プロローグ
映画に触発されて書き始めました!パクリではないです!(映画見てないので)
「りょうちん、帰ろうぜ」
そう声を掛けられて振りむくと、恵一が窓から顔を覗かせた。
チャイムがホームルーム終了の合図を知らせると、担任が仕方ないなという風にシメの合図をした。
「きりーつ、れーい、ちゃくせーき」
ルーチンの挨拶が終わり、自由解散となる。
俺が準備をするから少し待つように伝えると恵一は「オッケー!」と指で丸を作った。
そこに担任が近づいて来る。
「大蔵、ホームルーム中は声をかけるんじゃない」
大蔵 恵一は一年生の頃からの付き合いで、今でも一緒に下校するくらいの仲良しだ。
お互いりょうちん、けいちんと呼び合っている。
活発な性格で人当りも良く、多分モテる。
でもそういった話はぜんぜん聞かないな。
「ごめーん、クマちゃん先生」
この熊は……じゃない熊のような大男はウチのクラスの担任教師、通称クマちゃん先生。
柔道部の顧問であり、ごつい。
しかし温厚な性格で、生徒からは愛称でクマちゃん先生と呼ばれている。
その由来が見た目からなのか、熊谷という苗字からなのかは謎である。(多分両方だ)
「まあいい、あまりはしゃぎ過ぎずに、気を付けて帰るんだぞ」
そう言い残し、教材片手にその場を後にした。
「はーい」
恵一が気の無い返事をして、俺の帰り支度が終わる。
そして教室を見回し、立花 史郎に声をかけた。
「史郎、お前どうする」
「お、悪いね、今日はデートなんだ」
史郎の返事はつれないものであった。
史郎はいわゆる二枚目であり、よく気が利くタイプの人物だ。
当然俺なんかと違って大層モテる。羨ましい限りだ。
「友情より色気かー」と恵一からも非難が上がる。
「どう、チカちゃんとは上手くいってるの」
「んー、今日はサユリちゃんー」
この女たらしめ!と思いつつも憎めないキャラクターである。
恵一もあきれ顔であろう、大きな溜息が漏れ聞こえた。
「また誘ってくれよ!」と言い残しさっさと行ってしまう。
じゃあ仕方ない帰るかというところで突然、ガッと肩を組まれた。
「おいおい俺を置いて行く気かよー」
この無駄にボディタッチが多い奴は荻原 文雄、陸上部所属の色黒男子である。
運動神経は良いが不器用という典型的なおバカキャラで、性格もバカが付くくらい明るい。
これで見た目が良ければモテるんだろうが、芋っぽいニキビ面なのでそういう話は全くない。
俺の気持ちを一番分かってくれるのはこいつかもしれないな。
いやバカだから分からないか?
とにかく、気の置けない仲間といった感じで一緒にいて楽な奴だ。
「お前は放っておいても来るだろうがよ」
「むふふ、わかっておるなコイツ~」
とか何とか言いながら頭をぐりぐり擦り付けて来る。
止めろ今日は体育があったんだぞ汗臭い。運動部の新陳代謝舐めるな。ただでさえお前の坊主頭のぐりぐりは痛いんだ。
「えーい鬱陶しい!さっさと帰るぞ!」
はははと笑いが上がる。
その声も放課後の喧騒に紛れて、俺たちの時間といった感じだ。
「俺もぐりぐりしていい?」
「なぜけいちんが便乗する?」
等とバカ話をしつつ教室を出ると、バッタリと清水 守孝と鉢合わせした。
「守孝……」
「……なんだ?」
……いや、何か用ってわけじゃないんだが突然幼馴染に出くわして思わず名前呼んじゃった感じなんだが、同じ高校ながら一度も同じクラスにならず疎遠になった相手に対して何と声をかけたものか。
「げ、元気?」
「……普通かな」
気まずい。
「ひ、久しぶりだね」
「……そうだな、先週の選択授業以来だ」
守孝は眼鏡をクイと上げ「いや昨日すれ違ったか、ならば別に久しぶりでは、しかし特に挨拶もしなかったし……」とぶつぶつ言っている。正直ちょっと面倒くさい。
「一緒に帰る?」
そんな事を言い出したのはバカ……じゃない文雄だ。余計な事言いやがって!
そして「え?」と思わず声を出したのは恵一だった。
「……僕が一緒に帰ると何か問題でも?」
普段関りがない無い相手と一緒に下校する提案に対する恵一の反応も分かる。
一緒に下校したくないような反応に見えてしまった守孝の反応も分かる。
突然変な事を言いだした文雄の反応は分からん。
もはや引くに引けない状況なので、四人で一緒に下校することとなった。
通学路を歩く。
恵一や文雄と一緒に下校する事が多いのは、途中まで同じ道だという所が大きい。
そういった他愛もない事で仲良くなったりするものである。
守孝と幼馴染なのは家が向かいという理由なので、家の前まで一緒だ。
他愛もない事で幼馴染になり、他愛も無い事では友情は続かなかったりするものなのだろう。
「俺、荻原 文雄、よろしく」
責任を感じてか、緊張した無言の空気に我慢が出来なかったのか、文雄が口火を切る。
「……清水 守孝」
守孝は警戒しているようだ。
俺以外はほぼ初対面だから無理もない。
「君たち、いつも一緒に下校してるの」
「俺はー、部活無い時はいつも一緒ー!」
守孝の質問に対し文雄はまたガバっと肩を組み、行動と言葉で示す。
「俺はほとんど毎日りょうちんと一緒!」
対抗するように恵一も肩を組んで来た。なぜ便乗する……
「えーい暑苦しい!」
俺は二人をひっぺがすと「騒がしい奴らなんだよ」と弁明した。
守孝はジトっとした目でこちらを見ると、眼鏡をクイと上げ「賑やかで羨ましいよ」と言った。
何だか距離を感じる。というか実際並んで歩いているのに守孝だけ距離がある。
昔はいつも一緒に遊んでいたのに、なんだか寂しいな。
いつからこうなってしまったんだっけ……
「あれ、お前らもしかして仲悪いの?」
文雄は空気を読まない。
「別に悪くはないよ、家も近いし」
俺がそう言うと「ただの幼馴染だよ」と守孝。
そう、ただの……ただの幼馴染だ。
頭の中で反芻して、少し悲しくなった。
幼馴染ってもっとこう、強い繋がりみたいな、絆みたいなものがあるんだと思っていた。
それは俺だけなんだろうか。
「幼馴染って言っても男だからなあ、女だったらもしかして色々あったかも」
だからかもしれない。俺は少しおどけてみせた。
「なんだよ亮二、お前、僕が女だったら良かったって言うのか」
そんなつもりはなかった。もちろん守孝はそのままで良い。ただ、以前のように仲良くなれたらとは思っている。
「まさかのラブコメ展開かー?」
「さすがに夢見過ぎだろ、現実見ろ」
二人が乗ってくれた、笑い話になりそうだ。
「悪かったな、女じゃなくて」
はははと笑う。
「すねるなよー」と茶化すと、困ったように笑った。良かった、少し距離が縮まった気がする。
「そうだよ、男だって悪くないよ」
恵一が噛み締めるように呟く。
「だよなー男も悪くないぜー」
そこに文雄も続く。
「ていうかよー、女になるってのが何とも無理だよなー、だって男と抱き合ったりするんだろ、気持ち悪いぜー」
ちょっと待てその理屈はおかしい。
と、不意に恵一が立ち止まった。
「……文雄、気持ち悪いか?」
珍しく真顔だ。一体どうしたんだろう。
「なんだよマジになんなよー」
「そうだぞけいちん、バカの言う事を真に受けるな」
「なっ、バっ……」
恵一は激昂しているようだ。うっすら涙を浮かべて見えるのは光の加減だろうか。
「俺のことが気持ち悪いのかって聞いてるんだ!」
静まり返る。
なんだよ、何でそんなに感情的になってるんだ?
「けいちんが気持ち悪いわけないじゃないか」
俺はごくごく当たり前の事を言った。
何かを取り繕うように聞こえたが、その違和感の正体は自分でも分からなかった。
「ま、まあ確かにそうだよなー、そしたら史郎は気持ち悪がられてるって事になっちまうぜー」
違和感は消えなかったが、その理屈で良い気はする。
「お前もうちょっと考えてから発言しろよな、史郎に限らず彼女ができたら俺たち全員気持ち悪いって事になっちゃうじゃないか」
そうだ。女子に人気の史郎が気持ち悪いという矛盾が発生してしまう。それはおかしい。
「けいちんは友達のために怒ったんだぞ、反省するように」
「お、おう……」
「はいだろ」
「あ、はい」
この茶番で終わってくれれば良い。
「そもそも、だ」
黙っていた守孝も発言する。
「荻原……くん、は自分が男であるまま男に抱かれる事を想像しただろう」
文雄が肯定すると、守孝は眼鏡をクイと上げて続ける。
「それじゃあ気持ち悪いと感じて仕方ないさ。女性になるというのなら気持ちまで女性にならないとね」
「そっかー、俺男だし無理だわー」
なるほど理路整然としている。
「伊達に眼鏡かけてないな」
「眼鏡は関係ないだろ」
はははと笑う。恵一は……落ち着いた様だ。
「という訳だ、文雄も反省してるし許してやろうぜ」
「悪かったよお」
少し間があり。
「別に、怒ってはいないよ。こっちこそ悪かったな、急にでかい声出してさ」
恵一はいつものように笑った。
「良いって良いって、さあ帰ろうぜ」
俺たちはまた歩きだした。
恵一はそれ以降、別れの時まで一言も発さなかった。