呪いのビデオを手に入れたので、とりあえず合わせ鏡と組み合わせてみた
とある空き倉庫に、20代くらいに見える2人の男が立っていた。
ガランとした空き倉庫には、2人の男の他に、今となってはほとんど見かけなくなったビデオデッキと小さなテレビがあり、その電源コードは長い延長コードによって倉庫の入り口から外へと伸びていた。
「それじゃあ、再生するぞ」
「ああ」
相棒が頷くのを確認して、男の1人がバッグから1本のビデオテープを取り出す。
一見なんの変哲もないこのビデオテープは、その実「見たらテレビ画面から女の霊が出てきて呪われる」という噂のある、呪いのビデオテープだった。
見る者が見れば一目で危険だと分かるそのテープを、男は知ってか知らずかビデオデッキに投入し、テレビの画面を切り替えると、そのままビデオの再生ボタンを押そうとする。
「待った」
と、そこで背後に立つもう1人の男が制止の声を上げた。
そして、怪訝そうな顔で振り返る相棒に言った。
「このまま再生してもつまんないから、画面の前に鏡置いてみようぜ」
「なるほど」
* * * * * * *
30分後、小さなテレビの前には、それよりも少し大きな鏡が向かい合わせに置かれていた。
「それじゃあ、今度こそ再生するぞ」
「ああ」
男が再生ボタンを押すと、不自然な砂嵐の後にパッと画面が切り替わり、長い黒髪で顔を隠した女性が、画面に向かってじりじりと近付いて来た。
2人の男がそれぞれ左右から覗き込む中、まず出て来たのは両手の指だった。
生白くボロボロに肌荒れした10本の指が、何かを探すように空を掻き、次の瞬間ガシッと画面の縁を掴む。
そして、その指がググッとたわんだかと思うと、遂に女の頭がズズズズズッと画面から飛び出してきて──
ゴッ!
『『アッ!!』』
同じように鏡から出て来たもう1つの頭と正面衝突し、同時に歪な悲鳴を上げた。
画面の縁を掴んでいた手をパッと放して頭頂部を押さえると、同じように引っ込んでいく。
「「……」」
そして、2人の男が見守る前でまた同時に画面から出ようとして……無言で顔を見合わせた。
テレビの中から女が出ようとする。同時に鏡の中の女も出ようとする。顔を見合わせる。
「今だ!」とばかりに鏡の中から女が出ようとする。同時にテレビの中の女も出ようとする。顔を見合わせる。
そのまま代わり映えのしない静かな攻防を数分間続けた後、遂に2人の女はそれぞれ画面と鏡から伸ばした両手をガッチリ組み合わせると、手四つの状態でギギギギッと押し合い始めた。
しかし、腕力が拮抗しているようで全く決着がつかず、とうとう頭も出すと、髪で隠れたおでこ同士で激しく押し合い始めた。
「私が先に出るのよ!」「何言ってんのよ、私よ!」という声が聞こえてきそうな女同士の熾烈な争い。だが、やはり決着はつかない。
「すまん、ちょっと飲み物取ってくれ」
「缶コーヒーでいいか?」
「ん、サンキュ」
最初の方こそ固唾を飲んで見守っていた男達も、段々と退屈し始めた。
足を崩して缶コーヒーを飲み始めた2人の前で、ようやく腕力勝負では決着がつかないと気付いたらしい2人の女が、今度はじゃんけんを始めたが……悲しいかな、やはり同じ手しか出さないので、これまた決着がつかない。
しかし、男達が片手でスマホをいじり出したところで、遂に状況が動いた。
なんと、鏡の中の女が指を伸ばし、テレビの電源スイッチを押したのだ。
同じようにテレビの中の女も指を伸ばすが、その指は鏡の固い表面に触れるだけ。
なんという奇策。テレビには電源スイッチがあるが、鏡にはない。その2つの違いを利用した、鏡の中の女の完璧な作戦勝ち。
鏡の中の女の口元に、ニヤリとした勝利の笑みが浮かび……次の瞬間、テレビ画面が切れると同時に鏡の中の女も消えた。
テレビの中の女が消えれば、その鏡像である鏡の中の女も消えるのは当然のことである。むしろなぜ勝ち誇っていたのか。アホ丸出しである。
「……」
「……」
「……あぁ~~なんと言うか、俺が思うに鏡をテレビに近付け過ぎたのが失敗の原因だと思う」
「うん、俺もそんな気はしてた」
「という訳で、もう少し鏡を離してもう一度……」
「待った」
「今度はなんだよ?」
「せっかくだからもう1枚鏡を用意して、合わせ鏡にしてやってみようぜ。さっきみたいに鏡の中の女も出てくるなら、合わせ鏡にすれば無限増殖するかもしれん」
「お前天才かよ。いや、でもそんなテレビゲームのバグ技みたいな……流石に無理だろ」
「ま、物は試しってことで」
* * * * * * *
30分後、テレビの前後には向かい合うように大きな姿見が用意されていた。
先程の反省を活かしてテレビから十分な距離を取りつつ、テレビの後ろ側の鏡にもテレビ画面が映るよう、慎重に角度と位置を調整し、満を持して再びビデオを再生する。
すると、今度はケンカすることなく、順調にテレビの中と鏡の中から同時に3人の女が這い出してきた。
それだけではない。女が完全に這い出し、倉庫の地面に降り立った数秒後、また新たな女達が次々と鏡から這い出して来る。
「うぅ~っわ、完全に無限増殖バグじゃん」
「マジかよ……こんな簡単に呪い増やせんの? この程度のバグ対策はきちんとやっとけよなぁ製作者」
「……ん? なんだあれ。なんか、あの女だけちょっと他と違わないか?」
「ホントだ。なんか他の個体より呪いが強めなような……あっ、そう言えば、合わせ鏡の何枚目かに自分の死に顔が映るとかいう都市伝説があったな。もしかしてそれか?」
「あぁ~なんか聞いたことあんな。ということは、合わせ鏡の無限増殖バグを用いた場合にのみ出現するレアキャラってことか?」
「極稀に出現する色違いキャラみたいに言うなよ……まあ、似たようなもんか」
無限に増え続ける女達を前にしても、2人の男に緊張感はない。
そして、とうとう20人近くまで増えた女達が、不意にギギギっと男達の方を向いた、次の瞬間。
『『『『『ヴア゛ア゛アァァァーーー!!!』』』』』
一斉に、男達に向かって襲い掛かって来た。
「あぁ~~……うん、まあもういっか。面白いもん見れたし」
「そだな。チャチャッと片付けるか」
男達はそう呟くと、数珠を持った右手をそれぞれ前に突き出し──
「「喝!!!」」
そう叫んだ瞬間、男達の背後から不可視の光が放たれた。
『『『『『ギィヤァァァーーーーー!!!!』』』』』
途端、襲い掛かって来ていた21人の女達が一瞬にして掻き消え、最後にトドメとばかりにビデオデッキの中でボンッという軽い爆発音が響いた。
そして、沈黙。
一瞬にして合わせ鏡によって増幅されたビデオの呪いを祓った2人の男は、何事もなかったかのように数珠をしまうと、虚空に視線を向けた。
「うおっ、マジかよ。今のでレベルが3つも上がったぞ」
「呪いのビデオ、経験値ボロいなぁ。こんなことならもうちょっと増えるまで待てばよかった」
「それな~。マジで無限増殖バグじゃん」
「今度似たようなの見付けたら、100体くらいまで増やしてから祓おうぜ。……っていうか、あらかじめ周りに結界を張っといたらどうなるんだろうな。過密状態が極まって融合したりすんのか?」
「セルフ集合霊? 面白そうだな。よっしゃ、今度はそれを……ん?」
「どした?」
「いや……考えてみたら、鏡の中から出て来た女と画面から出て来た女がぶつかるのはおかしくないか? 普通ぶつかるとしたら鏡の表面だろ」
「え? ……ああ、言われてみれば確かに。うわっ、もしかしてこれが意味が分かると怖い話ってやつか?」
「かもな。まっ、もう消しちゃったからどうなってたのかは確かめようがないが……まあいいか」
「そだな。さてと、さっさと撤収しようぜ。腹減ったよ俺」
「この近くに美味いラーメン屋さんあるらしいから、そこ寄ってくか?」
「さんせ~い」
そうして、2人の男はテレビや鏡を全部車に詰め込むと、空き倉庫を後にした。
後日、この空き倉庫が「解せぬ」という血文字が21個ほど出現する心霊スポットとして有名になるのだが、それはまた別のお話。