中だ」


 王は、どうしてハルカが王子として生まれなかったのか残念でならない。

 せめて、男であったならフローリアンを廃嫡してハルカを次の王に出来たのに、と考えてしまう。


 「当然です。そちらの姫様に手を挙げたのですから。

 私としては、あの馬鹿の望み通り姫様との婚約は無かったことにした方が良いと思います。

 破棄ではなく、白紙に戻すという意味ですが」


 どうやらハルカは、二人の婚約が解消されたことをまだ知らないようだった。

 それを伝えると、心の底から安堵した表情になった。


 「良かった。

 あんなDV男と一緒になったところで姫様が不幸になるだけです。

 とても安心しました。これで心置き無く処刑台に登ることができます」


 そしてまたそんな事を言った。


 「おいおい、アグラットを驚かせるような発言はそれくらいにしておきなさい」


 父親に言われ、ハルカはきょとんとする。


 「死刑宣告と執行を告に来たのでは無いのですか?」


 ハルカは不思議そうにそう訊ねた。


 「違う。どうしてお前はそう極端なんだ。

 アグラットを助けてくれた礼をしたいと思って、お前を探していたんだ。

 どうして名乗り出なかったんだ?」


 「どうしてって」


 ハルカは一度アグラットを見て、また父親へ視線を戻した。


 「適当な人が名乗り出て終わるかなと思って」


 はっきり言ってしまえば、面倒臭いことになるのは目に見えていたからだ。

 それを王は見抜いた。


 「めんどくさかったんだな」


 「そうともいいます」


 そんな親子の会話に、アグラットが口を挟んだ。

 

 「あ、あの!!」


 椅子から勢いよく立ち上がり、アグラットは座っているハルカへ歩み寄る。

 そして、ドレスの裾をつまみ頭を下げ、口を開いた。


 「ハルカ様、この度は、私を助けて下さりありがとうございました」


 するとハルカはハルカで、椅子から立ったかと思うと膝をつき、まるでアグラットに最初から仕えていた騎士のように頭を垂れた。


 「恐れ多いです。

 ご無事でなによりでした、姫様」


 大変絵になっている光景に、王が言葉を投げた。


 「そうそう、伝えたかったこともちゃんとあるぞ。

 ハルカ、お前をアグラットの護衛に任命する」


 アグラットが意味を理解し、目を丸くする。

 一方、ハルカは何を言われたのか一瞬理解できなくて、


 「はい?」


 実に間抜けな声を出したのだった。

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