ド真面目女にも言ってやりたいことがあるんですけど!
「うわーーーーー!!!」
耐えかねて私は大声を上げた。
アホ王子が怯んだ隙に腕を振り払い距離をとる。
「だーかーら!人の話を聞けぃ!!!」
「「「え???」」」
アホ王子、ブライ様、ジェリーナ様の声が見事にハモった。
ああもう知らん!
どうにでもなれ!
「私、マジであなたと結婚する気ないですから!」
ビシィッ!とアホ王子を指さしてやる。
遠回しに言っても無駄だ。
アホ王子には一生通じない!
「最初から言ってるじゃないですか!
私に王妃なんか無理って、ずーっと最初から!
それなのに、アルノート様は『大丈夫』『心配いらない』しか言わないし。
具体的に何がどう大丈夫で心配ないのか、一切説明なし!
単なる気休めしか言わないって、どんだけ無策なんですか!?」
「リ、リリア…?」
アホ王子は豹変した私に呆然としている。
言ってやる。もう全部言ってやる!
「そもそも、私あなたのことひとっ欠片も好きじゃないし!
勝手に勘違いされてマジ迷惑なんですけど!」
「なんだって!?」
「なんですって!?」
今度はアホ王子とジェリーナ様の声がハモる。
「ずーっと断ってきたのに、結構ストレートに断ってきたのに、全然通じないどころか曲解されて、本当に勘弁してくださいって感じですよ!
第一王位継承者で誰もが認める由緒正しい家柄の優秀な婚約者がいるのに、略奪しようとする女がいたら、そーとーヤバいでしょソイツは!」
自分の立場弁えず勝手に婚約破棄するアホ王子が一番ヤバイ!
というセリフはさすがに飲み込む私。
まだ少し理性が残っているようだ。
「え?え?ええ!?」
「あ、ここにいる皆さん、状況を把握してませんよね?
みんな私がアルノート様にアプローチして、ジェリーナ様から略奪しようと企んでると思ってるんでしょう?
違う!ぜんっぜん違いますから!」
「ち、違うって、何が違うんですの…?」
ジェリーナ様も大困惑。
同じ女性なのに、私の気持ち全然理解してくれないんだろうか…。
この人、真面目なだけで実は結構人の気持ちがわからない人だよなぁ…。
「だーかーら!私は最初からアルノート様なんて狙ってないんです!
この学園には両親の見栄で入学させられて、しかも『家系のために地位の高い男性を掴まえてきなさい』とか言われたけど、私、最初からそういうこと全然求めてませんから!
ド田舎の領主の娘と縁談を結ぼうとする都会で地位の高い貴族がいるはずないじゃないですか。
妙な動きしたら、すぐ『あいつ地位目当てだぜ』って後ろ指刺されることくらい、誰でもわかるっつーの!
それなのに、一足飛びにこの国の王子にアプローチする女がいるとしたら、どんだけ神経図太いんですか。
っつーか、ヤバイでしょそんな人!
恋愛小説あるあるだけど、リアルに起きたらカオスでしょ!」
段々ジェリーナ様にも腹が立ってきて、ズズズイッと迫ってしまった。
「だから、目立たないように必死に影を薄くして、平和な学園生活を送ってきたんですよ。
髪型もドレスも地味にして、隅っこの方でひっそり過ごしてきました。
それなのに、なぜかアルノート様に目をつけられてしまって、マジ焦りましたよ」
「あなた…何を言っているの…?」
はぁ!?
わからないの!?
こんなにド直球に説明しているのにわからないの???
「ジェリーナ様のために、率直に事態を説明します。
地味に生きてきた私にアルノート様が勝手に惚れてしまい、妄想勘違い暴走してジェリーナ様と婚約破棄して私と結婚するって勝手に言い出してるだけなんです!」
あ、ストレート過ぎたかも…。
ジェリーナ様フリーズしちゃった…。
「待ってくれリリア!それはどういうことだ!?」
アホ王子が吠える。
うるさい。
「そーいうことです!
最初から言ってるじゃないですか。『とんでもございません』『滅相もございません』『アルノート様にはジェリーナ様がいらっしゃいます』『恐れ多いです』って!」
「それは君がジェリーナに気を遣っているからじゃ…」
まだ言うか!
「違います!」
「じゃあ、どうして『嫌だ』と言ってくれなかったんだ…」
あーー!もーやだ!
これだから特権階級は嫌だ!
下級の立場がどんなものかなんて、考えもしないんだなーこれが!
「言えます!?言えるわけないじゃないですか!
私はド田舎領主の娘ですよ!王族のアルノート様から何かいわれたら、問答無用で二つ返事で応じなきゃならない立場ですよ!?絶対服従的地位の差があるんですよ!
自分が誰を好きとか関係なく、求められたのに応じず逆らったら、怒りを買って何されるかわからないじゃないですか!
アルノート様の一言で、うちの家なんて吹っ飛ぶ程度の位でしかありませんから!
だから、嫌と言えず、必死に別の言葉でなんとかこの事態を穏便に回避しようとずーっとずっと頑張っていたんです。
全然通じませんでしたけど!」
「そ、そんな…」
そんな…じゃないっつーの!
ってか、泣きそうになってない?
泣きたいのは私の方だよ!
「リリア様。ウルティナ国の第一王位継承者に対して、そのような発言をして許されていると思っているのですか?侮辱罪に当たりますよ」
出たよ。
そうだよね。わかってるわかってるよ。
普通に考えれば侮辱罪で牢獄入り。
もうやけっぱちだよ。
「あーあー、そういうところですよ!」
「そういうところって、何がですか?」
うっわー!
超エラそうな顔して、私に圧力かけてきたぞー!
この人も、何も気付いてないんだな。
自分の中にもアホ王子を迷走させる原因があることに気付いてない!
「その、理路整然と正論を振り下ろすところ!
それが自分の役目だと言わんばかりの上から目線!
ついでに言うなら、努力で自分を正当化する姿勢!
そんなだから、アルノート様にそっぽ向かれるんですよ!」
「な、なんですって…!私にそんなつもりはございませんわ」
「じゃあ、どんなつもりなんですか?」
「答える義務はありませんけど、教えて差し上げますわ。
私はあなたには想像できない程、日々勉強に尽力しておりましたの。
努力の正当化ではなく、努力の積み重ねによる当然の結果です。
アルの伴侶となって、この国を支えるべき者の義務として、血のにじむ努力を続けてまいりましたわ。
上から目線ではなく、ただ事実を述べているだけです」
ほらやっぱり。
この人本気でわかってない。
自分の態度がアホ王子をどんなに追い詰めていたか。
このカップル、結局どっちもどっちなのか…。
あまりの救えなさに絶句してしまった。
「あなたは私のように努力をしたことがありまして?
いきなりキレるとは、なんて野蛮なのでしょう。
そのような姿勢で何を言っても、心に響きませんわ」
勝ち誇った笑みを浮かべるド真面目女。
ダメだこりゃ。
「はぁ…」
大きなため息をつくと、ジェリーナ様の表情が一変する。
「努力って、言われたことをやっていただけじゃないですか。
それってまるっきりの受け身ですよね?
それとも、能動的な努力をしたんですか?
そもそも、ジェリーナ様はアルノート様を愛しているんですか?
さっきから、義務とか努力とか、そんなんばっかり。
どこまでプライド高いんですか?」
素朴な感想と疑問をぶつけてみた。
ジェリーナ様を怒らせることはわかっている。
わかっているけど、それでも言わずにはおれない。
「あなたにそんなことを言われる筋合いはありません。
それに、アルを愛しているからこそ、私は努力を続けてきたのです」
ほら、怒った。
でも、私の口はもう止まらない。
「愛しているなら、なんで簡単に婚約破棄を受け入れるんですか?
そもそも、本当にこの国の上に立つ使命を持っているなら、なんとしてもこの危機を乗り越えるべきですよね?
私みたいな田舎のアホ女が王妃になったら、この国終わりだと思いません?
私は思います!!!」
結局アホ王子もド真面目女も、国の上に立つ者の義務を軽んじているんだ。
自分の欲望とプライドを守ることに必死な人たち。
それに振り回され、自分の感情を押し殺して付き合わされてきた私の身にもなれ!
ここで婚約破棄するのは、どう考えても国のためにならないんだから、いい加減自分たちの役割を思い出してくれ!
何より私のために婚約破棄しないでくれ…。
「こんな酷い扱いを受けて、なぜ私が乗り越える努力をしなければならないのですか!?
私にも心があります。
一方的に婚約破棄を言い渡されて、立ち向かえるほど図太い神経しておりませんわ!」
もうやだ!
やっぱり自分のプライドが一番の人なんだ。
当然だけど、私の立場なんて考えてくれるはずもない。
心なら私にだってあるのに。
「それって、プライドが高いだけじゃないですか。
国の安泰より自分のプライドを守るんですか?
そのプライドの高さがビンビンに伝わってくるから、アルノート様が癒しを求めて私みたいな徹底的下級女の元に逃げ込んでくるんですよ」
「徹底的下級って…」
あ、アホ王子が反応した。
おまえが一番わかってないわ。
「そうですよね?アルノート様。
私は自分の立場をわきまえなきゃならない立場ですから、今までアルノート様に何ひとつ逆らうことなく、常に笑顔で接してきました。
だって、対等じゃないから、怒りを買うのが恐くてそうするしかなかったんです。
その中で、何としても婚約破棄の流れを変えたくて頑張ってきたんですけど。
アルノート様はそんなことには一切気付かず、愚痴や不満を私に聞かせて発散していたんですよね。
ジェリーナ様に言ったら、今みたいに努力と根性論を語られた上にお説教ですもの。
言えるはずないですよね」
私はわかってたよ。
なんだかんだ言いつつ、アホ王子は常に私を下に見ていたこと。
自分より圧倒的弱者だから、安心して弱音を吐いて自分の好きなように解釈して、思い通りにしようとしていたんだ。
「リリアを不満のはけ口にしていたわけじゃない…」
私にとっては、不満のはけ口そのものだったよ。
アホ王子も国を背負うために努力していたのは知ってたから、ほんの少しだけ同情したけど、それが良くなかったのかもしれない。
愚痴、不平不満のオンパレード。
きっと今まで吐き出せなかったんだろうね。
積もり積もったものを吐かれて、私も辛かった。
求愛されてからは毎日が地獄。
だから、もう終わりにして!
「アルノート様も大変だなって思ってましたから、私も同情したし話は聞きましたけど、でも、それだけなんです。
もう一度キッパリ言わせていただきますが、アルノート様に恋愛感情はありません。
皆無。ゼロです。ごめんなさい。申し訳ないです。本当に。見逃してください…」
マジでお願いします…。
私を許して解放してください…。