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「小町お嬢様…今日は1日安静にしていましょうね。」
「おいたわしやお嬢様……熱を出してしまわれるだなんて。」
熱が出て身体がしんどい、完璧に調子に乗っていたが今の私は5歳児だから寒い中薄着で外を走り回ればそら風邪もひくわ…。
ふかふかのベットに横たわって眠っているのも退屈で仕方ない…起きたら頭を撫でてくれていた人もいなくなって結局誰だったのか分からず仕舞いだった。
「ねぇばぁや!ばぁやいないの!?」
「はいはい!小町お嬢様こちらにいますよ!」
屋敷で働いてかれこれ約四十年であり、私のお世話をしてくれているばぁやを呼ぶ。
「ねぇばぁや!林檎!林檎食べたい!」
「お嬢様は熱を出されてもお元気なのですね、良いことです。」
「兎さん!兎さんに切ってね!」
ばぁやは慣れた手つきで林檎を切っていく、最初この姿になった時誰か分からないと騒いでしまったが、ばぁやは優しく私を落ち着かせると一人一人名前を教えてくれた。
「おや?お嬢様そのカーディガンは…?サイズが大人用ですね…。」
「これねー優里さんって人がお外で遊んでたら貸してくれたんだ!」
「優里さん………!?」
ばぁやは林檎の皮を剥く手を止めてこちらを驚いた表情で見つめる。
「優里さんって名乗ってたよ?」
「お嬢様…何ということでしょう………」
「ばぁや!?どうして泣いているの??」
ばぁやは手を両手で覆うと肩を震わせて泣いてしまった、訳が分からずに頭の中は混乱した。
「ばぁや!?泣かないでばぁや!ごめんね?泣かないでー!」
何故か自分まで目頭が熱くなり目から大粒の涙が零れる、心配させまいと思い歯を食いしばるが歯の隙間から声が漏れて嗚咽する。
「ごめんなさい…!ばぁや!ばぁや泣かないでー!」
「お嬢様…違うのですよ、違うのです……お嬢様も泣かないでください。」
ばぁやはそう言うと私を優しく抱きしめる、皺の多いばぁやの手が両手で私の顔を覆い涙を拭う。
「お嬢様は悪くありません…悪いのはあの二人です。貴方はずっと寂しかったですのに。」
「ばぁや………?」
ばぁやは私の両肩に手を置いて私と目を合わせる。
「この屋敷に優里さんというお名前の方はお1人しかおりませんお嬢様…貴方もよく知っているはずですよ…。」
「知らない…知らないわ……知らないもの……。」
頭が混乱して目がぐるぐるする、私は何かとんでもないことをやらかした気がした。
「秋津優里様、貴方の、小町お嬢様のお母様ですよ。」
「お…お母様…」
あの時、噴水を覗き込んでいた私を必死な顔で止めに来てくれた優しい女性が母親だったなんて、きっととても傷つけてしまったのだろう。自分の娘に自分の事を忘れられているだなんて…名前まで聞いてしまった……。
瞬きをする度に目から涙が零れ落ちる、目頭の熱さと対照的に涙は驚く程に冷たい。
「どうしましょうばぁや…私謝らなくちゃ……。」
「お嬢様何処に!?」
カーディガンを羽織ったまま部屋を飛び出す、熱で頭はフラフラするがそれどころでは無い。
「お嬢様!?そのお身体でどちらに?」
「うわぁ!お嬢様!?」
すれ違う使用人達も驚いた表情である、私は無視して一目散に母親の部屋に向かう。
「まあ!?お嬢様?行けませんよ…体調も悪いですし、奥様に風邪が移ってしまっては大変です……お部屋に帰りましょう。」
部屋の前まで行くと、メイドにそう言われてしまうが無視して近くにあった窓から外に出る。
母親の部屋の窓はカーテンがされていて中は見えない、必死に窓を両手で叩く。
「開けて!お母様!開けて下さい!!」
外はとても寒くて、素足出てきてしまったから足先が冷えてきた。
窓はガシャガシャと音を立てているが開けられる様子がない、驚いた使用人数名が庭に出てくる。
「いけませんお嬢様!熱を出されているのに!」
「危ないですお嬢様!」
私の元に数名近づいてくる、つい驚いて逃げた。必死に捕まらないように走る、ふと前を見ると目の前に噴水があった。
噴水の所まで行くと上のあがる、使用人達の顔が真っ青になるのがよくわかった。
「危ない!危ないです!降りてください!!」
「お嬢様!?乱暴な事なんてしませんから!落ち着いて!」
「ヒッヒッフーです!落ち着いてお嬢様!」
1人だけ5歳児に出産の時の呼吸を教えてきた奴がいるが、それどころでは無い。
「小町は!お母様に会えるまでここから動かないから!」
思い切り息を吸って叫ぶ、身体がだんだん熱でだるくなる。目の前がクラクラするがそれでも謝らないといけない。
「お嬢様!……本日奥様は……!」
慌てた様子の使用人が声を出そうとすると
「やめなさい小町!!!!!!!!」
声の方に顔を向けると、昨日の女性が顔を真っ青にしてこちらに向かって叫んだ。隣にはスーツを着た男性がいる。
「お母様ー!!!!」
「何をしているのですか!今すぐに降りなさい!」
言われた通りに降りようとすると足元がフラフラして落ちそうになる、使用人が駆けつけて私を受け止める。
「お母様!お母様!お母様!!」
使用人の腕から離れると母親の元へ一目散に走りよる。
ーーーーパァン!!!
気がつくと頬に衝撃を感じて、その後にゆっくりと頬が熱くなる感覚が伝わる。
「お母様…?」
頬を手で押えて上を見ると、母は目に涙をためて悲しそうな表情をしていた。
「もう噴水の上に…危ないことはしないと昨日お約束したでしょう…?母と父は心配しましたよ…。」
「ごめんねお母様!昨日もごめんなさい!忘れていたわけじゃないの!ただ久しぶりだったからちょっと分からなくなって!それで…!!」
必死に喋っていると母は私の体を包み込むように抱きしめる、優しい匂いに包まれて涙が溢れ出した。
「謝るのはこちらの方よ、ごめんね…私のせいで……小町と旦那様にご迷惑をおかけしたわ…。」
「泣かないでお母様!」
「ええ母だもの…もう貴方のことを一人ぼっちにはさせません…。」
母としばらく抱きしめあっていると
「あーーーゴホン!小町、私が誰か分かるかい?」
「…………(多分)お父様。」
「……正解だ。久しぶり小町、寂しい思いをさせてしまったね。」
父親で正解なのだろう、父は私と母の頭に手を置いて優しく撫でる。
「小町は熱を出しているんだろう?早く寝室に戻りなさい、後は2人で話をしよう…色々と誤解を解きたいんだよ優里。」
「そうね…私も貴方に話したい事が色々とあるの。」
「喧嘩しないでね?」
そう言うと2人は顔を合わせてにっこりと笑い
「「勿論。」」
と言って私を寝室まで運んでくれた。
ばぁやはその後泣きながら謝ったり怒ったり心配したりと大変だったが薬を飲んでぐっすり眠ったらすっかり体調も良くなった。
2人がどうなっていたかと言うと………
「おはよう旦那様…今日も素敵ね♡」
「おはよう優里、今日からまた仕事だけど休みが取れたら家族で旅行に行こう♡」
仲良くなって欲しいと願ったけど流石にこれはやばい、口から砂糖が出そう。新婚か!?と突っ込みたくなるレベルで甘々である。
どうやら喧嘩の理由は父がなかなか家に帰らないことで浮気しているのでは?と母が疑った事と、父の母が同窓会に出席した際に、昔幼なじみだった男(既婚者妻子持ち)と仲良さそうに話していた事への嫉妬が原因らしい。
………………………いい加減にしろよ…付き合いたてのカップルみたいな理由で喧嘩してるんじゃねぇぞ…後なんでお父様は出席してない同窓会の内容をそんな詳細に知ってるんだよ…怖すぎてやばい。
食卓に向かうと2人が楽しそうに話をしている。
「おはようお母様!お父様!」
勇気を振り絞って声を張り上げると
「おはよう小町、よく眠れたのかしら?」
「おはよう小町、元気になってそうでなによりだよ。」
嬉しくなって目が熱くなるが必死に堪えて、笑顔で2人の元へ駆け寄る。知らない場所に違う姿で一時期はどうしようかと思ったが優しい両親がいてくれるなら案外何とかなるのかもしれない。
だってこんなにも幸せなのだから。