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触れられるのも嫌な相手と結婚なんてまっぴらごめんですわ!

誰も言葉を発しない。

さっきまで泣いていた女の子たちも静かになった。

ときどきすすり声が聞こえてくるけれど。


アルは緊張からか硬直している。

アルは幼いころから父親である国王陛下に頭が上がらないのよね。


「アルノート、この騒ぎはなんだ?説明しなさい」


国王陛下の低い声が会場内に響き渡る。

アルは固まったままかと思いきや、なぜかパッと私を見た。


え…なに?

アルが私の方に歩いてくる…。

また私を悪者にするつもりなの?


「なにも問題ございません」


そう言って私の手を取るアル。

どういうこと!?

とっさに手を振り払おうとした私を理性が止めた。

今日、この卒業パーティーで私とアルの婚約発表を行うことを決めたのは国王陛下だ。

国王陛下の前で手を振り払うのは、王命に背くことになるかもしれないわ…。


「丁度皆の注目が集まっているところです。父上、私たちのことを報告してもよろしいでしょうか?」


ギョッとしてアルを凝視してしまった。

まさか…しれっと私と婚約発表してこの状況を誤魔化すつもり?

自分から婚約破棄を言い出したことを水に流せると思っているの?

嫌悪感でアルに握られた手が冷たくなるのがわかるわ…。


「アルノート様…」


私とアルだけに聞こえるような声でつぶやいたのはリリアだ。

アルは反射的にリリアを見る。


あの女…瞳を潤ませてアルを見つめてる…。

と思ったら、私たちの方に近寄ってきた。


リリアに寄り添うようルイザもやってくる。

何をするつもり…?


「申し訳ございません!」


リリアは再び床に突っ伏すように頭を下げた。


「やはりアルノート様にはジェリーナ様しかいませんよね。

アルノート様は博愛の御心で私に愛をささやいていてくれただけなのに、誤解して申し訳ございませんでした…!!」


「リリア…」


「リリア様、なにをおっしゃるの!?アルノート様は私にも求婚なさいましたわ!

身分も申し分ないと、本気で考えて欲しいと言われたんですのよ!」


「な、なにを!?僕はそんなこと一言も言っていない!」


「もちろん、ジェリーナ様がいらっしゃるから、恐れ多くてもお断りさせていただきましたわ!

リリア様だって、ずっとジェリーナ様がいらっしゃると訴えておられたではないですか!」


「だから何のことだ!?」


な、なにが行われているの?

私の目の前でアル、ルイザ、リリアが問答を始めた。


「リリア様から相談されたとき、心底驚きましたわ!

求婚は私だけがされていると思っていましたから。

だからこそ、リリア様が勇気を出して打ち明けてくださったことに感謝しているんですの。

ジェリーナ様がいらっしゃるのに、どうしてアルノート様から求婚されたと他人に相談できましょう!

リリア様、私に打ち明けてくださってありがとうございます。

アルノート様が多くの令嬢に求婚していた事実を知ることができましたわ!」


「嘘だ!ルイザ=フェルナンド!私を侮辱するのか!」


ルイザに迫ろうとしたアルを、カルシスが間に入って阻止した。


「アルノート様でも私の妹に手を上げることは見過ごせません」


静かにアルを見据えるカルシス。

国王陛下と王妃陛下は何も言わずにこのやりとりをずっと見ている。


「今泣いておられる令嬢たちも、アルノート様から求婚されたのではないですか?

本気にして信じて裏切られても、アルノート様に何も言えずに泣いていらっしゃるのでしょう?」


取り巻く周囲を見渡して、ルイザは劇場の女優のように朗々と発言した。


「そうですわ…。信じてって言われましたわ…!」


「私も…今だけじゃない。これからも一緒って言われましたわ…」


「結婚や婚約という言葉はなかったけど、私のことを愛してくださったと思っていましたのに…」


それに応えるように、泣いていた令嬢たちがアルからの求愛を訴え始めた。

もちろん、今日の出席者の多くは卒業生で、両親も来ている。

大切な娘が王子の戯れに巻き込まれたことを知り、表情をこわばらせている。

さすがにアルは何も言えなくなってしまったみたい…。


「最近のアルノート様はジェリーナ様と距離をとっていらっしゃるし、冷たく対応されているので、言葉を信じてしまいましたの」


そう言ったルイザは私に視線を向けた。

カルシスも私を見ている。

どうして私を見るの!?


ジェリーナ様がなさりたいように。


2人の目がそう物語っている。

もう…この兄妹は…。


「そんなことない。ジェリーナとの仲はずっと良好だ。そうだよな。ジェリーナ」


この期に及んで、アルは私にすがろうとしているみたい。

どうして私がいつまでも味方でいると思うのだろう…。

あなたが先に私を拒絶したのに。

強い怒りの感情が湧いてきた。


「冷酷で傲慢で酷い女だ。軽蔑するとおっしゃったのはアルノート様ですよね?」


「なんのことだ?」


まだしらばっくれるつもりなのね。

しかも語彙力がなくて発言がワンパターンだわ。

これで外国との交渉ができるのかしら…。

もう私には関係ないことだけど…。


…と言い切れない自分が本当に嫌になる。


「ジェリーナまで嘘をつき、僕を欺こうとするのか」


次から次へと嘘を言っているのは誰?

大きなため息が漏れた。

そんな私にアルはますます機嫌を損ねたようだ。


「王命には当然従います」


アルと会話をするのが苦痛で、結論だけを述べる私。

あなたに愛はないけれど、王妃としての役目は義務として果たすしかない。

私の立場で選べる選択肢はそれだけなのだから…。


「それでこそ私が見込んだ人材だ」


今まで一言も発せず事の成り行きを見ていた国王陛下が口を開いた。


「混乱した状況でも冷静さを失わず、多弁にならず、必要なことだけを的確に判断して発言する、さすがジェリーナだな」


私は恐れ多くて頭を下げた。

ああ…私の人生終わりましたわ…。

愛のない結婚生活を送りながら、国のために奉仕することになるのですね…。

結局、私は自分の意思より王命を優先するんですわ…。


「国王陛下、発言をお許しください」


全てを諦めようとした私の隣にお父様が現れた。


「許そう」


「ありがとうございます」


お父様は深々と頭を下げた後に発言を続けた。


「娘の気持ちを今一度聞きたいのです。よろしいでしょうか?」


頷く国王陛下。


「ジェリーナ、何があったか詳しいことはわからないが、今とても傷ついているのではないか?」


あ…。


お父様の言葉を聞いて、また涙が溢れてきた…。

私、すごく傷ついていたの…。

両手で顔を覆い、泣くのを必死で我慢しようとしているのに、涙はどんどん溢れてくる。


「このままでいいのか?」


お父様は私の肩を優しく抱きながら聞いてくれた。

私はゆるゆると首を横に振る。


「アルノート様になにか言いたいことはあるか?」


言いたいこと…。

どうせ言ってもアルは聞き入れない。

また「なんのことだ」としらばっくれるかもしれない。


それでも、お父様が与えてくれたこの場で言いたいことがある。

私は泣きながらアルを見た。

アルはとても居心地が悪そうに佇んでいる。


「私、あなたのこと、もう完全に信じられません…」


嗚咽しながら、それでも伝えて差し上げますわ!


「こんなに酷い仕打ちをされて…うっ…心身に拒否反応が出そうです…。

うう…それでも、王命とあれば従いますし…ぎ…義務はしっかり果たし…ます…。

ただ…ぐずん…触れられるのもおぞましいので…うう…アルノート様もそのおつもりでいてくださいませ…!!」


王妃の役割の1つのことを考えると吐いてしまいそう…。

ああ…一度嫌いになった男性に対して、こんなにも拒否反応が出るものなのね。


「国王陛下…どうかご慈悲をお願いいたします…」


「ジェリーナ様!なんておかわいそうなの…!!」


ルイザも私の元へやってきた。

カルシスは私たちとアルの間に入っている。


「私も黙っているわけには参りませんな」


さらにルイザの父、フェルナンド当主もやってきた。


「王子、私の娘にまで手を出したというのは本当ですか?」


「嘘だ!ルイザには何もしていない!」


「アルノート様…ひどすぎます…」


ルイザまで泣き始める。

完全に女性関係にだらしない王太子のレッテルが張られてしまったアル。


「ふむ…。わかった。

私の息子が何人もの令嬢に礼儀を守らない行為をしていたようだ。

父親として責任を取ろう。

後で使いの者を出すから事情を話して欲しい」


国王陛下は私たち令嬢の発言を信じてくれたみたい。

冷静で聡明なお方で本当に良かった…。

それとも、お父様やフェルナンド当主まで出てきたから、国王陛下も黙殺できなかったのかしら…。


国王陛下は場の雰囲気を変えるように、大きく2回手を叩いた。


「さあ、この話はこれで終わりにしよう。

皆、引き続き卒業パーティーを楽しんでくれ。

アル、お客様への挨拶があるだろうから一緒にきなさい」


「…はい…」


国王陛下に呼ばれて行かないわけにはいかず、アルは暗い表情で後に続いた。


え…と…。

もしかして…婚約発表はなしになった…のかしら…???


「良かったなジェリーナ。陛下はアルノート様との婚約を考え直してくれるようだ」


お父様にそう言われて、私はようやく事態を理解した。


「今まで辛い思いをしていたことに気づかず、すまなかった」


「お父様…」


見上げるとお父様も泣いていた。


「私、アルと結婚しなくていいの…?」


大きく頷くお父様。


「まだ確定ではないが、きっと陛下は最大の配慮をしてくださるだろう。

さすがにユーヴィスとフェルナンド、両家を蔑ろにするような決断をなさるお方ではない。

王太子妃選びは振り出しに戻ると思う。

もしかしたら、外交のために他国から王妃候補を呼ぶかもしれないな」


「ほん…とう…ですの…」


「大丈夫。私がそうなるように陛下を説得してみせるよ」


「お父様!」


私は嬉しくてお父様に抱き着いてしまった。

アルと結婚しなくていいのね!

嬉しすぎますわ!!!

あんな男に抱かれるなんて、本当は絶対絶対嫌だったんですもの!!!

尻拭いをするのも、もううんざりですわ!


ホッとしたら、さらに涙が出てきて、もう顔がぐしゃぐしゃ…。

そんな私を優しく受け止めてくれるお父様。


少し落ち着いて周りを見渡すと、いつの間にかリリアは姿を消していた。

泣いていた令嬢たちもそれぞれの親に慰められながら、落ち着きを取り戻している。

国王陛下がどういう形で責任を取るのかわからないけれど、おそらく示談金や良い縁談の紹介などで解決するのだろう。


―――――――――――――


卒業パーティーの次の日「アルノート様から求婚された話、実は嘘でした」とルイザから打ち明けられた。

泣いている私を見たルイザは、どうにかして助けたいと咄嗟に打開策を考え、カルシスに助けを求めたらしい。


なお、泣いていた令嬢たちは本当にアルに遊ばれてしまったとのこと。

彼女たちのような被害者がいることは知っていても、被害者が誰なのかわからなかったルイザは、あぶり出すために自分が餌になったと言っていた。

ルイザのように地位の高い令嬢が暴露すれば、立場が弱い令嬢たちも自分の被害を言いやすくなるだろうと。


「思っていた以上に人数が多くて驚きましたけど」


そう言ってルイザは笑った。


「ルイザ様、この度は本当にありがとうございました」


「ジェリーナ様、今のご気分はどうですか?」


ルイザに聞かれて、私は即答できなかった。


「う~ん…、アルと婚約が白紙になったのは嬉しいけれど…。

今まで王妃になることだけを考えて努力してきたから、これからどうすればいいのか悩んでしまいますわ。

私、なにをすればいいのでしょう?」


今の状態を燃え尽き症候群と言うのかもしれないわね。


「ゆっくり考えればいいじゃないですか。お暇なら、こうして私とまたお茶をしてくださいませ」


すてきな笑顔を私に見せてくれるルイザ。


「実は、ジェリーナ様ともっと親しくなりたいと思っていましたの。

でもいつも忙しそうで、お邪魔してはいけないと思って声をかけられなかったんですわ。

これから、もっと私と仲良くしてくださいジェリーナ様」


ルイザの言葉が胸にしみる。


「とても嬉しいですわ。ルイザ様ありがとうございます。

では、次は私の好きなお店のケーキを取り寄せましょう。

フルーツがたっぷり載っていて、甘さ控えめで、あまり罪悪感なくたくさん食べられるんですの」


「それはすてきな提案ですね!」


「それから、ルイザ様にお礼の品を贈りたいですわ。

また別の日に、一緒にブティックに行きませんか?」


「お礼の品なんて、とんでもないことでございますわ。

ですが、一緒にブティックは絶対楽しいので、ぜひご一緒させてください」


ああ…なんて楽しいの…!

今まで社交のために令嬢と交流していたけど、こんなふうにただ楽しいことだけを一緒にする友達はいなかった。

友達がこんなにすばらしい存在だったなんて!


「ルイザ様、もう一度さっきの質問してくださる?」


「さっきの?ああ…今のご気分はどうですか?」


「最高に楽しいですわ!」


私も最高の笑顔をルイザに返した。

もうちょっとだけ続きます。

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